私たちは賛否両論物議を醸した乙ゲーに転生したWヒロインです。
雨譜時隅
第1話 もしかして同じ感じですか?
こんなに自分の選択を後悔することなんて後にもそしてこの先もないだろう。だって私の人生はどうやらここで終わりらしいから。
お父さん、一度は「娘はやらん」って言ってみたいっていう夢を叶えてあげられなくてごめん。
弟よ、どうかあの可愛い素直な彼女、逃がすんじゃないぞ、そしてお母さんの孫を抱っこしたいっていう夢、あんたに任せたから。
あぁ、なんだかもうふわふわして痛いとか辛いとか感じなくて、あの名作アニメの最後のセリフ、あれってリアルだったんだなぁ。眠くて仕方がない。
うん、…本当に終わりが近づいているみたい。
だったら最後にもう一つ愛すべき家族、友たちへ謝らせて欲しい。
こんな時まで頭の中を占めているのは…皆の事じゃなくて、この本の、待ちに待ったこの設定資料集の事だという事を…。どうして、あの時私は…。…だめだ、もう頭が動かな、い。…せめて…推しの…彼女達のところだけでも…読みた…か…。
「え」
何、今の。ちょっと待って。
私からこぼれた信じられないくらい情けない声を聞き、傍で仕えていたコットが今起こった出来事を完全に受け止められずに呆然としている私に声をかけてくる、
「ルトス様、目を覚まされたのですね!!本当に良かった…!!!すぐに旦那様達をお呼びしてまいります!」
いや、待って!
コットは矢継ぎ早に話すとすぐに部屋から出ていこうとするが、私は勢いよくベッドから体を起こし彼女のメイド服の裾を全力でひっぱりその場にとどめる。
「ルトス様どうなさいましたか!?もう起き上がっても平気なのですか!?」
目を丸くしてこちらを心配そうに伺うコットに恐る恐る確認をしていく。
「…貴女は…コット…さん…で間違いないですよね?」
「ルトス様!?急にどうされたのですか!?」
「お願い、答えて…コット=ルケッサさんですよね?」
「あぁおいたわしや、ルトス様、お気を確かに。…私は、いつも貴女様がお傍においてくださっているコット、コット=ルケッサでございますよ?」
「…そうよね、そう、やっぱりそうなのよね…ねぇ、もう一つ応答えて…貴女は今私の事を【ルトス】と呼んだわよね?」
「ルトス様何をおっしゃっているのです!?…やはり早く旦那様達をお呼びしなくては…!」
やっぱり、私の事を【ルトス】と呼んでいるのね!
その瞬間、頭の中でカチッと何かが整った音がしたような気がした。
「本当に、そうなのね!?」
私は叫びながらベッドからとび起き、
そのまま湧き上がる気持ちが抑えきられなくてコットの静止を振り切り部屋の外へ勢いよく外へ飛び出す。
そして私がドアを開けた瞬間、同じタイミングで隣の部屋のドアも開く。
え、今度は何?
まさか同じタイミングで扉からでてくるなんて。
隣を見やると私と同じように飛びだしてきたのは、見惚れてしまうほど美しい漆黒の髪とその髪をより一層引き立たせる、透き通った白い肌に薄いピンク色をした小さな唇。
美しい髪と同じ色をした切れ長の綺麗な目。まだ6歳か7歳くらいといったところなのに妙に大人っぽく妙な色気がある、美しい少女。そう、彼女はまさしく。
「貴女は…ルクス…さん…?」
「ルトス…さん…?」
「え?」
「ん?」
私が問いかけたはずがまたもや同じタイミングで問いかけられるとは。
微妙な沈黙の後、私は言葉を切り出す。
「あ…えっと…多分、そうなんだと思い…ます」
「多分…?…あ~なるほど…ちなみに…私も、多分、そうだと…」
「ん~と…つかぬことをお聞きしますが…あのその感じ、まさか…ですか?」
「っていうことはやっぱり…貴女も?」
私達はそのまま言葉を失い、お互いただ見つめあう。
その間にコットが旦那様、つまり私達のお父様…?達を呼びに向かったり、ルクスの専属の侍女のウィネが私達が目を覚ました事、何やら様子がおかしい事を他の従者たちへ伝達したりと何かとバタバタと騒がしく状況は動いているようだが、私は、いや恐らく私達はそんな事を気にしている場合ではかった。
私には、彼女の、ルクスの様子を、そして目を見てわかってしまったのだ、きっと、彼女も同じなんだという事が。こうしてお互いの事がすぐに分かり合えるのもきっと私達は【運命に導かれた深い絆を持った双子】だから。
「これは…」
「こんな事って…」
私達はすぐにでもお互いの事を話し合いたいところだったが、間もなくしてその場にお父様、お母様、それからビィルド先生たちが到着し、そのまま強制的にお互いの部屋に戻されてしまう。
