第11話 骸骨の尻尾

激痛で上げた自分の唸り声で目を覚ました。全身が悲鳴を上げている。気がつくと、俺は見知らぬ部屋の藁の上だった。


黒衣の骸骨の尻尾に貫かれた腹をさすったが、腹に傷は無かった。全身を襲う痛みは村の裁判でやられたものだ。激しく鞭に打たれた背中は熱く腫れ上がっていた。


ならば、黒衣の骸骨と焚き火を囲んだのはリアルな夢、悪夢だったのだろうか?


夢にしてはハッキリしていたし、俺が浦木誠であることや、仕事に追われていた日常そして最愛の妻と息子のことを思い出すことができた。普通の夢ではないことは確かだ。


やはり、ここは本当に異世界なのだろうか?そんなことあり得るのか?これまでの人生経験と常識が邪魔をして、素直に受け入れることができない。


夢のことも気になるが、今は自分が置かれている状況を把握しなくては。暗くて周りが見えないが、ここはどこだ?


寝たままの状態で手足をゆっくりと動かすと、左右の腕と脚がそれぞれ太いロープで結ばれていた。


やりにくいが、手足を動かすことができる。だが、結ばれたロープが邪魔で走ることは出来ない。なんとももどかしいロープだ。


身体の状態が最悪だということはよく分かった。今度は薄暗い室内を観察する。閉じ込められた部屋は、まるで縄文時代の遺跡から出てくる、竪穴式住居のような建物だ。窓はない。扉は木でできた頑丈な跳ね上げ式のもので、今は閉まっていた。


依然として過酷な環境下だが、生きていた。何とか俺はあの裁判を切り抜けた。


ちょっと待て、夢の中で黒衣の骸骨が話していたとおりなら、俺が裁判を切り抜けることが出来たのは、この世界の言葉が理解できる能力、ソウルチャットのお陰だったということになる。


村人が日本語を喋ったのではない、俺が異世界に馴染んだということなのか?思考がとっ散らかる。今は生きることに集中しなければ。


俺の置かれている状況は依然として最悪だ。空腹で満身創痍。このままでは餓死するか感染症で死んでしまう。


「クソ」


俺は死にかけだ。なんとかして食料と薬を手に入れなくては。この部屋から脱出すれば、助かるのだろうか?


そんなことを考えながらボーと寝ていると、扉の方から何かを動かす音がし、ギィーという音を立てて扉が開いた。眩しい!開いた扉から差し込む太陽の光に脳が焼けるようだ。


「おい、起きろ。仕事だ!」


どこかで聞いたことがある声。なんだったか…そうか、裁判に向かうときに俺を担ぎ上げだ下っ端…たしか、ジェイクとかいう男の声だった。


光に目が慣れて来ると、外からこざっぱりとした麻の服を着た、眼光の鋭い男が中を覗いている姿が見えた。髪は短く切りそろえ、背は低いが筋肉質でかっちりとした体型。まだ若い、二十歳前後だろうか。こちらを威圧するように睨みつけていた。


こういう目はよく知っている。歳上の派遣社員に対して、敬意もなく理不尽に仕事ばかり押しつけてくる奴らだ。どうして俺はいつもこんな目ばかりにあうんだ…。


「臭い部屋だな、鼻が曲がりそうだ。おい、さっさと出てこい。俺に手間をかかされるんじゃねぇぞクソが」


ジェイクは扉の木枠を殴りつけ威圧してきた。


今の俺は動けるような状態ではないし、まして仕事なんて到底無理だ。だが、抵抗することはできない。役に立たないと思われたら直ぐに殺される可能性がある。従うしかない。ここは病給や有給、ハラスメントという概念がある日本ではないのだ。


壁を使い、よろよろと立ち上がると、ジェイクの待つ外へと向かう。手足に括り付けられた縄が邪魔で歩きにくい。


何とか扉までたどり着くと、ジェイクは俺の首に太い縄を巻きつけ、縄の端を握った。


「お前が逃げ出したり、暴れないようにするための措置だ。お前には臭くて近づけん。早く慣れろ」


走って逃げると自然と首が絞まるように縄をまかれた。身体の自由はどこにもない。


「おっと。忘れてた。そいつを腰に巻いとけ。お前の大事な一張羅だ」


そう言ってジェイクは、地面に麻でできたシワクチャの布切れを放った。


そう言えば全裸だった。俺は、黙って布切れを腰に巻きつけた。ジェイクは、俺が布を腰に巻くと、掴んでいた縄を引っ張り俺を誘導した。


心身ともにボロボロだが、生き残るために出来ることをやるしかない。ジェイクに首に巻かれた縄を引っ張られながら外の様子を観察する。ここは、ファンタジーの世界に出てくる村のようだった。


