第16話 ゲーム本編前日譚
―ねぇ、そういえばさ、結局このゲームって今何人攻略対象キャラがいるの?―
―ん~そうだなぁ…それはとても難しい質問なんだよなぁ~…―
―え?なんで?―
―まぁアンタも【青ぐ】を進めていけばわかると思うんだけど…一応正式に発表されているのが32人―
―32人!?今そんなに増えてんの!?っていうか正式にって何?―
―あ~…なんというか、控えめにいってほら、あのゲームって運営がもう、アレだからさ…最近でアプデの度に非公式攻略キャラと言いますか…そのいわゆるシークレットキャラが実装されててね…。しかも正式にアナウンスも実装された後も一切無し―
―は?何それ?怖っ―
―それだけじゃなくて今は非攻略キャラでもいつか貴方絶対対象キャラになりますよね~みたいなフラグを立てまくるキャラもどんどん追加してるからさ、私みたいに沼に奥底に浸かってる人間でも、もう正確になんて言えばいいのかわからないというか…―
―えぇ…?じゃあ、そのあやふやな感じのキャラもいれたら何人くらいになってんの?―
―考察含めたら40人だね―
―マジかよ…ソシャゲレベルじゃん…―
―しかも一人一人に特濃胸やけレベルルートがご用意!あ、もちろんフルボイスね―
―うわぁ…凄いね…私ちょっと【青ぐ】やんのが怖くなってきたんだけど…―
―大丈夫大丈夫!足を踏み入れるのは勇気がいるかも知れないけど、入っちゃえばもうなんというか、うん!気が付いたらアレ?全員攻略しちゃってた☆みたいな感じだから!そうなったらもうこちら側だから、心も身体も強くなってるから!―
―待て待て待て、その嘘みたいに晴れやかな笑顔止めろ。それに何?その変な勧誘の典型的な決め台詞みたいな奴!―
―大丈夫、アンタには素質がある!きっと数か月後には、もっと攻略キャラ増やせっ!エピソードよこせ!って言ってると思うよ~―
―何その予言…止めてよ…こちとらヲタク復帰したばかりの脆弱ヲタクなんだよ…―
―まぁまぁ百聞は一見に如かず!まずは1人好きそうなキャラでやってみなって!まずはそこからだって!ようこそ!【青ぐ】の世界へ!―
[拝啓
菜穂子様。お元気ですか?相変わらずヲタクやってますか?
この手紙が貴女に届く事は無いけれど、どうか聞いて欲しい。
信じてもらえないかも知れないけれど、私は今、貴女が沼に引きずり込んだ【青ぐ】の世界でヒロインとして転生して生きています。
ご存知だと思いますが、それはそれは中々にハードな日々ですが…なんとか同じく転生仲間の妹や沢山の人々に支えられて生き抜いています。
本当は沢山話したいことがあります。
でも、全部書くとキリがなくて大変な事になるから、今回はどうしても真っ先に伝えたいことを書きますね。
貴女から【青ぐ】を渡された時は40人だった攻略キャラも、最終的には50人にまで増えていましたね。そして貴女の言ったとおり途中からは私も、増える事が当たり前、むしろもっとよこせって言っていましたね。
50人で止まった時も、いっそもう100人、いやもうシリーズの新作出してそれ以上に増やせばいいのに!だとかほざいていましたね。でも、今は心底50人で止めてくれてよかったって思っています。っていうか現実で50人は多すぎてこちらとしては状況を把握するだけでも一苦労です。ゲームと現実は違う。嫌なほど毎日それを痛感しております。
さて、長くなってきたのでこの辺で…。貴女の健康と公式設定資料集発売後に何かまた動きがあって新たな攻略キャラなどが増えていない事を祈りつつ。敬具]
ふふ…。届くはずもない、そして実際には書いてもいないイマジナリーレターを頭の中でしたためてしまった。
あぁ、私を【青ぐ】沼に引きずり込んだ菜穂子よ、私は貴女には本当に感謝してる。
クソ男のせいでどん底に落ちた私に【青ぐ】という新たな光を授けてくれたのだから。
【青ぐ】と出会って、私はまた生きる意味と沢山知らない世界を見る事が出来た。
ありがとう、菜穂子。そしてありがとう【青ぐ】。
でもね、現実は残酷みたい。
私を救い出してくれた【青ぐ】が、前世にまでタイムトリップして貴女にイマジナリーレターを書いちゃうくらい現実逃避してしまうほどに物凄い情報量と新事実で殴って来るの。
それから本当に運営様に懺悔致します。100人だとか、新シリーズ出せだとか勝手な事言って申し訳ありませんでした。むしろ50人で止めていただき感謝しております。
じゃなきゃヒロイン、もうギブアップです。…もう十分限界ですけど。
ゲームと現実は違う。そんな事分かってる。分かってるからこそ【青ぐ】を楽しめたわけで。
50人もの攻略キャラがいる鬱乙女ゲーのヒロインに転生するだなんて夢にも思ってもいないのだから。
でも、何がどうしてこうなった。どうして私はここにいる?
どうして私はこんなにも悩みもがいている?
