第3話 推しと幼馴染
今、私の横に座っているのは大切な私の片割れでたった一人の妹。そして私と同じようにこの世界に異世界転生してしまった同志。
そんな彼女はまごうことなき美少女でずっと眺めていたいほど可愛くてたまらないのに、彼女の両鼻には現在悲しいかな白いちり紙が詰められている。
そのアンバランスさよ。そしてなんだ、その何とも言えない燃え尽きた表情は。止めなさい。
「ルクス様、やはり少しお休みになった方がいいのでは?」
「そうね…アカツキの言うように私もそれが良いと思うのだけど…」
「いえ、大丈夫です。私の事は気にしないでください。これは発作のようなものなので」
「発作!?まさかルクス様は大きな病にでもかかっておられるのか…?」
「いや、そういう事じゃなくて…まぁなんというかこれは…そう!もう治らないというか」
「どういう事です!?不治の病!?そんなお話一度も…!!」
「ルクス!本当なの!?そのお話は…!」
「あ、うん、えっとね…そうじゃなくて…これは…言い方ミスったかな」
こら、こっち向いて、てへぺろっじゃないんだよ。
そんな頭にこつんとこぶしをあてて少し前の典型的なドジっ子モーションしてる場合か。
鼻にちり紙詰め込んでいるくせに何を可愛い子ぶってんだ。…まぁ可愛いけど。
とにかく、これ以上ややこしくなる前にここらへんで一旦落ち着かせよう。
「アカツキ、フウリ、落ち着いて?ルクスも、私も今は本当に元気になったから」
「ですが先ほど急に鼻から血を…」
「あぁ、あれはね、言葉の綾というかなんというか…私達さ、この前倒れてから外に出してもらえなかったじゃない?ずっと部屋でおとなしくしなくちゃいけなくて…。だからこうして外に出てみんなに会えたのが嬉しくて興奮しちゃったんだと思う、ね?」
ルクスは詰めているちり紙が飛び出そうなほど激しく頷く。
「でも不治の病って…今」
「あぁ~それは…えっとね…ほら!ここに来る前に本当3人に会える事が楽しみだねって2人で話してたんだよね!それでこんなにも貴方達に会いたくて仕方がないって思うだなんてまるで恋煩いねって」
「そうそう、そしてそれはずっと治る事はないんだよね、って!だって私達がみんなの事が大好きって気持ちは永遠だから!つまり不治の病!」
うわぁ…無理やり感半端ないけどこんないい訳で通じるのか!?
「まぁ…2人ともそんなにも私達の事を想ってくれていたのね…」
「…大好き、大好き…今、ルクス様が、俺の事を大好きと…おっしゃった…!?」
あ。なんかいけるっぽい。まぁ大人顔負けの2人もまだ8歳と6歳の子供だしな。が、ひとまず安心したのも束の間鋭い視線を感じる。
やべ、この人の存在、忘れてた。
「えっと…タソガレ?何か?」
「…いえ、別に。本当にルクス様…そしてルトス様、貴女もお元気になられたのですよね?」
「え?私?私はまぁ…っていうか2人とも元気だけど…」
「そうですか、ならいいのです…安心しました」
いや、顔怖っ。君、本当に6歳か?微笑んでるはずなのに背筋がぞくっとする。
やっぱりこの人…要注意かもしれない。
「あ~じゃあ気を取り直してそろそろ本題に入ろうかなぁ!!ねぇルトス?」
ルクスが強引に話を終わらせ何とか軌道修正を図る。
そう。私達はこんな事を、推しに会えて興奮して鼻血を出した妹の尻拭いしている場合じゃない。大事な目的があってここに来たのだから。
増えに増えまくった【青ぐ】の攻略キャラ達。その中でも断トツで人気がある四天王と呼ばれる存在がいた。
そしてその四天王の内2名が今、私達の目の前に座っているという恐ろしい事実。
タソガレ=キオス。
アカツキ=キオス。
私達と同じく双子で、タソガレはルトスの、アカツキはルクスの専用攻略キャラでありメインキーキャラとして主人公の2人と共にパッケージも飾っている。おそらくプレイしていない人たちでもその大多数がこの2人の顔は知っていると言っても過言ではない。
ちなみにプレイヤーたっての要望で追加DLCでは専用キャラとしてではなくどちらの主人公でも攻略が可能になったのだが、まぁこれが分かっちゃいたけど人を選ぶストーリ展開になっている。
キオス兄弟はカタクリ家専属の医者ビィルド先生に拾われた孤児で、同じ屋敷で護衛騎士見習いをしながら主人公の幼馴染として共に育ち、12歳の事件後からはそれぞれの専属護衛者となる。
まぁそもそも特別位の高くない街の領主であるカタクリ家に専属護衛騎士団が存在するのがおかしな話なのだがこれは追々解決していくとして。
話を戻してこの2人を語るうえで忘れてはいけない事、それはタソガレはルトス、アカツキはルクスに対して異常なほど深すぎる愛情を向けており、それはもう狂気に満ちているものでとにかくそのヤンデレ具合がカンストしているのだ。
だからもし例えルトスとしてアカツキを攻略したとしてもルクスとしてタソガレを攻略してもどちらも愛する人を失い狂ってしまうというトラウマルートへ進むことになるのだが、とりあえず今は割愛しておこう。
