第17話 気色の悪い豚
〜side グレイド〜
グレイドは必死で考えた。これは思い上がった貴族の豚とハンターに復讐する最後のチャンスだ。ランカーハンターでさえも死ぬような高難易度の依頼。ハンターさえ死んでくれれば、残ったガルディモフ男爵の私兵に村人総員による突撃攻撃をかければ、皆殺しにすることができる。
そうだ!あれだ!アレなら奴等を死体に出来るかもしれない!
あまりの妙案に、思わず笑みを浮かべてしまうところであった。不味い、ここで笑ってしまった全てが水泡に帰す。何とか思いとどまり、グレイドは神妙な顔で話し始めた。
「でしたら、最近、村の北で魔人の目撃情報が出ております。いずれ村から討伐隊を編成する予定でしたが、ハンターの皆様に討伐をお願いします」
「そんなもので良いのか。おい、イーグルダガーよ後は良きに計らえ。そこでフガフガもがいている豚も離してやれ」
叔父のダニエルも解放された。
「さて、族長、今宵、ワシはここに泊まる。熱い風呂を用意せい!酒と飯、あとは女じゃ!辺鄙なクソ田舎の一夜の思い出作りじゃ!燃えるのぉー。そうじゃなー、今宵は若き娘を頼むぞ」
「ウォォォーーー!」
突然、ダニエルが大声を上げた。元からヤバい奴だったが、とうとう壊れたか。何とかしなくては。折角、俺のアイデアで貴族どもを皆殺しに出来るかもしれないのに!族長である父の方を見た。
族長もダニエルの暴走を止めようと、何か考えている表情をしている。
「こら、ダニエル!静まらんか!お前がここで取り乱してどうするのじゃ!?ガルディモフ男爵様、我が弟、解体所長ことダニエルをご覧下さい!心の奥底に凶暴な野生を秘めた役に立つ男です。この嘆きは、軍隊に入れてもらえず、ガルディモフ男爵様のお役にたてないからでございます。どうか愚息、グレイドの代わりに、こやつを軍隊に入れてもらえませぬか?」
流石は俺の親父だ。この暴れ具合は戦争でも役立つだろう。ピンチに陥っても、何とか俺を戦争に行かせないように、冷静に機転を利かせくれた。
「オマン、死にたいのか?こんな気色の悪い奴はいらん。今すぐオマンがこの豚を黙らせろ!」
しまった!親父は気を利かせたが裏目に出てしまい、ガルディモフ男爵を怒らせてしまった。こうなってしまった以上、俺が叔父を斬り殺すしかないのか?しかし、貴族の前で人を斬り殺すことが赦されるのだろうか?どうすればいいんだ?
グレイドはソワソワと悩んだ目で、父親である族長とワナワナと震えながら奇声を発しているダニエルを交互に見た。グレイドにはどうすることも出来なかった。
そんな時、族長がダニエルを一喝した。
「ダニエル、お前にはやらなければならない仕事があるだろう!グレイドが戦争へ行ってる間、誰がこの村を守るのじゃ!それが出来るのはお前しかいないのじゃぞ!これより、お前を臨時狩猟隊長に任ずる!」
脚の悪いダニエルが俺の代理だと!森の中を縦横無尽に動く必要がある。とても無理だ。
だが、狩猟隊長という言葉にダニエルの奇声と震えはピタリと止まった。
「わ、ワシが狩猟隊長じゃと!?」
「そうじゃ。グレイドが戦争に出てしまえば、戻るまで村を守ることができるのはお前しかおらんじゃろ!」
「グレイドが戻るまでか?」
「そうじゃ」
「グレイドが戻らなければ…ずっと俺が…?族長、このダニエル、狩猟隊長の任、引き受けた。グレイドよ、憂いなくラメルの為に死力を尽くせ!よいな!」
信じられない。この叔父、俺の前で、俺が死ねばずっと自分が狩猟隊長になれると喜んでやがる…。
俺は戦争には行きたくない。絶対に行くものか。親父が死ねば、次の族長は俺だ。もうじき族長になれるのだ。その為には、何としてもハンター達を魔人とぶつけ、壊滅させなくては。
___
ガルディモフ男爵に随行してきたハンター達は、イーグルダガーという熟練のパーティーで、リーダーで剣士のルーク、楯役で破壊力のある大斧を使うバルックス、斥候役のルフィン、弓使いのヴァイルそしてサポートヒーラーのメイディと非常にバランスの取れた5人組のパーティーだった。
ここまでしっかりとバランスの取れたパーティーはラメル王国に限らず、平原全体でも珍しい。ラメル最強のハンターパーティーと言われて何も不思議はない。
村で一番大きい建物である集会所を一時的にイーグルダガーの宿とした。ガルディモフ男爵が乗ってきた籠も、この集会所の中で一時的に保管する。
グレイドとイーグルダガーは集会所で車座になって座り、魔人討伐について話し合った。
「グレイドだったかな。魔人狩とは難しい依頼をしてくれたね。まさか、オレ達にヘマをさせようって魂胆じゃないよな?」
リーダーのルークが口火を切った。
「とんでもございません。魔人といっても、ゴブリンなんです。村の北でゴブリンの目撃情報が一件ありました。」
