第2話 幸せになりましょう

―そんな男なんか忘れなって!こうやってまたオタ活にも復帰したことだしさ!あとこれ、復帰祝いにこのゲームをプレゼントしようと思って持ってきたんだ―

クソ男と別れて速攻でヲタ活に復帰した私へ、学生の頃から一緒にヲタク活動をしてきた友達がくれたとある乙女ゲーム。

それは、それぞれが人気シリーズを生み出したディレクターとシナリオライターがタッグを組み、そこに超手堅い豪華人気声優陣が集結。

さらにキャラクターデザインを手掛けるのは繊細かつ美しい作風で、現在連載中の作品もアニメ化だけではなく2.5次元化が決まってノリに乗っている有名漫画家。

とどめに今最も心に響くラブソングの歌姫と呼ばれているシンガーソングライターとタイアップ。

人気シリーズを次々生み出し、新作が発売するたびに話題となるほど乙女ゲーム戦国時代において一つ頭が抜き出ているドリームトリップが満を持してこれでもかと色んなものをぶち込んで世へ送り出す、発売前から話題沸騰だった新作乙女ゲーム、そう、私達が転生したこの【青いバラを君に捧ぐ】、だった。

「発売された時は真剣に悩んだなぁ、あのクソ男に隠れてでもやりたくて仕方がなくてさぁ…」

「わかる。結局ひよってやらなかったけど、絶対に面白いヤバい奴って思ったもん」

「ヤバいか…まぁ実際、本当にヤバいゲームだったしね」

「うん、ヤバいっていうかヤバすぎるゲームだったんだけどね」

神ゲー間違いなしとうたわれた【青いバラを君に捧ぐ】、通称【青ぐ】は発売されたあとも常に話題の中心だった。

だがそれは発売前とは少し、いやかなり違った意味で話題になっていた。

蓋をあければ告知されていた内容よりも予想以上の鬱グロ展開、驚くほど無駄に豊富に用意されたバッドエンドの多さ。

話がとにかく壮大であちこちに広がり伏線はりまくり、謎も多すぎて最後まで全て回収されずプレイヤー置いてきぼりの状態で終了。

かと思えば発売次の日には追加攻略キャラ、追加シナリオDLC(ダウンロードコンテンツ)配信のお知らせ。

これには非難殺到。

「オタ活卒業してた私もだしゲームとかに興味がない人でさえでこの騒動の事知ってるくらい結構荒れたけど、話自体はものすごく重いけどめちゃくちゃ面白いし、回収されていない部分が気になりすぎて結局文句いいつつも最後にはDLCを待ちますってなってたよね、みんな」

「ネットニュースにとりあげられてたもんね、まぁ無料だったし、全ての謎はここに…!みたいな煽られ方したらもう期待して待つのみって感じかな」

「…でもさ、なんでそんな事言っちゃったんだろうね」

「ホントにね」

謎は謎を呼ぶっていうけれど、結局追加DLCでもすべての伏線や謎が回収されたわけではなくさらに追加キャラの登場により話は余計ややこしくなり新たな伏線、謎が沢山登場。

お約束の次の日DLC配信のお知らせ。

結果、大炎上。

「その後、何回も同じこと繰り返してさ、その度に盛大に燃えてたよね」

「ここまでくるとネタでしかないからね」

「しかもさ恐ろしいのがここからなんだよね」

「うん。ヤバい」

6回目となるDLCを経ても全ての伏線、謎の回収には至らなかったが少しずつ明らかになっていく事も増えてきており、一部のプレイヤーからは満足した、もういいかもという声が出始めていた頃、新たな爆弾が投下された。

―有料DLC配信のお知らせ―

「ここにきて、無料をやめて、有料に舵を切るとはね」

「しかも、初回DLC以来の追加攻略キャラ、からの大量エピソード追加ときた、憎いのがやっぱりキャラデザが最高なところ、神曲キャラソンも待ったなし」

「このあたりからなんか別の意味で楽しくなっちゃったんだよね、皆」

「そうそう、もちろん荒れたけど、むしろやるならやるところまでやれってなってさ」

「ここまで残った歴戦の戦士達はもうちょっとやそっとじゃ倒れないよね」

「公式側もおかしくなったのか濃厚な有料DLCを結局3回にわたってぶち込んできたし」

「そして、最後まで全ての伏線と謎が回収されずに、残りはプレイヤーのみなさんのご想像にお任せしますときたもんだ。すごいよ、本当」

こうして【青ぐ】は色んな意味で唯一無二のモンスター乙女ゲームとして語り継がれることなる。

「でもさ、ルトスの友達も中々えぐいよね、ヲタ活復帰第一作でこのゲームをプレゼントしてくるなんて」

「しかも手厚く、アニメDVDやコミック、キャラソンアルバムまで全てご用意済み」

「怖っ!」

「まぁ私もとりあえずはこの作品をやらない事にはヲタク復活したとは言えないと思ってたし、丁度いいかなって、その時は軽い気持ちで手を出したんだよね…あとはご想像の通りですよ」

