第2話 夕景に浮かぶお詣りの美少女は幻想的だった

 しばし、時を巻き戻そう。


 退社後、僕はある場所に向かっていた。街の北方を囲む山稜、そこから突きだした小高い丘の頂に小さな神社がある。そこの宮司に会って先日の礼を言うために。

 軽くお祓いをして貰い、暫しの世間話の後、改めて礼を言って辞去する。社務所を出ると、沈む夕陽が黄金色に眩く、西の稜線を陰と浮かばせ、夕空を朱く染めていた。


 がらんがらん

 お社の鈴が鳴って、ぱんぱんと柏手を打つ音が続く。夕景の社に、神妙に祈りを捧げる少女の姿はどこか幻想的ですらあった。


「君もお詣りかい」

 どんな願い事をするものか、案外長めの黙礼を解いたのを見計らって声を掛ける。中年間近のおっさんがむやみ女学生に声を掛けると案件になりかねない昨今ではあるが、

「あ、おじさん」

 知り合いであるなら問題ない……はず。一度会っただけの間柄ではあるけども。


「こないだ、非道いじゃないか」

 と非難の目を向ける少女。今日は学校の帰りなのか、制服っぽいブラウスとスカート。襟元のリボンが可愛らしい。

「お礼言う間もなくどっか行っちゃってさ」


 悪い悪いと詫びつつ、

「瓶詰めにしたアレの処理を早めにしとかないとね。放置すると変に拗れることもあるから」と言い訳する。その後のことが面倒臭かったからではないというアピールも、疑わしげな眼差しに撃墜される。


「警察にも口止めするなんて、そんなに関わり合いになりたくないってことッ」

 語尾に込めた怒気がちょっと怖い。というか、

「そんなつもりはないから、その義足をぶらぶら揺らすの止めてくれないか」

 君のそれは、紛れもない凶器なんだから。


「こないだのこともあるからさ、パパに言って改良して貰ったんだ。今迄だと随分セーブしないと接合部分が痛かったり、下手したら外れちゃったりしたんだけど、今度のは完璧だよ。全力で振り抜いても大丈夫なんだから」


 ニシシと不敵に笑う少女。いやいや、待て待て、あれでセーブしてたって? 運動音痴っぽかったとはいえ、小太りの男が吹っ飛んでたぞ。

「試してみる?」

 止めてくれ、殺す気か。


 その絡みで、ふと思い出した。

「そういえば、例の取られた義足って返ってきたのかい」

「やめてよ」と露骨に顔を顰めて、

「あんな気持ち悪いの使えるわけないじゃない。廃棄して貰ったに決まってるでしょ」


 まあ、それはそうか。頬ずりしたり舐め回したり、まあ色々したんだろうな。

「キモい想像すんなし」

「スマン、スマン」

 確かにちょっと不謹慎だったか。


「そうそう、パパがお礼したいって言ってたよ」と少女が言うのに、

「お礼とかはいいよ。そんな柄でもないし。アレに関しては、ちゃんと依頼を受けての仕事バイトだったから、報酬も受け取ってる」


 でもさぁと言う少女に、

「お礼とか貰うとこの後、付き合いづらくなるだろ」とか言ってみる。

「はあ、なんでアタシとおじさんが付き合うとかなるわけ? だいだい最初に逃げたのおじさんじゃないか」


「そりゃそうだ。それより、結構長く願掛けしてたみたいだけど、何をお願いしてたんだい」

「えぇっ、普通、そういうこと聞く? そういうデリカシーのなさがおじさんなんだよ」

 ふむ、ぐうの音も出ない。 


「ていうかさ……」少女が呆れたような、気の抜けたような、妙な感じで、

「おじさんはどこの誰なわけ?」

 確かに今更だな。先日は、一応修羅場っぽいものを二人で協力して乗り越え、そして今日再開してお喋りに興じていたが、互いに名前も知らないままだったんだな――と本当に今更なことに気付かされた。


「アタシは物部ものべ葉乃はの。この丘の下にある高校の二年生だよ。葉乃って呼んでいいよ」

 なぜかふんぞり返って宣言する少女――物部葉乃。名乗るだけでそれだけ威張れるのは、よほど自分に自信があるのか、若さゆえか。まあ、両方なのだろう。どちらも僕には持ち合わせないものだ。


「僕は忌部いぶ於鞴人おびと。あそこの公園前のちっぽけな会社の平社員だ。忌部さんと呼んでくれたまえ」

 対抗してちょっと偉そうに言ってみた。

「忌部さんねぇ、言い難いから、おじさんでいいよね」

 あっさり流された。そして少しも言い難くはないと思うのだけど。まあ、好きに呼んでくれればいい。


「あ、そうだ。おじさん、ちょっと付き合ってくれない?」

「おじさんとは付き合わないんじゃないのかい」

「そうじゃなくてさ。お礼代わりに、マクド奢るよ。こないだご馳走になったしね」


 そういえば、小腹が空いている。女子高生に奢られる三十路前のおっさんというのも世間体的にどうかと思わないでもないが、まあ、ありがたくご相伴に預かろう。

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