第5話 ヒラメをしまう
「これが、冷蔵庫?」
「そうだ」
刺身を食べ終わり、俺はリアに連れられ厨房へ戻って来ていた。
冷蔵庫だと言われた目の前の長方形の箱をまじまじと見る。
電源コードの様なものも見当たらず、一体どうやって駆動しているのだろうか。
ドアは1枚で、端に取っ手のようなものが付いている。
周りの材質はどうやら金属の様だが、どのような原理で冷やしているのか疑問だ。
「開けてみても良いのか?」
「別に構わないが、入っているものを盗んだりするなよ」
「そんな事はしないさ」
リアはとことん俺の事を信用していないらしい。まぁ、客観的に見ても怪しい人物なので仕方ないだろう。
むしろ、王様やセラに危機感が無さすぎるのだ。
「これは?」
冷蔵庫のドアを開けると、いくつかの仕切りで分かれていて、肉の様な物や野菜類が入っていた。
その中でも、気になる物が1つだけ有った。
冷蔵庫の内側の上部にある、青い宝石の様な物体。成人男性の握りこぶしぐらいの大きさはあるだろうか。
「ああ、それは魔晶だ。そこから出る冷気で食材を冷やしている」
「ま、魔晶? つまり、魔法みたいなもの?」
「そうだな。魔力の込められた結晶みたいなものだ。それ以外にも火の魔晶などがある」
「火の魔晶は、何に使うんだ?」
「調理する時に使ったり、ごみを燃やしたりだな。ほら、そこにも有るだろう」
そう言うと、リアは厨房のかまどを指さした。
二連式のかまどで、薪をくべる部分に赤い魔晶が置いてある。
しかし、今は火が付いていない様だ。
「どうやって、付けるんだ?」
「魔力を注いでやればいい。火力の調整も、注ぐ魔力の量で調整できる」
「リアは、火を付けられるのか?」
「なめているのか貴様? この世界の人間なら誰でも出来る。っていうか今、馴れ馴れしく呼ばなかったか?」
なるほど、という事はつまり俺単独ではあのかまどは使えないという事か。
「冷蔵庫は、常に魔力を注いでいないけど大丈夫なのか?」
「ああ、水の魔晶は1回まとまった魔力を注いでやれば、定期的に補充し直せば大丈夫だ。だから、さっき馴れ馴れしく呼ばなかったか?」
日本の、いや地球のインフラとはまた違った形だが、文化レベルはなかなかの様だ。
冷蔵庫を一旦閉めると、残りの平目を熟成させる準備に取り掛かる。
準備と言っても、ペーパータオルとラップで巻くだけだ。
勿論、その2つも持っている。
ペーパータオルは手を拭いたり、魚の血を拭いたり色々使える。
ラップに関しても持ち帰る時に包んだり、お皿代わりに使えたりするので、釣りの時に持っている事は多い。
リアは奇妙な物を見る様な目でこちらを見ているが無視をする。
身の部分3つと中骨の部分も包み、冷蔵庫にしまい込む。
後は1日毎に取り換えればに3日ぐらいは美味しく食べられる。中骨の部分は、あら汁か何かに出来るだろう。もっとも、この国に味噌というものが有ればだが。
身の部分も普通の刺身に飽きたら漬けにしてもいいし、ムニエルなど火を通すのも有りだろう。
どう料理するかは後日考える事にしよう。
その後、会議室の様な場所で俺の処遇についてなどが話し合われた。
そこで分かった事がいくつかある。
やはりここは異世界であるという事。今この場所はイリス王国と言って、世界の一番東側にある大きい島国であるという事。
城下町はとても栄えた港町で、世界中の食品や日用品などがそろっているという事。
一度聞いたが王様の名前は『トゥヌス・オリエンタリス5世』で、セラの本名は『セリオラ・デューメリリー・オリエンタリス』、リアについては『オラトスキラ・オラトリア』と言うらしい。
リアはセラ直属の近衛兵長で、若くして兵長となったエリートだそうだ。
武術、剣術、魔法、知識、どれもとても優秀だそうで、歳も近い事から姫直属となったらしい。
セラが言うには、一見完璧すぎてつまらないが、意外な一面があるとの事だが、今の所俺は仏頂面しか拝めていない。
そして、俺についての処遇は賓客として扱う、という事になった。元の世界に戻れるまでこの城に滞在して良いとの事だ。
部屋についても賓客用の上等な部屋を用意してもらえた。
だが、タダという訳には行かない。これからも定期的に美味い魚、美味い料理をふるまう事、そしてセラの遊び相手になる事を条件として出された。
むしろ有難いぐらいだった。言ってしまえば趣味の釣りに没頭出来、魚が釣れたらそれを振る舞い、時折お姫様の話し相手になる。これこそ極上のスローライフではないだろうか。
しかも、基本的な身の回りの世話などはお城の使用人の人達が対応してくれるのだ。
月のサービス残業時間が50時間を超える様なブラック企業に勤めていた自分に取って、ここは天国の様な場所に思えてしまう。
しかし、なぜ得体のしれないこんな自分が厚遇されるのかリアに聞いたところ、セラには不思議な力が有るらしい。
通常のこの世界の人と同じように魔力があるのは勿論だが、それ以外にも他人の悪意を感じ取る力があるというのだ。
それはハッキリとではなく漠然とした感覚だという事だが、今までそれが的中して来たとの事だ。
セラのその感覚のおかげで、王様の暗殺を未然に防いだり、姫が誘拐されそうになった時も未遂で終わったとの事だ。
なのでセラ曰く「ヒロトは安全。むしろ感じたことのない感覚が私を包み込む」だそうだ。
安全と言ってくれるのはうれしい限りだが、感じたことない感覚というのがどういった物か少し不安だ。
セラからすればそれはポジティブな感覚らしいが、リアからしたら俺と同じように不安を感じる様だ。
だからこそ、常に俺に対して警戒をしているらしい。
故に、俺の部屋の隣はリアの自室だ。
一応部屋の隅々を確認してみたが、のぞき穴や隠し扉などはなさそうだったので、プライバシーは守られそうだった。
そんな感じで異世界転移1日目は慌ただしく終わり、ベッドに横になった瞬間意識を失うように眠ってしまった。
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