そして今、私達の目の前に座っているのはこの2人だけではない。
会った瞬間に「推しの幼女姿キタ…!」と叫ぶないなや鼻血を出すほどルクスが愛してやまない彼女の最推しで【青ぐ】2大不運人気キャラの1人、フウリ=ウインド。
私達の幼馴染で、ヒロインに負けず劣らずの美少女で、2歳年上の姉のような存在。
このままゲームストーリ通りに進めば12歳で私達をかばって死んでしまう。
そんな錚々たる3人を集めた私達の目的、それはこれから私達の、いやここにいる全員の明るい未来のために、ある事を決断したからだ。
「以上が、私達のお話」
「こんな話、信じてもらえないかも知れない。でも、お願い、信じて欲しい」
ほぼ軟禁状態の自室静養が終わったからと言って中々屋敷の外に出る事が許されなかった私達だが、元気になったアピールを繰り返し、やっとこうして外出許可を得た。
そして真っ先に向かったのは同じ街に住むフウリの家。
このアガサの街ではカタクリ家の次に大きな屋敷でフウリの父はカタクリ家専属護衛騎士団長を務めており特別に個人の屋敷を構える事を許可されているのだ。
私達にとってフウリはお父様に許された唯一年の近い友達で、こうして度々私達の護衛という名目のもとでタソガレとアカツキを連れ彼女の家を訪れていた。
フウリの部屋で、5人だけでお話がしたい。
初めてルクスと会議をした時のように人払いをし、念のため周りに声が漏れないように…まぁ鼻血騒ぎの時はノーカンとして…。広い部屋の中心に集まって声を抑えながら私達は全てを3人に打ち明けた。
この【青ぐ】の世界はとにかく敵が多い。
そしてもう馬鹿みたいにあちこちに埋め込まれた不幸フラグの数々。
知る事が出来なかった謎の多さ。
こんな世界でたった2人きりでまだ6歳の私達が運命と戦っていくにはあまりにも無謀すぎる。
そこで私が思いついたのはここが[登場キャラクターが実際に生きている乙ゲー世界]であるという事、そして私達が今[ルトスとルクスとして生きる世界]であることを最大限に生かすというもの。
もちろん知らない事がどのくらい残っているのかさえも分からない状態で誰かに真実を打ち明けるという事はかなりリスキーではあるけれど、ルトスとルクスを無条件で信じてくれそうで大切に思ってくれている、尚且つ謎が少ない人物。そんな人物が味方になってくれたらどれだけ心強いだろうか。
そしてこの条件に当てはまる3人なのだ。
ありがたい事にタソガレ、アカツキはメインキーキャラなのでDLCでは真っ先にエピソードや様々な彼らの謎や伏線が解明されていき攻略キャラの中でも最も情報が十分あるキャラなのだ。
フウリに関しては明らかになっていない事も多いが、今までの情報を整理しても敵であることはまずないし、こちらが不利になる事もないだろう。
まぁ真実を話した事でどうなるか分からないけれど、怖がっていても仕方がない訳だし、とにかく行動あるのみ!という訳でこうして今に至るという訳なのだが…。
あれから重たい沈黙が流れる。
3人とも黙ったままで何やら考え込んでいる。
いや、そうだよね、そうなるよね。
でも、この沈黙ちょっとそろそろ怖いんだけど。
ちらっと横目でルクスを見ると同じように気まずそうにしている。
まぁ、そうだよね、でもなんかその鼻にちり紙突っ込んでそんな深刻そうな顔してもなんか面白いんだけど。
いや、そんな事突っ込んで場合じゃなくて、えっと、何そろそろ言わないと…。
私は言葉をなんとか探しだす。
「本当にごめんなさい。でも、もう私達2人だけじゃどうしようもないと思うの…本当は巻き込むことなくみんなが幸せになる方法を探したかったんだけど…。こんな…6歳とか8歳なんて小さいうちから…難しい事言われてもよくわかんないよね…」
「ルトス様」
「え?」
私の言葉に反応してずっと黙っていたタソガレが口を開く。
「小さいうちからとおっしゃいましたが、今、貴女も6歳なのです。今後はそのような発言は気を付けた方がよろしいかと」
「…なんかすみません」
タソガレは少し間を置き再び話始める。
「今まで、俺と、アカツキ。それからフウリ様は貴女方が倒れてから今日までお会いすることが出来ませんでした」
「まぁ…軟禁みたいなもんだったしね…」
「そして、今日貴女方にお会いした時に俺とアカツキはすぐにわかりました。貴女方に大きな変化があったという事を。フウリ様、貴女も恐らくは」
「私の場合は…何となくだけど…」
アカツキは言葉に出さずにゆっくり頷く。
「皆の前ではいつも通りに振舞っていたはずだけど…」
「中々のヒロイン完コピ具合だったと思っていたのに…まだまだ練習が足りないのか…」
「俺を、俺達をあまり見くびらない方がいい。他の人間は欺けても俺達はそう簡単にはいかない」
タソガレ君。君のその暗闇のような目、スチルでよくみたわ。っていう本当に君6歳?