魔人族。知恵のある魔物で人に近い容姿をしている。魔物の中でも上位種と考えられているいるが、ゴブリンはそんな魔人族でも最下位に位置するため、ランカー揃いのイーグルダガーなら苦戦しても狩れなくはない。断ることはないはずだ。
「成る程、ゴブリンね。でもアイツらは繁殖スピードが早いわ。正確な目撃情報はいつなの?」
「三日ほど前です」
「ならまだ、数は少ないかしら。駆除は早いにこしたことがないわね」
サポートヒーラーのメイディが分析をする。
確かに目撃情報は一件のみだ。だが、ゴブリンが一体とは限らない。ゴブリンが複数体いれば、イーグルダガーもただでは済まない。それがグレイドの狙いだった。
「数の確認は私が斥候をするときによく注意してみよう。それより、村の方からも案内と荷物持役を出して欲しい」
「村の人間がゴブリンを見かけた現場までお連れすれば構いませんか?」
「案内はそれで構わん。だが荷物持も兼ねるので、はいここですと、荷物を放ったらかして村に戻られては困る。そこからは私が一度単独で探索する。その後は最後まで荷物を持って着いてきてもらうぞ。そうだな、、、こういうことに慣れた、落ち着きのある者を選抜してくれ」
「分かりました」
イーグルダガーの斥候役ルフィンは、村から案内と荷物持役を出すことを要求してきた。
ただ、この役割は森の奥まで進むことになる。過酷で危険な任務だ。グレイドの計画では、ハンターもろともゴブリンに惨殺される運命だ。身寄りのないジェイク、奴隷のオチが候補に上がる。
この二人から一人を選ぶなら、当然、村の奴隷であるオチの任務だな。それに裁判を生き抜くことができるほど落ち着いたオチなら適役だろう。これからオチに道を仕込まないといけないな。
使える奴隷を失なうのはいささか勿体ない気がするが仕方ない。オチが死んだら、ジェイクをこき使いまくってやる。グレイドはニヤリと笑った。
「村では薬草を集めているな!魔人戦だ。薬草をあるだけ用意しろ」
盾役のバルックスの要求は難しい物だった。薬草は村でも怪我人がでたら使うし、余剰分は王都ラメルで売ることもできる換金物資だ。そう簡単に渡すことは出来ない。
だが、ゼロ回答は不味い。グレイドは落とし所を探った。
「薬草は村でも使う貴重な品です。けれど、皆さんの命を守る切り札にもなります。ですから、お一人一つずつということで、パーティーに五つ提供させて頂きます」
「うーむ。まぁそれで良い。全てイーグルダガーの盾であるワシに預けてくれ」
バルックスは40手前ぐらいだろうか。パーティーの中では最も経験豊かな古参のハンターだ。パーティーの貴重な薬草を全て預かるとは!信頼も厚いのだろう。
グレイドは感心した。
「バルックス、ダメよ。回復薬は専門の知識があるサポートヒーラーが預かるのがルールでしょ?そのために私がこのパーティーに入っているのよ。回復薬の適切な管理がパーティーの生存率を上げるの。バルックスが独り占めするなんて許されないわ!」
大きな胸を突き出して、メイディがバルックスを止めた。そう言えば、メイディは何故このパーティーに加わっているのだろうか?装備や見た目から、戦闘には役立つようには思えないが。
「しかし、メイディよ、イーグルダガーの盾であるワシは怪我と隣り合わせじゃ。それにこの提案はワシがしたものじゃから、ワシが薬草を受け取る権利がある」
バルックスが渋ると、メイディは困ったような眼差しを、リーダーのルークの方へ送った。ルークとメイディの視線がぶつかる。
「バルックス、グレイドはお前じゃなくてパーティーに薬草を提供すると言ってるんだ。彼女は薬草管理士の資格保持者だ。全てメイディに渡すんだ。お前が怪我をしたらすぐに薬草は使ってやるから」
薬草管理士?資格?聞いたことのない言葉だ。凄いのだろうか?
「ちっ、分かったよ!おい、グレイド、約束は守れよ。極上の薬草を今晩中に届けとけ」
何とかバルックスの無茶な要求に落とし所を見つけることができた。
「オレッちからもいいかな」
今度は弓使いのヴァイルだ。一人一人理不尽な要求を出してきやがって。一体コイツらは何様なんだ?だが我慢だ。明日にはゴブリンの餌となる運命だ。
「はい、何でしょうか?」
「今晩は酒だ!酒と肉な。明日は討伐で疲れてるから酒と肉を大量に用意しとけ。当然おんな…」
メイディがヴァイルをキッと睨みつけた。
「あぁ、メイディ、すまねぇ、冗談だ。酒と肉だ!」
「分かりました。用意させましょう」
明日が討伐なのに酒を飲んで大丈夫なのだろうか?まぁいい。少しでも明日に残るよう、キツめの酒を出そう。
「では、明日、日の出とともに朝飯を食べ、出発する。薬草、飯の準備、案内と荷物持ちの手配を頼むぞ」
「承知しました」
こうしてグレイドとイーグルダガーの打ち合わせは終わった。
グレイドは忙しかった。村の若者にイーグルダガーへの対応を指示すると、ジェイクを呼び出しオチの元に向かった。
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