「あぁ、ご愁傷様です…。でも、まぁ私なんか復活して自ら手を出したから…」

「そこは深すぎる恐ろしい沼だと知らずに」

「そして私達は今その沼の中で生きているのいう事実」

「いや、本当震えるね、でも、私達にはまだ恐ろしい事が待っている」

「うん、あの時の…私達が見る事が出来なかった、今私達が最も手に入れたいもの…それは…」

「それは…幻となってしまった公式設定資料集」

最後の有料DLCから沈黙を貫いた公式から突然発表された公式設定資料集発売のお知らせ。そしてその資料集には嘘偽りなく全ての伏線、謎を含めた全てがそこには載っているという。

【青ぐ】については公式から供給が終了してしまったあとも尚、日夜プレイヤーが熱い激論が交わし、新規参入した私も寝る間を惜しんで様々な考察を読み漁っていた。

そんな私にとって公式設定資料集の発売というものはあまりにも衝撃過ぎて、早く読みたいような、読みたくないような、まるでパンドラの箱を開けるようなものでこの公式設定資料集発売日をどんな思いで迎えたか事か。

なのに、私は、いや、私達は一度も読むことは叶わず、命を落としてしまったのだ。

「あの公式設定資料集に書かれている内容を知る事が出来ればこの先の運命を変える大きなカギになるのに…逆に言えば知らないうちに恐ろしい出来事のフラグを踏んでしまう事だってある」

「一体どんな真実が書かれていたんだろう…絶対にそこにはあったはずだよね、私達が…私達が…」

そこまで言ってルクスが下を向いて黙ってしまう。仕方がない、だって私だって言葉になんかしたくない。そして絶対にそんな未来へ進みたくなんかない。

どちらかが必ず、愛する双子の片割れの手によって殺される未来なんて。

【青ぐ】はまず自分が光ルート、闇ルートどちらかのヒロインを選ぶことから始まる。そしてどんなエンドルートに進んだとしても決定事項として選ばなかったヒロインを自ら手にかける事になる。もちろん自分で殺したという事実はヒロインにとって一生消えない大きな心の傷となる。これには批判が集まり、受け入れられなくて辞めてしまったプレイヤーも少なくなかった。

なんてひどい未来だろう。

前世での記憶が戻った私達は、ルトス、ルクスとしてではなくどちらかと言えば今は前世での自分に近かった。

一気に記憶を思い出したせいなのか、馴染んでないせいなのか、前世での出来事が現実で、こうしてこの【青ぐ】の世界で生きていることが夢なのではないかと思う。

だけど、今までルトスとして生きて来た記憶も確かに残っている。

まだ生まれて短いけれど、泣いて笑って生きて来た、そして隣にはいつも愛しくてたまらない双子の妹がいた。

確かに、今はルクスとは初対面のようにも感じるけれど大切なたった一人の妹であるという気持ちもちゃんとあるのだ。だから、私は。

「ルクス、謝りたいことがある」

私がぎこちなくルクスの頭をなでると今にも泣き出しそうな顔を上げてくれた。

「あのね、ルクスはせっかく大好きな【青ぐ】の世界に転生したんだから、推しの攻略ルートに入りたいかもしれない。でもね、私はそんな推しと幸せになるルートよりも、お互いが殺しあう未来を変えたい。もしかしたら推しだけじゃなくて誰も攻略出来なくなるかもしれない。だけどそうだったとしても私は…」