そしてそのままあれこれ検査されたのち、落ち着くまで自室での静養を言い渡されてしまったのだった。
「えっとどうも改めまして、名前は全くわからないし、ぼんやりとしか覚えてない事が多いんだけど、恐らく20代後半の会社勤めのヲタクです」
「あ、ご丁寧にどうも、私も同じく名前は思い出せなくて、年齢は同じくらいで販売員をしていました、私も、ヲタクです」
「とりあえず…まずはお互いに敬語、辞めましょうか。今の私達が敬語で話すっていうのはおかしな話ですよね、高熱で倒れる前までは一応仲の良い双子の姉妹だったわけですし…」
「確かに、そうですね、じゃあ、えっとそういう事に…しようか。じゃあ私の事はなんだか恥ずかしいけどルクスって呼んで?私もルトスって呼ぶから」
突然同時に高熱を出し数日意識が戻らなかったと思えば、目を覚ました途端様子がとにかくおかしい。となれば、元々過保護のお父様やビィルド先生、屋敷の皆は私達が元気になったと言い張っても中々自室での静養から解放してくれなかったのは言うまでもない。
こうして二人で話すことが出来たのはあれから二週間後も経ってからだった。
私達は、久しぶりに会えたのだから二人きりで話がしたいとコットとウィネにも部屋の外で待機するようお願いし、人払いを済ませたこの部屋で自己紹介を済ませると、一つ一つ状況を確認していった。
「えっと…今までの話を整理すると、私は、いや私と貴女は、この世界と違う…いわゆる現実世界から転生した。それも…ドリームトリップの乙女ゲーム【青いバラを君に捧ぐ】の世界に。この認識で間違いない?」
「間違いない。それも私達はこの通称【青ぐ】のWヒロインに転生した」
「私は光ルートのヒロイン、ルトス=カタクリに、貴女は闇のルートヒロイン、ルクス=カタクリに」
「そう、そしてここで仲の良い双子の姉妹として生きて来た」
「まさか、自分達がハマっていた乙女ゲーに転生するなんてね、しかも二人で。」
「うん、今でも時々嘘なんじゃないかと思う」
「私も…でも、やっぱりこれは妄想でも頭がおかしくなったわけでも何でもない」
「うん、だって今でも鮮明に思い出すもの、あの時の事…あれは絶対に偽りの記憶じゃない」
「やっぱり、そうだよね、私だってそうだもん、だってあんなの…」
あの時。そうあの時とは私とルクスが死んだ…いや正確に言えば殺された時の事。
そう、私達は同じ場所で同じ人物に殺された。
「まじで、あんな奴を好きになった前世の自分をぶん殴りたい」
「同じく。どうかしてたんだ、きっと。いやマジでどうかしてたと思いたい」
前世の私には一年付き合った男がいた。
高身長イケメンで大手企業勤めのエリート、とにかく優しくて面白くて。私は彼にハマり込んでいた。彼が嫌だっていうから大好きなヲタ活も卒業したし、彼が好きだっていうから髪も伸ばして、メイクもファッションも好みに合わせ全部変えた。
窮屈だと思う事も確かに多かった、でも、耐える事ができた。だって好きだったから、愛していたから。それに私達は結婚の約束だってしていた。彼といる事が私の幸せだったのだ。」
しかしその幸せはあっという間に崩れ去っていく。
ほんの些細な事がきっかけで少しずつ彼に不信感を募らせたのが崩壊の始まり、盲目的に彼が好きなるという自分にかけられていた呪いの魔法が溶けていくようにガラガラと崩れていく。
結局、私は沢山いる女のうちの一人にしか過ぎなかった。
今までの私への言葉も行動も、優しさも、そして結婚の約束も全てが嘘だったと気が付いた時、私は一方的に彼の前から姿を消した。
「いや、今思い返せば、冷静に考えて不審なところが多すぎなんだからし早く気づけよ、私!!!って感じ」
「わかる、ドタキャンなんてざらだったし、スケジュール管理めちゃうるさかったし」
「服の趣味とか香水がころころ変わったり、連絡も遅かったり、仕事が忙しいとか言い訳するくせに自分の部屋はいつだって嘘みたいに綺麗でさ
「毎回違う女を連れ込んでるからバレないように後輩とかに徹底的に綺麗にさせてたらしいよ、絶対証拠残すなって必死に」
気が付くといつのまにかあのクソ男の愚痴大会になっていた。
そう、何を隠そうこのルクスもこのクソ男に騙されていた女の子の一人だったのだ。
「挙句の果てに色んな女の子を泣かせすぎて恨みをかって…そのうちの一人がストーカーにまでなっちゃって…」