戸惑う私達を見て少し笑ったタソガレが話を続ける。
「だからこそ、途方もない絵空事だとしても合点が行くのです。あぁそういう事だったのかと…もう倒れる前の貴女方ではないのだという事も」
え。何、もしかしてもうバッドエンドコース?終わった?いや、だったら…なんとかしてルクスだけでも助けなきゃ…。顔が引きつっていく私達を見て優しくアカツキがほほ笑む。
「タソガレ、言い方。2人を怖がらせないで。大丈夫。もちろん前世の記憶を取り戻した事によって前のような2人ではないとしても、貴女達は貴女達ですから。あのですね、俺達はわかるんですよ、匂い、瞳の奥の意思の強さ、魂…心臓の音…何も変わっていない。ニセモノなんかじゃない。本物だってすぐに」
うん、えっとありがたいし、にこやかに話してるけど内容がちょっと怖いよ、アカツキ君。
「それに、ね、アカツキ?」
「あぁ。…そうでしょう?フウリ様?」
「えぇ、そうね」
今まで黙っていたフウリが深い息とともに相槌をうつ。
え。待っておいていかないで、なにがそうなの?何3人で分かち合ってるの!?
「私は、許せない」
「…へ?」
「何、私の可愛いルトスとルクスをそんな残酷な運命へ導こうとしているのかしら。しかも私を利用してまで。どこの誰が、どんな権利があってそんな事をしようと企んでいるのかしら?」
「…えっとフウリ?」
「怖くないないの?私達、貴女が死んでしまうかもしれないって言ってるんだよ?」
「…私が怖いのは、自分の死ではなくて、2人が辛い運命を辿る事。
貴女方が殺しあうなんて、そんな事絶対にさせない…!」
ふ、フウリ…!!
そう。フウリが人気キャラになったのは不運だとかただの優しいお姉さんキャラだからという訳ではない。見た目は身長が低く、か弱くていかにも守ってあげたい少女にも関わらず、ゲーム本編でフウリの出番が少ないため多くは語られないが。投稿サイトに[#フウリの姉御]というタグが作られるほどフウリがカッコイイ性格をしているからである。
「ん…?ということは、3人とも信じてくれるの?」
「本当に?…本当に?」
フウリが優しく私達の頭をなでる。
「話してくれて、私達を信じてくれてありがとう。一緒に運命なんか変えてみせましょう」
あ、だめだ、なんか泣ける。緊張の糸が切れたのか涙が出てくる。
それはルクスも同じようだったようだ。
そんな私達をそっとフウリが抱きしめてくれる。あぁいい匂いがする。
8歳とは思えない包容力なんですけど。もうフウリ推しになりそう。いや推そう。
推しは何人いてもいいもの。そして、絶対に死なせない。フウリは私達が絶対守って見せるんだから。心からそう誓う。きっと推しに抱きしめられたことによってとても人様にはお見せ出来ないような顔になってしまっているルクスもきっと同じことを思っているに違いないだろ言う。
そしてその時、私達は誓いを立てている傍で起っていた事には気づいていなかった。
「ねぇ、タソガレ?俺達の大切な人を酷い目にあわそうとしている奴って誰なんだろうね」
「誰であろうと、消せばいい。それが俺達のこれからの人生の意味と【今】なったのだから」
「そうだね、むしろ、俺達にとっては好都合な展開になったかもね。俺がルクス様とずっと一緒に生きていくために、そしてタソガレがルトス様とずっと一緒に生きていくために、ね」
そうヤンデレ幼馴染が何やら怖い事を言いながら真っ黒い笑みを浮かべて私達を見ていたことを。
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