赤箱

箱隠しの章

1話 失態

「おっはよう!!」


ご機嫌なまでに教室に入ると、見慣れたクラスメイトが


こちらを向いて


「おっす、杉山!!」


「良太、おはよう」


と返してくれる。




 良太は、自分がクラスになじめているのか、疑問に思っていた。


だが、無難にすごすのが得策だと、自分に言い聞かせて、


クラスではできるだけ、明るく振る舞うように努めている。




「うぃーす!!」


 足取りが重く、遅れて入ってきたのは慎也だった。


さっきのバスの件を、まだ引きずっているのであろう。


あいさつに、全然覇気がない。


クラスの皆も、それに気づいたのか、


いち早く女子たちが、


「おはよう、上田君。どうしたの?体調でも悪いの?」


と心配そうに声をかけてきている。




 最初は良太も


(おぃ、慎也…筋肉を鍛えなくても、おまえは十分モテてるじゃないか!!)と、


は内心思ったが、勝者の余裕として、今、一時の幸せを味わうと良い、


と想像を膨らませていたら、途端に顔の筋肉が緩んで、


今にも笑い出しそうなのを、必死にこらえる事しか出来なかった。


そんな隙を突くがごとく、


「おはよう、杉山君」と、


声をかけられた。


「おっ…おは、おはよう」




 慎也に群がる女子達に気を取られて、笹川の存在を一時、忘れていた。


しかも、不意に声をかけられた事で、挙動不審なあいさつを返してしまった。


自分が、どれだけバツが悪かったか、笹川は知る由もない。


「どうしたの?」


不思議そうに自分の顔を見る笹川…


(やめろぉ、そんなに俺をまじまじと見ないでくれ!!)


良太の心臓は、100メートル走を全力で走った時よりも、強く鼓動を鳴らし続けていた。


「いや、大丈夫だよ。急に声をかけられてびっくりしちゃった」


平常心を装い、なんとか返答する。




 良太の手は既に汗ばんで、何を話していいのか、わからないほど、


頭は混乱状態に陥っていた。


状況が一変したのは、関が教室に入って来た時の事であった。




「おはよう…あれっ?何で皆、慎也に群がってるんだ?」


「あっ、関君おはよう。上田君、体調が悪いみたいなんだけど…」


「???」


一瞬、関は何を言っているんこの人たちは、と思うような顔した後に


「バスの中では普通に元気だったぞ…」


「あっ、バスの中で、良太に負けたのが悔しくて元気ないんじゃ、ないか?」


関は、慎也を取り囲んでる女子達に告げたのであった。


「えっ?何?何?それ何なの?」と、


女子たちの視線は、一気に、関の方に向いたのである。


その言葉を聞いて、良太は、ふとわれに返り、


話を遮ろうとしたが、既に時は遅く


「あぁ、いつもバスの停まるボタンを、誰が早く押せるか勝負してるんだよ」


と自慢げに話し始める関であった。


だが、関は予想していなかった。




「アハハハハハ!!」


「おかしい、そんな、小学生じみた遊びで、暗い顔してたの?」


「ちょっと、笑ったらかわいそうよ」


「えぇ、でも、今、笑うの必死にこらえてるでしょ?アハハハハ」


「ぷっぷっ、アハハハハ」


笑いを必死にこらえていた女子たちも、次々と笑い始めた。


慎也を囲んだ女子たちから、一斉に笑われ始め、


関は、照れくさそうに頭をかいている。




 被害を被ったのは、慎也と良太であった。


関の何気ない一言で、今、この瞬間、


神鳴高校三馬鹿トリオが、爆誕したのである。


(おぃ、関ぃ・・・・おまえなんて事をしてくれたんだ!!)


(おまえが、空気読むのがうまくても、今のは、なしだろ!!


(慎也までならいざ知らず、そこで俺の名前をだすか普通?!


(しかも、よりにもよって笹川の目の前で・・・・)


「はぁ、そうそう、その小学生程度の遊びで、良太に今日で3連敗中なのよ」


「だから俺は、絶賛、超絶凹みモードよ」


慎也が、元気のない言葉を吐きだした。


それを聞いた女子たちは


「上田君、笑いすぎてごめんね。」


慎也に対して、次々と謝りだす。




 関は、自分が悪いことをしたのだと、自覚が持てた様で


(すまん!!)


とばかりに、良太と慎也に拝み手をしている。


(関のやつ、覚えとけよ、いつか同じ様な目に遭わせてやる)


良太は心の中で思ったのもつかの間、


女子たちからの追撃があるのではないかと、無性に心配し始めたが


その時には、慎也の言葉で場の空気が変わり、いつものクラスへと戻っていた。


しかし、笹川に対しての状況は、何も変わっていない。




 今、怖くて振り返れない自分がいる。


顔をのぞかれた時より、鼓動は早く、


気を抜けば、気絶するんじゃないかとさえ思えた。


「杉山君?」


「うん。」


一体、何を言われるのか想像すら出来ない。


(神様がいるなら、今日のバスの勝ちは譲りますから、時間を戻してください)


頭が勝手に拝み始める。


「朝から、遊べる友達がいて羨ましいね」


予想しない言葉が出てきた。


「えっ?それっ…」


キーン・コーン・カーン・コーン


「あっ、朝会が始まるね。席に戻らないと」


聞き返そうとした時に、朝のチャイムが鳴り、


笹川は、急いで席へと戻っていた。




 今まで以上に、笹川に興味を持ち、


もっと知りたい、と思う気持ちを押し殺して


良太も席へと向かっていった。


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