「いやマジ、あの日のあいつ本当キモい。何が本当に愛しているのはお前だけだ、助けてくれだよ。私達の整地【アニメエデン】本店の近くで事件を起こすとか本当ふざけんな」
「いや、本当それな、全てがクソ過ぎる」
私達が殺されたあの時…あの日、クソ男は私とルクスを【アニメエデン】の入り口近くで一日中待ち伏せしていたようだ。クソ男にとって助けてくれるなら、どちらでもよかったのだろう。
どこから情報を得たのか今となってはわからないが、何分顔だけは無駄に恐ろしいほど広く情報通であちこちにパイプを持っている、きっとどこからともなく私達二人が別れた後にヲタ活に復帰した事、そして今私達が生きている世界、【青ぐ】にハマっている事、そしてその日【青ぐ】ファンが待ち望んだ待望の設定資料集の発売日で、本店限定でのみ予約者特別特典が付いている事、そしてもちろん私達が予約済みである事、全て調べ上げ待ち伏せしていたという事。ここまでの情報がクソ男に流れていたのがもう本当気味が悪いし、お前こそストーカーみたいじゃねぇかとも言いたいところだが、最悪なのはまだまだここから。
運悪く先にクソ男に見つかったのはルクスで彼女の腕を掴みクソ男はルクスに助けを求めた、とにかく全力で拒否をし、その場から逃げようとしたが…。
―どうして?私がいるのに他の女のところへいくの?-
クソ男のストーカーはもう限界だったのだろう。
「いや、ブスっていかれた時、一瞬過ぎて意味わからなかった。だけど何度も刺してきた女の子の顔を見て全てを察したかというか、刺されているのに同情しちゃった…」
―アナタに近づく女は皆殺す、もう誰も二人の邪魔はさせない―
そして、血で塗れたナイフを持ったストーカーから何とか逃げようとしたクソ男が見つかったのはその現場に偶然にも居合わせた私だった。
クソ男は見つけると強引に引っ張って信じられないことに私を盾にした。
―だから!近づく女は全員殺すって言ったじゃない!!!!-
必死に逃げようとしたが間に合わず、結果私も彼女にメッタ刺されそのまま息絶えたのだった。
「まさか、盾にされると思わなかったわ」
「いや腐ってるな、引くわ」
「…もちろん刺したのはあの女の子だけど、あの女の子をあそこまで追い詰めたのは間違いなくあの男。苦しかったんだろうなって、怒りとかよりも可哀想に思えて…」
「うん、彼女も被害者で…そしてもう関係のない私達を巻き込んだのもあのクソ男」
「…なんで私達だったんだろう?」
「さぁ?…泣き脅せば助けてくれそうな女共って思ったんじゃない?」
「マジで心外だわ。けどまぁ…あのクソ男前で自分に酔って理想の聞き分けのいい都合のいい女でいた自分が一番情けない。あの男に関わったのは事実だから」
「関係なかった、だけど過去には関係を持ってしまっていた…」
二人で深いため息を同時につく。場はお通夜状態になっていた。
「…あのクソ男の話はここまでにしようか時間の無駄だから、きっと」
「そうだね、…今、私達がすべきことはここで落ち込む事じゃないからね」
なんとか気持ちを切り替えて話を元に戻す。
「じゃあ…次はやっぱり【青ぐ】について話さなきゃ、かな」
「うん、ちゃんと認識を合わせておこう。まじで大切だと思う」
「あのさ、ずっと聞きたかったんだけど、ルクスも【青ぐ】にハマってたってことは、…全ルート攻略済み?」
「有料DLC追加エピソード、隠しエンド含め完了しております、そちらは?」
「もちろん。メディア化されたコミック、小説、アニメ一期。全て網羅しております」
「我が同士よ」
私達は熱い握手を交わす。
「…でもさ、そこまで好きならさ、ルトスも思ってるんじゃない?」
「何を?」
「私はね、本当にこの【青ぐ】が好きで大好きで、狂おしいほど大好きで…!」
「えっと…うん、私も同じくらい好きだよ」
「だったら…!好きだから、死ぬほど本当に好きだからこそ思う事があると思うの!」
「あ~ルクス、えっと…それは…」
「私はね、ずっとずっと言いたかったの、いや、転生したってわかった初日に叫んだよ…。せっかく乙ゲーに転生出来たっていうのになんで転生先がこの【青ぐ】なんだよ!!!!もっと普通の乙ゲーがよかったわ!!!!って」
ルクスが今日一番の声で叫ぶ。
あ~言っちゃったか。いや、うん、やっぱそうだよね、そう思うよね。私も初日に同じように叫んでコットを困らせちゃったなぁ…なんて思い出しながらしみじみと頷いた。
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