第2話 紀昌、夢を語る


 なぜ私、紀昌が生を繰り返してまで弓を極めようとするのか知っているだろうか。


 いや、私が話していないのだから知る者はいないだろう。


 初めて弓を射ったのは5の時だった。

 狩りをしている父を見て弓に興味を持ち始めたのだ。

 父が狩りに行くときには必ず付いて行った。

 そこで一通り、弓について学んだよ、5歳でな。


 そのときには、すでに弓の才があったのか、すぐに覚えることができた。力の入れ方、抜き方、体の向き、狙い。ついには風読みまでも。


 父は週に何度か庭の的に向かって弓を射って練習していた。

 そこに私も混ざり、というか、かってに弓を引いた。

 父は疲れたのか、縁側で母と一緒に茶を飲んで、私の方を微笑ましそうに見ていた。

 しかし、そんな顔が崩れるのは一瞬だった。


 

 なぜなら、5歳の私が100歩はあるだろう的の正鵠を射たのだから。


 

 私も当時のことは覚えている。死に際まで忘れていたが。


 そのときは弓を引くのに絶好の頃合いだったのだ。

 風をなく、湿度に気温も安定している。

 的まではっきり見え、親が見ているため安心して心は凪いでいた。


 的に当たる音が響き、その音に驚いた幼い私は両親の方を向く。

 父は驚き固まり、母は飲んでいたお茶をこぼしていた。

 どちらとも、目と口を大きく開けていた。


 なぜ今まで忘れていたのか、と思う程に印象に残る顔だった。


 そのあとに母は私を抱きしめ、父は頭を撫でて下さったのだ。「お前は凄い子だ」と言いながら。


 父と母を喜ばせることができる。

 それがどうやら私にはとても嬉しかったようだ。



 嗚呼、要するに私が弓を極めようと思ったのは,両親に褒めてもらおうとする、今は奥底に眠る健気な心だったのだ。


 それが今は、弓を教えてくださった師や最愛の妻を手にかけようとしてしまった。

 あの頃の私は気が狂っていたのだ。

 

 少年だったころの健気さは無いが、いまだ心の奥では誰かの役に立ちたいという感情がある。


 前世では一心不乱に「天下一の弓の達人」というありもしない肩書を目指していたが、今からは、誰かのために弓の修練をし、傷つけるための弓ではなく守るための弓を目指す。

 

 せっかく、神様に第二の生を授かったのだ。

 善を積まねば罰が当たるというものよ。


『今の君ならできるさ。どんな苦行も乗り越えてみせるだろう。魑魅魍魎が蔓延る世界。前世とは違う世界。気を緩めるとすぐに終わっちゃうよ。神に宣戦布告したんだ。せめて期待を裏切らないでくれ』


(もちろんだ。前世でとはいえ、一度でも弓の極地に足を踏み入れようとした者だ。瞳は閉じず、ずっと前を向き続ける。正気を失ってたが、今までの師の教えは大変有意義なものだ。学んだことを活かすとしよう)


 

 

 神との対話が終わった。

 今までは体が浮いているような感覚だったが、今は足裏に感覚がある。

 

 鳥の音が聞こえる。

 優しい風が頬を撫でる。

 瞼はいまだ閉じず。

 光が顔を照らす。

 森の奥で蘇る。

 手には懐かしの感覚。

 心構えは忘れず。

 射の頂点を目指す。

 魑魅魍魎、悪鬼羅刹恐るるに足らず。

 我が無双の力とくと見よ!


 我、ここに第二の生を賜る者なり!








_____________________


どうも作者です。

ここでの紀昌は中島敦さんの名人伝から独自に派生させたものです。

実際に紀昌がなぜ弓を極めようとしたのか、さっぱりわかりません。

まず、名人伝の内容をほとんど覚えていないので内容についてはご了承ください。

 

 


 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紀昌、異世界に渡り、天下一の弓の達人を目指す 咲春藤華 @2sakiha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