10話 愚者

 俺の手元には、赤い箱がある。


そうすると、今、目の前に転がっている箱は何だ?


体制を立て直し、起き上がる良太。


本当に、自分のは赤い箱か。


疑いのまなざしで、恐る恐る、手に持っている、箱のふたを開けてみる。


ぱかっ。


そこには、「杉山 良太」「笹川 心」と二枚の紙が入っていた。


これは間違いなく、自分の赤い箱である。


そうすると、目の前に転がっている、この赤い箱は誰のものだ。


恐る恐る、箱を拾い上げ、箱の外観を確認してみる。


同じだ。全く同じ物だ。


素材の手触り、塗装の剥げ具合が、良太の持っている箱と


遜色なく同じである。


中身を見て、誰の物か確認しようか…


「中身を確認されると、箱の効果が消える」


脳裏に藤宮の言葉が過ぎる。


良太はいったん、躊躇(ちゅうちょ)したものの、好奇心に負けてしまった。


箱を開けても、誰かが死ぬわけじゃないし、


これを書いたやつの恋愛が、駄目になるわけで…


そもそも、こんなアクシデントで、見つかるような場所に


隠してた方も悪い。


遅かれ早かれ、誰かに見つけられて、開けられただろう。


そう、自分に言い聞かせて、呼吸を整え、


手の震えが止んだのを確認すると、目一杯の力を込めて、


箱を開けた。


ぱかっ。


中には、良太の箱と同様に紙が、二枚、入っていた。


紙を開く前に、無意識に深呼吸する。


一枚目の紙を広げた…


かさっ。


そこには、血文字で自分のクラスの、


女子の名前が書かれていた。


「鈴木 新奈」




 鈴木 新奈(すずき にいな)


若干、ギャルが入った女子。


頭は、お世辞にも良いとは言えない。


朝会前に慎也を取り囲んで、笑った一人である。


(おぃおぃ、鈴木って…)


(男は誰なんだよ…)




 もう一枚の紙を広げると、そこには、予期せぬ名前が書かれている。


「関 和富」


「あっ…あぁ…」


思わず声を出してしまい、とっさに手で口を覆う。


(何で、関の名前があるんだよ)


(関も赤い箱を手に入れてたのか…)


(最近、生き生きとしてた理由は、これだったのか…)


箱の中身を見てしまった事で、関の望みは絶たれた。


良太は見間違いではないかと、再度、紙の名前を確認する。


「関 和富」


何度、見直しても、この名前が目に入ってくる。


友人の願いを、この手で壊してしまった。


好奇心とはいえ、開いた事で全てを絶ってしまったのである。


良太は自分自身に罪悪感が込みあげてくるのを感じていた。


しかし、


すぐさま、考えた、驚きで止まってしまった思考を


フル回転させ、見てしまったものは仕方がない。


に切り替えていく、それより、次はどうするかだ。


これが見つかると、間違いなく、関は笑いものにされる。


あいつの事だ、何で笑われているのかも、


気づくのにしばらくかかるだろう。


問題は気づいた後だ、きっと、相当、落ち込むに違いない。


ここは、友人として、どうするかだ。


いや、それよりも、この赤い箱が見つかる事で


藤宮から、今日の出来事が漏れるかもしれない。


そうすると、関へのドッキリだとかが、辻褄が合わなくなる。


関自身が最近の俺の動きから、俺も赤い箱を持ってる可能性を、示唆出来てしまう。


それは、あまりにも危険だ。


そう考えた良太は、「鈴木 新奈」と書かれた紙をビリビリ破り、


自分のポケットに入れた。


関の名前が入った紙を赤い箱に収めると、倒れた机を元に戻した。


箱は机の中に隠していたのだろう、その中に無造作に放り込んでおいた。


机を元の場所に戻し、急いで倉庫を出ると、すでに辺りは薄暗くなっている。


(どうする…)




 頭の中で二ヵ所は思いついていた。


しかし、一ヵ所目はすでに当てが外れている。


そうすると、もう一ヵ所しかない。


今は、立ち入り禁止の旧校舎だ。


すでに日が落ちた事から、中はほぼ真っ暗だろう。


旧校舎の中は、いろいろな箇所が痛んでいて、


中を手探りで歩くのは少々危険である。


迷っていた良太だが、意を決して旧校舎に向かう算段を立てた。




 倉庫から旧校舎に向かうのは、比較的、楽だが、グランドを横切らないといけない。


グランドでは、まだ、部活動に励んでいる生徒たちが残っている。


誰にも気づかれないように、倉庫から旧校舎に行く方法は、


雑木林の中を抜けて行くのが、一番妥当であった。




 山の中に建てている神鳴高校の周りは、木が所々に生い茂っている。


整地されていない分、あちこちにくぼみがあり、虫も多い事から、


好んでこの時間帯に雑木林に入る生徒は、ほぼ皆無である。


倉庫からの距離は50メートル弱、全力疾走で走り、


できるだけ、奥の方に行けば、グランドから、


こちらを確認することはできないだろ。


そう考えた良太は、グランドから倉庫の方を、


誰も見ていないのを確認すると、


全力で雑木林めがけて走り出した。


「はぁはぁはぁ………」


木の陰からグランドを確認すると、


誰もこちらを見ていない事がうかがえた。


良太は少しだけ安心感が増して、


息を整え終わるまで、しばしの休憩をとった。

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