ルクスの目に溜まっていた涙がついにこぼれだす。

「よかった…!」

そういうと私に思いっきり抱き着きつく。

「私と、同じ気持ちでいてくれて本当に良かった、私だって絶対に殺したくないし、私を殺したという重すぎる十字架なんか背負わせたくない…!!」

あぁ、やばい。私も泣きそう。

私も泣きじゃくる彼女の背中をさすりながらちょっと泣いた。

そして決心する。

絶対に、今世では二人で生き残って幸せになろう。

鬱ゲーだか何だか知らないけれどそんなのぶっ潰してやる。

私は本来ハピエン厨なのだ。




ルクスが落ち着くのを待って私達は話し合いを再開する。

「今私達は6歳らしいから、ゲーム本編で描かれているのは15歳から18歳、つまりゲーム本編から10年ほど前…」

「…そして物語の重要なキーとなるあの事件が起きるのは12歳…あと6年しかないのか…」

ルトスの顔が曇る。気持ちはわかる。私もあと6年と聞き心臓がバクバクしている、だけどここは、落ち着かなきゃ。

【青ぐ】冒頭のムービー。

ヒロイン二人の大切な幼馴染である少女が謎の人物から二人を守って命を落とす事がトリガーとなりそれぞれ光と闇の力を覚醒させる。

そしてこの出来事がきっかけで仲が良かった姉妹には埋められない溝が出来てしまいそのままお互いの心が離れたまま本編の舞台となる学園に入学するというもの。

それがあの出来事であり、あと6年で起こってしまうのだ。

「じゃあ…とにかく当面の目標は、事件を起こさせないという事になるね」

「うん。…私達は本来知る由もない事を知ってるし、きっと阻止できる。いや、阻止してみせる」

「頑張ろう。私達の明るい未来のために」

私達は手を取り合って深く頷く。

「さて、まずは何からしていけばいいのか…」

「う~ん…そうだなぁ…一旦この何も知らない6歳時の情報収集から始めて、改めて作戦会議を開く…?」

「確かに、それもそうだね…6歳の私達、周りの様子が今どういう状況なのかちゃんと確認しなくちゃね、記憶が戻ってからずっと部屋にいただけだし…」

「周りの様子か…。…あ!!!」

ルクスが突然大声を出し立ち上がる。

「ちょっと…どうしたの!?」

「あ、ごめんなさい…あのね…すごく恥ずかしいんだけど、当たり前の事を言うんだけど…あの事件が起きる前って事は、まだフウリは…フウリたんは生きてるんだよね…!?」

「…え?あ、そうだね、まだ死んでしまう前だから、きっとそうだけど…」

「そっか…そうだよね!!!あぁ~そうかぁっ~!!!生フウリたんに会えるのか!!!…ん!?待って!私達が6歳って事はフウリたんは8歳…。まだまだ可愛い幼女ってこと!?新しいフウリたんを見れるってことか!?最推しの大量供給!?」

今まで難しい顔ばかりしていたルクスが嬉しそうに笑いながら自分の世界へ旅立つ。

いや~言ってる内容はアレだけどまるで花が咲いたように笑うとはこういう事なんだなぁと呆気にとられながら彼女を見つめる。

私の視線に気づきハッとしたルクスがしょんぼりと再びその場に座り込む。

「ごめんなさい、急に真面目に話すべきなのに…興奮してしまって…」

「いやいや、別に、気にしないで?それに美少女が笑ってる顔ってやっぱいいもんだしね」

「そういうルトスも美少女なんだけどね…」

「っていうかルクス、まさかのフウリが最推しだったんだ」

「あ…いや…乙ゲーなのにまさかの攻略キャラでもなく、しょっぱなで死んでしまう不遇系女の子キャラが最推しですいません…」

「いやいやいや、フウリは人気キャラでしょ?もちろん私も好きだし」

「それ本当…?じゃあ今から溢れ出るフウリたんへの愛を語ってもいい?」

「うん、それはすごく聞いてあげたいんだけど、一旦おちついてもろて、話し合いに戻ってもいいかな?」

「あ。そうだった。危ない、自分失ってた…とりあえず今度話すまでにフウリたんのプレゼン資料作っとく」

「それは楽しみにしておくよ…でもそうだよね…元々大好きな乙ゲーの世界に転生したんだもんね、登場キャラクター達が実際に生きている乙ゲーの世界って事…もちろん推しに会えるってことか…」

ふと私は自分の言ったセリフに引っかかる、あれ?何か、私今大切な事を言った気がする…。…あ、そうか。そうなのか!!

「そういうルトスの最推しは誰…」

「ルクス!私の話を聞いて欲しい!今の私達にとって大きな前進になるかもしれない!!」

「…へ?」

何かを言おうとしていたルクスを遮り今度は私が大声を出して立ち上がる。

そう。ここは[登場キャラクター達が実際に生きている乙ゲー世界]なのだという事、そして私達は今ルトスとルクスだという事。その時、私は途方もなくゴールが遠い道のりの大きな一歩を踏みだしたような気がしたのだった。

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