第13話 神聖な場所
ギィーという扉が開く音で目が覚めた。目線を扉の方に向けると、外はまだ薄暗かった。
「もう死んじまったかな?おい、生きてんなら早く出てこい!」
扉の外で大声をあげたのはジェイクだな。もう仕事の時間か…死なないことだけが目的の地獄の一日が始まる。
この村に来てから満身創痍だ。傷は治るどころか、時間が経つにつれ増えていく。起き上がるだけでも痛いため、ゆっくりとしか動けない。
筈だったのだが…
「あれ、痛くないぞ!?」
今にも感染症で死ぬかもしれない怪我が、一晩で良くなっているだと?
身体をさすり傷の具合を確かめてみる。傷が治りかけており腫れもかなり引いていた。まさかこれがスキル自然治癒力のお陰なのか?
もしかして力も強くなったのか?試しに両手を縛っている縄に徐々に力を入れてみると、縄が千切れそうになる。縄を千切ってしまえば、村人に疑われる。最悪、殺されるかもしれない。今はまだ状況の整理ができていない。目立たぬ方がいいだろう。
しかし、ソウルプレデターで動物の死体から魂を吸収し続ければ、肉体が強化されることが確認できた。
怪我も回復し、力もついたことで今日の仕事は昨日より楽にこなせるだろうし、何より生きることに張り合いがでてきた。この世界に来て初めての朗報だ。妻と息子を守るため、しっかりと方針を定めて生きねばならない。
方針が定まらない現時点では、これまでの状況を維持しておく方が良いだろう。突然元気になり力も増したと思われ、余計な警戒を招くのは好ましくない。最悪、殺されるかもしれないのだ。ソウルプレデターというスキルを得たからと言って、調子に乗るのではなく、今まで以上に慎重に行動することが求められる。
壁伝いにヨロヨロと立ち上がり、足を引きずりながらジェイクの方へと向かう。役に立たないと思われたら肥溜めに落とされ殺されると思うと、中々加減が難しい。集中しなくてはならない。
「ハァハァ、うぅ…」
肩で息をしながら、扉から出たところでジェイクに弱々しく呟く。わざとらしく見えなければ良いのだが、大丈夫だろうか?
「おいおいおいおい!たった二日で肥溜め行きか!?生きたまま、肥溜めに突っ込むぞ!」
ジェイクは笑いながら、腹に蹴りを放った。
今の俺なら避けられるかもしれないが、しっかりと鳩尾で受け止める。
「うっ!」
ずきりとしたが、我慢できない程痛くはない。だが、かなり痛い振りをしなければならない。鳩尾に両手を当てて跪ずく。
「お前は奴隷なんだよ。俺が来る前にキチンと準備して、扉の前で立っておかないと駄目だろう?俺を待たせるな!早く立て!いつまでも座ってんな、さっさと行くぞ。」
ジェイクは苦しむ俺を見ながら楽しそうに首に巻かれた縄を掴むと、厠へと俺をグイグイ引っ張って行った。
どうやら俺の演技は上々のようだ。本来なら俺の状態は肥溜め行きスレスレのはずた。そういった弱々しさを演出するためには、攻めの演技が必要になる。
昨日と同様に、厠の壺から糞尿を汲み取ると、それを近くの畑の肥溜め用の大きな壺にいれる。発酵が進んできているものは大きな木の手酌でかき混ぜ発酵を促す。
昨日は感じることが出来なかった強烈な悪臭が鼻腔を襲う。俺の体が元気になってきた証拠だろう。
それが終わったら厠の掃除だ。
ジェイクは少し離れた場所にある木にもたれながら、俺の作業の様子を見ていた。
ソウルプレデターのお陰で身体は回復し、力も増したので作業自体は楽になったが、奴の視線を意識し、見られている時は弱々しく振る舞う必要があった。
何度か、糞尿の入った壺に頭から突っ込みそうになる素振りを見せた。ジェイクはそんな俺を腕組みしながら遠目で満足そうに見ていた。
「ジェイク様、お、終わりました…」
ハァハァと息を荒げてジェイクに報告した。
「ふーん。弱々しくて使えねーなぁと思いながら見てたけど、昨日より早いじゃねえか」
「ジェイク様にき、昨日、作業を教えて頂き…き、今日は、何とか、早く仕事を、終わらせることが、できました…ダニエル様のところへ、お、遅く、なるわけにはいきませんので。必死で、真心を込めて、やりました」