ねぇ、誰か…菜穂子、私は一体どうしたら…。
「…ス…トス…ルトスってば!!」
気が付くとルクスがこちらを心配そうに様子を伺っている。
「大丈夫?急に難しい顔して黙り込んじゃったから…。なんか具合でも悪い?」
「…う、ううん。違うの。あまりの光景に色々考えこんじゃって…ちょっと懐かしい人に話を聞いてもらってた…」
「え?懐かしい人?」
「あ…いや気にしないで、こっちの話」
「そう?…まぁ色々考えちゃうのはわかるよ。物凄い光景だもんねコレ。私もちょっと怖いくらい」
「うん。ヤバイ、だって見渡す限りあちこちにいるもんね、よく見知ったキャラ達が。分かってはいたけど、これは想像以上の破壊力かも」
前世の記憶が蘇った当時はずっと先の事だと思っていた。だけど色んな事があったせいだろうか。思っていたよりも遥かに早くこの日が来た気がする。
そう。運命の日といっても過言じゃない今日。私達は【青ぐ】ゲーム本編の舞台となるサキア学園に入学する。
変わり果てた故郷を離れ、馬車に揺られ辿り着いたその場所は、当たり前だがゲームで見ていた場所と変わりがなくて少しぞっとした。
しかし、それはまだほんの軽いジャブにしか過ぎなかった。
攻略キャラは50人。そのうち20名は後輩として入学してくるため、現在この学園にいる人物は30人。だけどこの【青ぐ】において重要なのは攻略キャラだけではない。
【青ぐ】ではシヤコちゃんも含めたヒロインを取り巻く数多くのサブキャラ達が物語に大きな影響を及ぼし、それぞれのルートにおいてキーマンとなる。
むしろ攻略キャラよりも人気のあるキャラも多く、ルートによってはヒロイン達をも食ってしまうようなそれはそれは濃厚なキャラばかりなのだ。
途中からは運営も攻略キャラよりもそんなサブキャラ達を出す方が楽しくなっているんじゃないかと突っ込まれるほどにどんどん増えていき、最終的には攻略キャラを含めると120人の重要人物が存在することとなったのだ。
だからもう、道を進めば目に付く登場キャラの数々。
しかも、目に付く度にそれぞれの濃厚なエピソードや本性が頭をよぎるため、気持ちはもうお腹がはち切れそうなのにひたすら激重こってりラーメンを食べさせられているような感覚。ただでさえ私達は光と闇の力の宿主という事で痛いほど周囲から視線を浴びているというのに、それに加えてこの情報量の多さ。
まだ、到着してから学園を少し歩いただけだというだけで、今後生活する寮にある自分の自室にさえ辿り着く前に心は疲れ切っていた。本当にこんな状況でこれから大丈夫なんだろうか。一気に不安で潰れそうになる。
気が付けは自然と私とルクスはぴったりと寄り添いお互い震える手を固く繋いでいた。
何とか重い足に鞭をうち、広大な学園の敷地内を進むと後ろで荷物を持ちながら傍にいてくれてたタソガレとアカツキがピタリと足を止めた。
「俺達が御一緒できるのはここまでです」
「ここからは男子禁制ですから」
ただ歩みを進める事に必死になっていて気が付かなかったけれど、どうやらもう女性寮の近くまで辿りついたらしい。
「俺達も自分達の自室へ向かいます。その後は荷ほどきや寮の説明に、明日の入学式の準備と…さらに寮の門限時間を考えると、次にお会いできるのは明日の入学式前になってしまいますね」
「そっ…か…そうだよね」
わかっていたけど、タソガレに改めて言われると俄然不安が押し寄せてくる。だってここまではずっとタソガレとアカツキがいつだって傍にいてくれたから。だけど今日からは一緒にいられない時間が増えるのだ。しかも、こんな状況で。
今まで2人の存在に依存気味になっていたから余計に心細い。怖い。
「大丈夫です。離れてはいますけれど、何かあればすぐに駆け付けますから」
「カイとマオのおかげで、貴女達に危害が及べばどこにいても俺達にわかるようになっています。ご安心ください」
「うん…」
そんな事は分かっている。けれど、そういう事じゃない。
でも、このまま私達がしみったれた顔を続けていたらいつまでも2人がここを離れられない。ここは勇気を振り絞って笑顔で別れよう。
「ありがとう。寮に行けばフウリ達もいてくれるから、平気」
「ずっと重たい荷物持ってくれてありがとう。明日から…頑張ろうね」
なんとか必死にその場を取り繕い、2人からそれぞれの荷物を受け取る。
その荷物は実際の重さよりもなんだかズシリと重く感じた。
「じゃ、いこうか、ルクス」
「うん。いこうルトス」
あまりここにいると別れづらくなる事はわかっていたから私達は早々にこの場を離れる事にする。そしてその踏み出したその1歩がとてもとても大きく感じた。
が、しかし、その歩みはすぐに止められる事になる。
「待ちなさい。貴女達がこれから生活する寮はここじゃないわ」
「え?」
少し遠くからよく知った声がする。
「フウリ!?どうしてここに?それにシヤコちゃんに…リイヅ?」
「寮で待っててくれるっていってたのに…もしかして迎えに来てくれたの?」
声の先には制服に身を包んだフウリとシヤコちゃんとリイヅが揃っていた。
それに今日は休日だというのに制服を着てどうしたのだろう?新入生以外は制服を着なくてもいいはずなのに。
「ごめんなさい。本当はもっと早くに迎えに来たかったのだけど。ちょっと準備に時間がかかってしまって…でも間に合ってよかったわ」
「…準備?」
「間に合う?」
フウリの言っている意味が分からずポカンとする私達を見てフウリはわざとらしく軽く膝を曲げスカートの裾を広げ恭しくお辞儀をする。
「改めましてようこそ新入生さん。我がサキア学園へ。私はこの学園の生徒会長であり模範最優秀特別生徒のフウリ=ウインドよ。貴女達2人とそしてそちらの騎士のお2人は私とタシム=オノダが寮長を務める特別寮への入寮が許可されました。今から貴方達4人をそちらへ案内します」
「…は?」
「…へ?」
追伸。
菜穂子、私が転生したのは【青ぐ】の世界だと思っていたけれど、どうやら違うのかもしれません。一体この先私はどうなってしまうのでしょうか。
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