竜神池の詛いの神サマ(へぼ)~義足の少女拳士と百均探偵(化ケ)~

蒹垂 篤梓

第1話 夢の相談事

 同じ部署の田上さんは、毎日お弁当を作って持って来る。シングルマザーで高校生だか中学生だかの娘さんがいると聞いた。普段はお喋り仲間と一緒に、会社の向かいにある公園で昼食を摂るということらしいのだが、今日は少し時間が圧したのでここで食べるのだという。


 いつもなら雨降りでもない限り居残りは僕独り。

 けれど今日は、田上さんが椅子を持って寄って来たので一緒に食べることに。「独りだと、寂しいので」とのこと。


 田上さんのお弁当は、可愛らしい小さな箱に、色んな物が少しずつ詰め込まれた彩り豊かなものだった。娘さんと同じ物を作るとなるとそうなるのだろう。たいへん、ごくろうさまなことだ。

 対して僕の方は、今朝、来がけにコンビニで買ってきたおにぎりとクリームパン。鉄板チョイスである。


「私、夢を見るんです」

 おにぎりを食べ終わったところで田上さんが。

「それも、すごく変な夢なんです」と。

「夢……ですか」

 意図が分からず、惚けた返しをしてしまう。


「娘が目の前で自殺しそうなのに、それを止めることができず、声を掛けることすらできずに、ただ見ているしかないんです。そうしているうちに目が覚めて、夢だったんだと思うんです」


「そう、ですか」

 何かしらの潜在意識が働いているということだろうか。そうは言っても、僕にはさっぱりなのだけど。

「そうなんです」


 それきり田上さんは黙ってしまって、残りのお弁当を食べきり、僕もデザート代わりのクリームパンを食べきりしたところで、遠征組がご帰還遊ばされ、それまでとなった。


   *

「夢を見るんだって」

 と少女が言った。友達の話だと断った上で、話し始める。

「気付いたらバスの座席に座っていて、行き先も何も分からないまま、一人で、ただバスの進むのに任せてる感じ。いつ降りようとかは考えてないみたい」

 ちらりと少女が僕を見る。ちゃんと聞いてると頷いて先を促す。


「車内アナウンスとかはなくて、どこだか分からないバス停に停まるたびに人が乗ってきて、降りる人はいないからだんだん人が増えて、ほぼ満席状態。そうしてる内に、なぜか車内が冷えてきて、寒くて震えてくる。さすがに何かおかしいと思い出すんだけど、その時には、バス停とかないみたいで、全然停まらずにどんどん進んで行く」

 怖くない? と少女が聞くも、いいからと話を進めさせる。


「そのうち、冷たいのは周りの人たちだと気付くのね。態度が冷たいとかじゃなくて、物理的に……夢なのに? とにかく、この人たち、みんな死んでるって急に分かって、それで冷たいんだって。死んでないのは自分だけ。怖くなって声を掛けようにも、みんな死人だしどうしたらいいか分からなくなって泣きそうになってたら、すぐ前の人が振り返って……」


 にやにやとこちらを見る。そういうのは慣れてるから別に怖くはないというのに。ああ、自分が怖いのか。

「別にアタシは怖くないよ。自分で話して、自分で怖がってたらバカみたいじゃん」

「君、お化けとか苦手でしょ」と言うと、ツンとそっぽを向かれた。


「その人が振り返ったら……、それまで普通の人に見えていたのが、頬が痩けて、目が落ち窪んで、まるでミイラみたいな、骸骨みたいな、彼女は死に神だって、咄嗟に思ったんだって」

 にまにま笑いながら、なぜかもぞもぞしてる。やっぱり、怖いんじゃないのか。自分で語っていながら。


「でさ、話は未だ続くんだよ。死に神に見られたら、その瞬間にいつも目が覚めるんだって。でもさ、目醒めたらどこか知らない森の中にいて、輪になった繩が目の前にあるの。それで思わず腰抜かしたら、今度は本当に目が覚めるんだって」


 なぜかどや顔を浮かべる少女が、どやどや、怖かったやろと迫ってくる。別に怖くはない。僕を何だと思っているんだ。

「はあ。リアクション、薄っ。そんなんじゃ、モテないよ、おじさん」

 余計なお世話だ。


「でさ、どうしたらいいと思う?」

「どう、とは?」

「やっぱ、こんな夢、変じゃない? どうしたら見なくなるのかって」

「なぜ、僕にそれを聞く?」

 僕は心理学者でも、夢占いでも何でもないのだけど。


「ええ、分かんないの」

「なぜ分かると思ったんだよ」

 互いに残念なものを見る眼で見合いながら、はぁと溜息を吐いた。何なんだ、これ。

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