第4話 ヒラメを食べる

次に来たのは食卓だった。


燭台等の乗った大きなテーブルの周りには、何脚も椅子が並んでいる。


そして、その上座の位置にはすでに王様が座っていた。


その斜め前にはセラも既に座って待っている。


俺は促されるまま王様の斜め向かいに座った。セラとはテーブルを挟んで向かい合う形になる。


その顔は、ウキウキとしており、いまにも踊りだしそうだった。


しかし、相も変わらず仏頂面の女騎士は俺の背後に立っている。


俺が席に着くと、給仕の者達がお皿やフォークなどテーブルへ並べだし食事の準備を始めた。


「して、どのようにして食べるのだ?」


給仕たちが準備を終えると、待ちかねた様に王様が言った。


どうやら王様も平目の刺身が気になっているらしい。


「はい。まずはワサビを少量身に乗せ、醤油という液体に付けて食べます」


そういって、チューブワサビと小さめの真空ボトル入りの醤油を取り出した。


釣りに行くときは、釣ってすぐ食べれるように毎回持ち歩いている。


「もちろんそのままでも美味しいのですが、これらを使うともっとおいしくなります」


俺は立ち上がり、王様のお皿へとワサビを絞り出そうとした。


「まて! それこそ毒なのでは無いか? 怪しげな緑色をしているではないか」


リアだった。


「リア、貴女まだそういう事言って――」


「もしもの事が有ってからでは遅いのです! まずはこ奴に毒身をさせ、安全を確認するのが優先です!」


「でも、貴女の解毒魔法を使えばすぐに治るでしょう?」


「これは見たことの無い物です。もし私の解毒魔法が効かなかったら?」


「まぁまぁ、確かにオラトリアのいう事も一理ある」


口を開きかけたセラを制し、王様がそう発言した。


「すまないがヒロトよ。安全かどうか確認させてくれ」


「は、はい」


王様より先に食べていいのか、という気もするが、毒殺を避けるためにはやはり誰かが毒身をしなければならない。それは仕方ない事だ。


だが、俺にも少し不安はある。勿論自分の持ってきたワサビや醤油が安全だということはわかりきっている。


しかし、この魚が毒を持っていないとは言い切れない。


一応内臓は傷づけずに捌いたので、内臓に毒があるタイプだったら問題無いだろう。


もし、身に毒があるとしたら。そう思うと躊躇してしまうが、あまりモタモタしていると怪しまれてしまうかも知れない。


俺は意を決し、フォークで刺身を一切れを取り、ワサビを乗せ醤油をつける。


(ええい!)


一気に口の中へ放り込む。


心地よい歯ごたえと、平目独特の甘い香り、ツーンと鼻に抜けるワサビの爽やかさ。


「う、美味い」


この国の今の季節はいつだか分からないが、寒平目ぐらい脂がのっている。


これのエンガワはもっと美味しいに違いない。


少し心配そうに見ていたセラだが、俺が何事も無く飲み込んだことを確認すると、


王様に向かって目で食べさせろと合図を送っていた。


それが分かるほどのあからさまな表情をしている。


「では、私達も頂こうか」


その言葉に、待ってましたと言わんばかりにセラがごっそりと切り身を自分の皿に移す。


俺は小さなお皿にワサビと醤油を入れ、王様とセラに渡す。


まずは王様が一切れ口に入れた。


最初は顔をしかめながら噛んでいたが、段々と表情が変わっていった。


「ほほぉ、確かに歯ごたえがあって美味いな。それに、このワサビとやらも新鮮な感覚だ」


それを聞いたセラは、ワサビをたっぷりと乗せた一切れを口に放り込んだ。


「ちょ、それは乗せすぎ――」


「――っんんんん!」


涙目になりながら悶絶するセラ。初めてのワサビであの量は自殺行為に等しい。


そして、嫌な予感がする。


「貴様ぁ! やはり一服盛ったな!!」


リアが剣を抜きかけた瞬間、セラが手を伸ばしそれを制止した。


フーフーと荒い息遣いで。


そして、無理やりに飲み込むと


「リア、待ちなさい。これは、きっと、私が悪いのです」


と、ゴホゴホとむせながらリアに説明する。


「これは、あまり大量に付けてはダメなのですね?」


「ええ、とても辛みの強い物なので、鼻につーんと来ます。なので、付けすぎ注意ですね」


「でも、本当美味しいわね。今まで魚がこんな美味しいなんて思った事無かったわ」


恐らくセラには悪意は無いのだろうが、その言葉に給仕――主に食事を作っているだろう人物――は俯いてしまった。


「普通の身の部分も美味しいですが、エンガワ、まぁヒレの部分ですね、も美味しいんです」


「そうなのね!?」


今度はワサビをちょっとだけつけてセラがエンガワの部分を食べる。


「本当ね! さっきの部分とは全然違ってコリコリとした歯ごたえと、とても甘みがある」


「どれどれ、私も頂こうか」


それにつられ王様もエンガワに手を出す。


「エンガワは希少部位で、特に平目の物は美味しいのでとても人気があるんです」


「おお、なるほど。確かにこのコリコリ感は癖になる。あぁ、ビラーギョにこんな食べ方が有ったなんて」


「でも、この刺身も取れたてより熟成させた方がより美味しくなるんです」


「何!? これがもっと美味しくなるだと!」


「はい。冷蔵庫で一晩寝かすと、より美味しさが増すんです」


「レーゾーコ? って、なに?」


「食材を冷やして保存が出来る箱、みたいなものです。流石に生の魚をそのまま放置したら腐りますから」


流石にこの世界に冷蔵庫は無いだろう。見たところ電気みたいな物も存在しないし、それ以外の機械的な物も見当たらない。


すると、さも当然といったようにリアが


「なんだ、それならあるぞ」と言い放った。


え? あるの?


「厨房の入り口付近にあるのがそれだな」


それは驚きだ。後で見せてもらおうか。


「そんな事よりほらぁ、リアも食べてごらんなさいよ」


セラがフォークに乗せた平目をリアに向かって差し出す。


その一切れには、大量のワサビが乗っていた。


「か、かしこまりました」


そう言って口にしたリアが悶絶したのは言うまでもない。



----------------------------------------あとがきとか-----------------------------------------

寒平目:冬の時期に釣れる平目。脂がのっていてとても旨い。逆に産卵を終えた春の平目は身がやせていて美味しくないとされる。熟成させれば普通に美味しい。

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