第16話 友好の使者
〜side 族長〜
族長は王都ラメルからの突然の訪問の知らせを受けて、落ち着きがなかった。
ラメルに納める税の引き上げだろうか?ポロン村はラメルの言い値どおりの税を現物で納めてきた。税率は上がることはあっても下がることは決してない。上がる時は、税を納める時に、次の納税時に村からラメルへ納める量を指定されるだけで、反論の機会すら無い。
納税は数ヶ月後であり、現在、ラメルでは税が納められるよう男達は必死で狩をし、農地を耕し、女達は糸や布を作っている。
そもそも、ラメルの人間がポロン村などという小さく不便な村に来ることはない。少なくとも自分が族長になってからはそういった事例はない。
単に、森を更に開拓するための調査のついでに、この村に立ち寄っただけなら良いのだが。そうであってほしかった。
不安だった。息子のグレイドが待ち遠しい。グレイドは自慢の息子で、自分同様に頭が切れ、力も強い。族長の一族は皆武芸に長けている。一人娘のアイジャも武芸の筋がよく、女性ながらも狩猟隊として経験を積ませている。
そうやって我が一族は力を付け、村を引っ張ってきたのだ。今回も上手くやれるはずだ。
グレイドが息を切らせて飛び込んできた。どうやら間に合ったようだ。
「父上、緊急事態ですって?」
「ラメルから使者が十二名、もう間もなくこの屋敷に到着する」
「うちの村にラメルからの使者が?何故です?」
「分からん。お前にもワシと一緒に対応してもらう。ダニエルも呼んでいるが、アイツは足が悪い。到着は遅れるだろう」
族長はグレイドが間に合いホッとした。信頼できる我が息子だ。ダニエルも遅れてくるだろうし、これで問題なく乗り切れるだろう。茶の準備をさせないとな。
同じ建物に控えている秘書当番の若者に、最高級の茶を入れるように指示を出した。
そうこうしているうちに、ラメルの一向が到着した。
「頼もう!我等は王都ラメルの使者、ガルディモフ男爵家の者なり。ポロン村の族長は何処に!」
貴族だと!面倒なのが来た。ロクな要件じゃない。族長はグレイドと共に立ち上がりラメルの使者に挨拶をした。
「これはこれは、ガルディモフ男爵様、このような田舎にお越しいただき恐悦至極にございます。ささっ、こちらへ」
「うむ、ほんに辺鄙な所じゃて。ワシはこのようなクソ田舎は好かんのじゃ。オマンがパポン村の族長か?」
ハゲ散らかった頭にチョビヒゲの小太りの男、ガルディモフ男爵がキンキン声で話しかけてきた。シルクの上等な衣装が本当に似合っていない。それにしても無礼な奴だ。
「左様でございます。ポロン村の族長でございます」
「ふむ。ポカンでもパパンでも何でも良い。そんなことより、早う中に入れんか!」
貴族だからって舐めやがって。グレイドの方をチラリと見ると、怒りで顔を赤くしていた。
「ゼェハァ!失礼致します。族長、緊急事態とは何事です?このモノ達がラメルからの?」
ダニエルが右脚を引きずりながらも急いでやってきた。その時、ダニエルの右手がキラリとひかり、族長は嫌な予感がした。
まさか、あれは…ドス?ドスを生身で…だと!?
ガルディモフ男爵の私兵がダニエルのドスをを目視すると、反射的に二名の兵士がパッと飛びかかりダニエルを制圧した。
ダニエルは地面に完全に押さえ込まれた。
「うがー!ワシはポロン村の解体所長、ダ二エルぞ!何をするか、この無礼者が!」
「お、叔父上!」
咄嗟のことにグレイドがダニエルを助けようと剣の柄に手をかけようと動いた。
間髪入れず、今度は私兵とは異なり重い甲冑を着込んだ巨体の付き人がの一人がガルディモフ男爵の前に出て安全を確保すると共に、もう一人の屈強な男がガルディモフ男爵の後ろから目にもとまらぬ速さで飛び出してきて、グレイドを地面に押し付け、首筋にナイフを当てた。
圧倒的な戦闘力だった。
「死にたくなければ今すぐ剣から手を離せ」
感情のこもってない冷たい話し方だ。言うことを聞かなければ、ちゅうちょなく首を掻っ切るだろう。グレイドの首筋にナイフを当てた男が一言喋ると、グレイドは素直に従った。
族長はその光景を呆然と見つめていた。
「オマン、一体何を考えてるんじゃ?この不始末、どう責任を取るつもりじゃ?」
族長の血の気が下がった。それは族長が聞きかった。一体ダニエルは何を考えているんだ?
世界一アホで出来損ないの弟、ダニエルにより、我が一族は今まさに全員あの世行の船に乗り掛けている。
「大変申し訳ありません!」
族長は地面に突っ伏し平謝りに謝った。
まさかこの歳になって生まれて初めての土下座をする羽目になるとは!族長は土下座をされることがあっても、土下座をすることは決してないというのに!