村の外周は木の板で壁で覆われており、村の外の様子は伺うことはできない。しっかりと村の境界を管理している。


俺が閉じ込められている建物は縄文人が住むような竪穴式住居で、扉の前には重しとなる石が置かれていたが、村の住民は簡素な木で作られた小屋で暮らしていた。


村の中を小川が流れており、小川で洗濯や野菜を洗っている人がいる。また、井戸もあり、数名の女性が井戸の周りで立ち話をしている。


村人は俺を見つけると、物珍しそうに俺を指を差し楽しそうに笑っている。


俺以外の人間はこざっぱりとした麻の服を着ている。身につけている物の違いが、自分が奴隷という身分であることを突きつけてくる。嫌な気分だ…


「ここがお前の仕事場だ。お前は糞尿係だ。肥作りと厠を清潔に保つのが仕事だ。そうだ、良いことを教えてやろう。粗相があれば、お前は肥溜めに落とされ肥料になるからな。心してやれ」


村の外れの厠が俺の仕事場だった。厠は意外なことにしっかりとした清潔な建物だった。木で囲われており、排泄物は壺に溜められていた。


排泄物の入った壺を空の壺と取り替え、一つ一つ背負い近くの畑まで運ぶ。畑の側に埋められている大きな壺に糞尿を入れかき混ぜる。壺は複数個あり、熟成具合は壺ごとに違っていた。それが終わると、厠に併設されている井戸から水を汲み上げ、布で厠を隅々まで拭いていく。


ジェイクは作業中の俺には近づきたくないようで、首の縄を外し遠くから俺を監視していた。傷ついた身体でやる仕事ではない。感染症で直ぐに死んでしまう。リスクが大きいがやるしか無かった。


ひと通りの作業が終わると、井戸を使って身体を洗うようにジェイクから指示された。


「これから毎朝、お前にはこの仕事をしてもらう。さてと、そろそろ狩猟隊が戻ってくるぞ。お前も獲物の解体作業を手伝ってもらう」


頷いた。俺には喋る気力が無かった。


「あーあ、使えねーな。そんなんじゃあ、すぐに肥料だな」


ジェイクはボロボロで無気力な俺を笑うと、再び首に縄を巻き、解体作業所に俺を引っ張って行った。


解体作業所には既に今日の狩猟の成果が並べられており、数名の作業員が解体で使うロープや刃物を準備しているところだった。


一体、どんなものが取れたのだろうか?俺は死体を観察した。猪、鹿が2頭そしてキジバトが3羽木の板の上に並べられている。どれも巨大で、死体からは見たことのない白く細い湯気のようなものがモクモクと上がっていた。


「解体長ダニエル様、遅くなり申し訳ありません。狩は上々ですね!今日は久しぶりに肉にありつけそうだ!」


ジェイクは目を輝かせながら、解体作業の準備を仕切っていた男に話しかけた。ダニエルは見た目からすると四十代前半だろうか、ジェイクよりも身体が大きく厳ついが、右脚が悪いようで歩きにくそうだった。大きめなエピロンを身につけ、太く頑丈な包丁を振り回して作業員に指示をだしていた。


「あっ、ジェイクか。おめー遅いぞ。はっ、肉が食いたい?舐めてんのか?あぁ?」


ダニエルは太く大きい手でジェイクを張り飛ばし、包丁の刃先をジェイクに向けた。


「俺がお前位の頃はな、猪を狩りまくってたんだよ。お前みたいな使えない奴が舐めた口聞いてんじゃねぇよ。さっさとその奴隷を殴りつけて仕事に取り掛かれ!」


「すんません。おら、おめぇのせいで遅れちまって、ダニエル様がお怒りだろうが!ぼさっと立ってんじゃねぇ!このクソが!」


ジェイクは俺の髪を掴み拳を顔面に叩きつけた。その勢いで、俺は木の板に並べられた動物の死体の側まで吹っ飛び、うつ伏せで倒れた。


「おいおい、お前もここに並べられている死体と一緒に捌かれて、肥溜めに突っ込まれたいのか?」


ジェイクのジョークに解体所が笑に包まれた。


「ジェイク、今のは中々面白いじゃねぇか!お前にしては上出来だ!」


ダニエルもニタニタと笑いながら上機嫌に包丁をグルグルと回している。


その時不思議なことが起こった。並べられた死体から出ていた湯気のような煙が、俺の身体に一気に流れ込むと、死体から立ち昇っていた湯気のような煙は消えてしまった。


まるで俺が湯気を吸引したかのようだった。


だが、ジェイクやダニエル達はそのことに気付く様子はなく、馬鹿笑いを続けている。彼等にはこの白い湯気は見えていないようだった。


「ジェイク、あんまり笑わすんじゃねぇよ。さぁてお前ら仕事だ。ジェイクはその奴隷の首輪をそこにしっかりと縛りつけておけ」


ダニエルは包丁で俺を縛り付ける方を指し示すと、今度は倒れた俺の前に立ち、髪を掴みながら包丁を顔の前に近づけてきた。


「おい、奴隷、寝てんじゃねえぞ。明日から働けるようにしっかりと作業を覚えろや。役に立つようなら生かしといてやる。だが、使えなかったら、なますにして肥溜めにぶち込むからな、覚悟しとけ!」


意識が朦朧とする。だが、死ぬ気で作業を覚えるしかない。人間、死ぬ気になれば何でもできるはずだ…


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https://kakuyomu.jp/works/16816700427207084097

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