Gatsbyはもういない

θ(しーた)

1章

1-1

 僕には完璧な友人がいる。

 どれくらい完璧かと問われれば、全宇宙の女性がそいつの子供を産みたいと思うぐらいに完璧だった。甘いマスクに抜群の運動神経、よくきれる頭。何をさせても一番だし、テストの点数でも誰にも負けていなかった。多くの女性が魅了され、多くの男性が嫉妬していた。

 そんなやつだったから、自分が「優れ」ていて、「格好よく」て、「完璧」な人間であると言うことをしっかりと認識していた。それでも、彼はそれをひけらかすことはなく、胸の奥に仕舞い込んでいた。その姿に多くの人が称賛した。

 そんな友人を持った僕は、本当に「空気」として扱われていた。人気者の友人とその周りに漂う僕。全員、誰一人僕のことを見向きもせず、みんな友人の方に集まって行った。

 僕はそこまで不細工でもないし、それなりの地方大に入るほどの学力は持っていた。だから、社会から「終わっている」と言うレッテルを貼られるような人間ではなかったと思う。もし僕が彼と友人でなければ、僕はもう少し注目される人間だったかもしれない。そんな淡い期待を持ちたくなるほど、彼は輝いていたし、それ以上に僕は彼とのギャップを感じざるを得なかった。

そうやって僕が悲しんでいると決まって彼は僕を慰めた。その姿すら一枚の絵になった。多くの女性は彼に「慰め」られたいと叫んでいた。

そんなに完璧な彼のことを僕は密に『ギャッツビー』と呼んでいた。フィッツジェラルドの『華麗なるギャッツビー』に出てくる、あのジェイ・ギャッツビー。お金と地位と名誉を持ちながらも悲恋に飲まれ、死んでいく。彼をギャッツビーと呼ぶ僕にはもしかしたら彼への憎しみがあったのかもしれない。でも、僕はこのギャッツビーと言うあだ名を比較的好意的に使っていた。

そんなギャッツビーは、いつも僕に合わせていた。中学も、高校も、大学も。彼ならもっと上に行けたはずなのに(と言うか、先生や親戚からはもっと上の学校を勧められていたらしい)。彼にそのことを聞くと、「友人を大事にしないやつは何も大事にできないからさ」とさらりと答えた。その姿もまた、格好よかった。男がかっこいいと思う、本当に完璧な男だった。

 だけど、大学三年の春、崖から海に飛び込んで自殺をした。


 彼の死は突然だった。その予兆は一つもなかったし、彼が自死を選ぶなんてことは考えもしなかった。彼の人生は順風満帆だったし、何も悩むことはなかった。彼がいじめられていたのでは、と言う噂がまことしやかに流れたが、それも結局のところ彼が死んだことに対する動揺が生み出した嘘だった。なぜ彼が死んだのか、誰一人わからなかった。僕一人を除いて。

 彼が死んだ翌日、手紙が届いた。死ぬ直前にポストに投函したのだと思われる、彼はいつもの綺麗な字で謝罪から始まる手紙を僕によこした。


Old sport

 何も言わずに死んでしまって、申し訳ない。君には数多くの感謝と最大の謝罪をしなければいけないと感じている。それを口頭ではなく、このような紙面ですることを許して欲しい。

 君が知っているように、僕は少なくとも「完璧」な人間だったと言えよう。少なくとも人生において何も不満はなかったし、まさか僕が自死を選ぶようなことになるとは考えてすらいなかった。ただ、考えれば考えるほど僕は自死を選ばざるを得ない状況に立っていたのだ。

 結論から話そう。僕が死んだ理由は、誰一人悪くない。誰かにいじめられていたことはない(むしろ称賛の声をもらっていた。それは君が一番知っているだろう)。ただ僕は、自分が完璧であるということを考えるが故に不完全さを許せなくなってしまったんだ。そしてその不完全さを僕は埋めることができないと言うことに気づいてしまった。

 君は僕のことを『ギャッツビー』と呼んでいたことは僕も知っている。ジェイ・ギャッツビーは最後、愛した女の旦那に撃ち殺される、だったよね。君がギャッツビーと呼んでくれることを実はとても嬉しかったんだ。あのギャッツビーだぜ?僕からしたら、何もよりも褒め言葉だったんだ。でも、僕はギャッツビーなりきれなかった。彼は、愛する人を思い、殺された。誰に?愛人の夫にだ。じゃあ、誰が僕を殺す?誰にも愛されていないのに。

 僕自身が僕を殺すにかないのさ。僕がギャッツビーであるためにはね。

一つ勘違いしないでほしい。君が僕に『ギャッツビー』なんてあだ名をつけなければ死ななかったのではないかと思って欲しくない。さっきも書いたとおり、僕は君からもらったこのあだ名が大好きなんだ。君は隠していたけれどね。

ただ、僕の不完全さ、その『愛』の部分を考えれば考えるほど、僕はギャッツビーから遠ざかり、僕は自分の不完全さに苛まれる。そうして考えれば考えるほど、僕は僕らしさを感じるために、僕は死に、誰かにこの穴を埋めてもらおうと思った。誰にかって?もちろん君にさ。

 だから僕は君に最後の願いを託したいと思う。君には僕の得ることができなかった『愛』を見つけてほしい。そして僕の不完全さを埋めて欲しいんだ。君があの『ギャッツビー』になるんだ。華麗なるギャツビーに。

 君のことをOld Sportと呼ぶのは恥ずかしいけれど、許しておくれ。


 僕はひどく困惑した。怒りさえ覚えた。それは何の怒りだったのかわからない。彼への怒りなのか、それとも自分自身への怒りなのか。『ギャッツビー』になれだって?そんなことができるわけがない。僕は普通の大学生だ。大学に行って、バイトをして自炊もせずにコンビニ弁当を食べて寝るようなどこにでもいる大学生だ。イースト・エッグになんて住んでいないし、毎日パーティなんて開かない。そして君みたいに『完璧』じゃない。そんな僕に『ギャッツビー』になってくれだって?そんなことができるわけがない。僕はそう思いながら、この手紙を破いてしまおうかと考えて、結局やめた。

 僕は結局のところ、彼に憧れていたのかもしれない。彼が友人であることに僕自身誇りを抱いていたのかもしれない。手紙を読みおわった時の怒りはどこかに消えていた。

 彼の葬式で泣かなかった。彼に関わった多くの人間は動揺して泣いていた。泣きじゃくり、嗚咽を漏らしていた。泣かなかった僕を不審に思う者までいた。多くの者が彼の死に疑問を抱く中、僕だけが彼の死を知っていた。彼は『ギャッツビー』になろうとした、それだけだった。でも、その方法は生憎不正解だったのだろう。彼にとってもそれは苦肉の策だったんだろう。彼が『完璧』であるために撮った苦肉の策。そして彼は彼自身が完璧になるために、僕に最後の願いを託した。僕自身が『ギャッツビー』になること。いいじゃないか、君は僕のことをOld Sportと呼んでくれた。今度は僕が呼ぶ番だ。待っていてくれよ、ジェイ。僕は棺桶に彼への手紙を入れた。

―任せろ

 僕は友人を『完璧な』人間にするために、最後のピースを埋めることにした。

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