ガルディモフ達は土下座している族長を放ったらかしにして、土足で居間に上がりこみ、ドカリと座りと、細い目で族長を睨みつけた。
いつの間にか、族長の首にも剣先を当てられ土下座したまま動けなくなった。
とんでもない屈辱だった。
「オマン達はワシを殺そうとしたな!ワシは王都ラメルの友好の使者であるぞ。このような蛮行、許されると思うとるのか!」
「ガルディモフ様、どうか、どうか、お許しを」
族長は涙を流しながら土下座をした。
「まず金じゃ!。この村の金をありったけ持ってこい!それから喉が渇いておる。茶はどうした!気が利かんな!」
「すぐに準備いたします。おい、誰か、早く茶を出せ!ガルディモフ男爵様、ワシは金の準備を致しますので、どうかワシの首の剣をお取り下さい!」
族長に剣を突きつけていた若者がチラリとガルディモフ男爵の方を見ると、男爵はコクリと頷いた。それを見た若者はスッと族長から剣を引いた。
族長も建物に入り込み、皆の前で床の木の板を一枚外し、中から木の箱を取り出すと、頭を下げながらガルディモフ男爵の前に置いた。
男爵は無造作に箱を開け、族長を睨みつけた。
「これだけか?たったこれだけがこの村の全財産なのか?」
「左様、ポロン村の全財産でございます。」
それは族長がずっと貯めてきた金だった。辛いが、命には変えられない。族長を続けることが出来れば、また金は貯めることはできる。
「しけとるのぉー!まぁ良い。本題に入ろう。平原での紛争にラメルも巻き込まれた。オマンの村からも兵を出せ」
それが目的だったのか。徴兵で来たのだ。
「では、いつも通りポロン村からも兵士を出させて頂きます」
「いつも通りでは駄目だ。ワシの命が奪われ掛けたのじゃぞ!それなりの人を出してもらわねばな」
ポロンの村の人口は百人ほどだ。いつも通りだと村の若い男が五人だ。それでもかなりキツい。
「そうじゃなー。そうだ!この村の狩猟隊の名簿を今すぐここに持ってこい!」
狩猟隊のメンバーを引き抜かれるのは不味い!ラメルに戦争に駆り出されたら十中八九は帰ってこないのだ。言わば死への片道切符である。村の運営のことを考えると狩猟隊という精鋭を割り当てる訳にはいかない。
「あの、徴兵の割り当てはラメルとポロン村で取り決めがございまして…」
「名簿を持ってこんか!」
「はっ、大変申し訳ありません!」
族長は観念し、居間の棚から狩猟隊の名簿を取り出しガルディモフ男爵に渡した。
「ふむ、この狩猟隊長のグレイドを連れてこい!」
「その狩猟隊長は、そこで組み伏せられている我が愚息にございます。大したことはございません。狩猟隊の徴兵は何とかならないでしょうか…」
「おやおや、隊長と言ってもこの程度か。ハンタールフィン、もうよい。離してあげなさい」
ハンターだと!ラメルの街にあるハンターギルド。凶悪な魔族と闘う力を持つ特別な人間の集まり、それがハンターギルドに所属するハンター達だった。
「フガー!モガモガモガー!」
ダニエルが自分も離せと言わんばかりに暴れ始めた。我が弟ながら絞め殺してやりたい!
「おい、その煩い豚を黙らせろ!」
ガルディモフ男爵が部屋を警備している槍を装備した兵士に指示を出すと、兵士は持っていた槍の柄でダニエルを思い切りしばき始めた。
直ぐにダニエルは抵抗をやめた。静かになるとガルディモフ男爵はグレイドに向き合った。
「グレイドとやら、明日の狩は休みだ。明後日、狩猟隊二十名、全員がワシらと共にラメルに向かう。明日がこの村での最期となる。一人でも逃げたり、人員を入れ替えた場合、村人は全員処刑する!」
族長の頭は真っ白になった。
「ど、どうかそれだけは!グレイドはワシの、ワシの一人息子なんです。次期族長はグレイドしか…」
「オマンから死ぬか?」
ガルディモフは冷たく族長を切り捨て、話を続けた。
「だがラメルは慈悲深い王国じゃ。今回、ハンターギルドからラメル最強と言われるパーティーを同行しておる。後ろにおる五人は全員、王都ラメルのランカーハンターじゃ。一つだけ、この村の困りごとを解決してやろう。さぁ早う言え」
飴と鞭。痛すぎる鞭にごく僅かな飴。そして、ランカーハンターを同行しているという脅し。ランカーハンターとは王都ラメルで実力、実績共にトップ10に入る特別なハンターのことだ。請け負う仕事には高額な王都からの依頼もある。
強敵を倒すことで戦闘経験を積み上げていき、莫大な富と名声を得る。そして装備を強化し更なる試練に立ち向かっていく。才能と運を持つ選ばれしハンター、それがランカーハンターだ。
ランカーハンターからなるパーティーがいるのだ、抵抗したら村人は皆殺しだ。もはや交渉の余地はない。
族長はグレイドの方を見た。可哀想なグレイド。小さき頃より武芸に励み、期待通りに若くして狩猟隊長に就任。やがては次期族長である。この戦争さえ無ければ…
「グレイド、この村で今一番の困り事はなんだ?お前に現場は任せているんだ、お前が決めろ」
分かっているな我が息子よ。これが最後のチャンスだ。奴等に「相応しい」任務を与えるんじゃぞ…。
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