9話 遭遇

 良太が教室に入ると、授業は、すでに始まっていた。


「杉山、遅いぞ!!」


「すみません」


「早く、席に着け!!」




 数学の日下先生は、どこか、ピリピリした雰囲気で


良太を叱責(しっせき)すると、授業を再開した。




 「お~ぃ、良太~ぁ、何してたんだぁ?」


近くの席の慎也が、小声で良太に話しかけてくる。


「トイレだ…それ以上、聞くなよ…」


「そっか~ぁ、お大事に」


慎也が小声でささやくと、黒板の方に向き直った。




 数学よりも、どこに隠すかだ…


どこか、いい場所はないか…


普段、人が来なくて、かつ、来たとしても


隠す場所があるところ、


そんなところが、高校に存在しただろうか。


必死に隠し場所を捻り出すが、


思いつくころが、二カ所程度であった。


(とりあえず、放課後に体育館裏の倉庫に行ってみるか)


良太が2年の時は、よく、慎也や関たちと忍び込んでは、


お菓子や、ジュースなどを飲んでいた場所だった。


しかし、誰かが言いつけた事で、


先生たちの見回りが激しくなり、


あえなく、秘密基地と言える場所を、手放す形となった。


それからは、今日に至るまで、


一度たりとも行っておらず。


ほぼ、忘れかけていた存在だった。




 キーン・コーン・カーン・コーン


授業の終わりのチャイムがなり、渡辺先生の適当な、


夕会も3分で終わりを告げた。


慎也が話しかけようとしてきたが、


「すまん、今日は急ぎの用事があるんだ」


と慎也にそう伝えると


「今日もかよ、しかたがねぇなぁ」


慎也は、しぶしぶと教室を出て行った。


(悪い、マイ、フレンド)


と思いながら、良太は体育館裏の倉庫へと足を早めた。




 倉庫に着くと、周りに誰もいない事を確認して、


ドアをゆっくりと開けていった。


ギギギィ・・・・ギィ


倉庫のドアは錆びていて、人がいればすぐにも


わかりそうな、音をたてて解放されていった。


中に入ると、ところどころ、散らかっており、


思い当たる、隠せそうな場所を探して回った。


「どこもかしこも、汚くて隠したくないな…」


そうすると、やっぱり通風孔しかないか。


良太はそう考えたが、先に赤い箱の準備を済ませてから


隠すことに決めた。


ポケットから、針とライターを取り出して、


針を消毒し始める。


「あっ、ちっ」


針はすぐに熱くなり、指先にまで熱が伝わった。


「普通なら、指先を指して血を取るだろうけど…」


指先では、傷が目立つ可能性がある事から、


腕に刺して、血を取ることに決めた。




 プスッ


「いてっ…」


微かに腕に穴が開き、針の先端には良太の血がついてる。


制服の内ポケットから箱を取り出し、急いで白紙を広げる。


いざ、書こうとすると、小刻みに自分の手が、震えているのがわかる。


この紙に「笹川 心」と、書けばいいだけだ。


良太は額に汗をかきながら、震える手で最初の一筆を書いた。


一画を丁寧に書き、腕から出る血を針に擦り付けては


文字が途切れないように集中する。


和紙は頑丈だが、もしかしたら破れてしまうかもしれない。


そんな、恐怖が良太の頭をかすめる。




 時間は3分も立っていないだろ。


だが、良太にはこの行為が、何時間にも感じ取れていた。


和紙に書かれた「笹川 心」を眺めて、読み取れることを


確認すると、血が滲まないように紙をヒラヒラとさせて、


念入りに乾かしたのである。


渇ききった紙を確認すると、急いで赤い箱へと紙を仕舞い込み、


近くの埃だらけの机を通風孔の下へと持ってきた。


机を台の代わりにしたが、若干、ぐらついている。


しかし、そんな事を気にしている暇ではなかった良太は、


いざ、通風孔を開けるよう試みた。


だが、蓋を見るとカバーの四カ所には、ガッチリとねじがされている。


(まさか、ねじで止まっていたとは、最近のは、はめ込み式だったのに)


(しょうがない、別の場所にするか…それとも、出直すか…)


愕然とする良太は、倉庫に居る事が、ばれない様に撤退を


余儀なくさせられた。




 降りようとした時、不覚にもバランスを崩した良太は


床へと転倒する。


「痛っ。てててぇ」


体を強く打ち、脇腹のあたりをさする。


ふと、目を開けると、そこには赤い箱が転がっていた。


「やばっ…」


良太は左手を伸ばし、箱を取ろうと思ったが、


ふと、その時、気づいたのである。


自分の右手に赤い箱がある事を。


「えっ…何で…誰の赤い箱だ…」




 良太には、転倒した時の痛みはすでになかったが、起き上がれずに、


しばし、誰の物か、わからない、赤い箱を茫然(ぼうぜん)と見つめるのであった。

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