「はいはい、うるさいよー。そんなのどーでもいいから。臭いから早く身体を洗ってくれ。さっさとダニエルのとこ行くぞ」
ジェイクはダニエルを呼び捨てにした。
さて、いよいよダニエルの所だ。昨日と同じようにソウルプレデターが発動するのか、色々と検証する必要がある。冷たい水を頭からかぶりながらニヤリと口元を緩めた。
−−−
解体所に到着すると、ダニエルが怒声を上げながら包丁を振り回していた。
「おい、オメェら!たらたらしてんじゃねぇぞ!全く今の若い奴は基礎ができてねぇ!俺がお前達ぐらいの頃はな、魔獣どもに挑みかかってたもんだ。この出来損ないどもが!」
「ダニエル様、到着致しました!」
ジェイクがダニエルに聞こえるように大声を上げた。
「オメェらおせぇぞ!弛んでるんだよ。ジェイク、まず奴隷に気合をいれろ!それから、そこに筵を引け!ったく、使えねぇ若造供のお守りは疲れるぜ」
ダニエルが包丁をジェイク、俺、筵を引く方と忙しなく動かしながら指示を出した。
「おりゃあ!気合を入れろ!」
ジェイクが全身を使った回し蹴りを放ったが、慣れない回し蹴りで距離を見誤っている。俺が動いてクリティカルヒットするように距離を調整しても良いのだが、素早い動きが不自然に見えたら困る。
ジェイクの回し蹴りは傍目からも体重が乗っておらず、十分な威力を発揮できていないことが分かった。だが、それでも俺は痛いふりをしてうずくまった。
解体所の雰囲気が一瞬にして凍りついた。
「ジェーイークーー!何をしとるかーー!」
ダニエルは包丁をジェイクに投げつけた。包丁はジェイクスレスレを通過し壁に刺さった。
ダニエルは足を引きずりながら、ジェイクの方に近づいた。ジェイクの胸ぐらを掴み上げ、鼻先がくっつく程近づくと、再び怒声を上げた。
「オメェはそんなんだから狩猟隊に入れねぇんだよ。情けない奴め!奴隷はよ、こうやって扱うんだろうが!」
ダニエルはジェイクの髪を掴み壁に何度も叩きつけた。ジェイクは鼻が骨折し血をダラダラと流し、涙を流しながらダニエルに謝った。
「ダニエル様、大変申し訳ありません。以後、気合を入れて頑張りますので…」
「フー…フー…ジェイク、俺をイラつかせるな。ここは村で最も神聖な場所だ。オメーのきたねー血で汚してはならん!場を弁えんか!」
ダニエルは自らの手で、ジェイクを神聖な場所でボロボロにしたというのに、何と理不尽な!あまりの事態に呆然としてしまった。
「はは、ダニエル、熱いねー。いいよ、いいよー。ジェイクももっと頑張らねぇとな!」
解体所の入り口から場違いにのんびりとした若者の声が聞こえた。
「これはこれは。グレイド狩猟隊長様。お疲れ様です。今日の成果はいかがでしたか?」
「おう!今日は坊主だ!成果はなし。ハハハ」
な、何だと!俺が今日捕食する魂はないのか!?それより、ダニエルがまたキレるんじゃないのか!?
「これはこれは!大変お疲れ様でございました。猟は野のものとの戦い。そのような時もございまする。坊主であったとしても、日々の積み重ねが、いずれ大猟を生むというもの。グレイド様のお姿が解体作業隊の励みになります」
ダニエルはもみ手しながら、気持ち悪い笑みをニタニタと浮かべている。
「心得ておる。よし、狩猟隊は本日解散!」
グレイドが解散を告げると、ばらばらと屈強な男達が去って行った。
ダニエルは狩猟隊員が見えなくなるまで見送ると、俺達の方を振り向いた。
「よし、お前達!今日は道具の手入れをする絶好の日だ!明日に備え、刃物をとげ!己を磨け!あぁ、そこの奴隷はジェイクの汚ねー血を綺麗にしておけ。俺は今日はもう上がるが、お前らサボるんじゃねえぞ!見てるからな!」
ダニエルは脅すように包丁を一人一人に向けると、踵を返し、解体所を離れて行った。
〈目次に戻る〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます