第8話 黒衣の骸骨

「これが最期のチャンスだ。お前は何処から来たのだ」


「今は分かりません。だけど必ず記憶を取り戻してみせます。それまで、私をここで働かせて下さい。お願いします」


地面に頭を擦り付けギュッと目を閉じる。


ダラダラと汗が背筋を流れ落ちた。これから死ぬんだと思うと震えが止まらない。うまくいくなんて思っちゃいない。どうせ殺される運命だ。


単に殺すより、こうやって儀式めいた手順を踏んで殺すことで、族長の権威が保たれ、犯罪組織の団結力が高まる。


チャンスなんて無い。


だが、もし俺を生かしておくと役に立つことを示せれば、生かしておくメリットが殺すメリットを上回ると族長に思わすことが出来れば、助かるかもしれない。


藁にもすがる思いで考え闘い抜いた。やれることはやった。後は出来るだけ静かな気持ちで最後を迎えたい。


予想に反して、直ぐには脳天にハンマーが落ちてこない。永遠に続くような不思議な間。族長も俺を殺すかどうか、何か考えているのだろうか?


目線を上げたくなるのを我慢する。俺が動くのを待っているのかもしれない。俺の動きが死刑執行のトリガーとなる可能性がある。もっとも、死の恐怖で身体は動かない。


「モザール」


沈黙を打ち破ったのは族長の呟きだった。意味は分からない。俺の耳にはモザールと聞こえた。


また不思議な言語を話し始めたのだろうか?これだけでは何を意味するのか想像できない。だが、これはキーワードに違いない。


族長の言葉にどう反応すれば良いか分からない。無反応。そして五感を最大限働かせ様子を伺う。


「グルド」


また族長が呟いた。モザールとグルド。外国の地名だろうか?


ピンときた。敵対している組織の名前じゃないのか?自分はスパイではないかと疑われているのだ。族長は、敵対している組織の名前を出すことで俺の反応を伺っている。無反応は正解だった。


「申し訳ありません。私は記憶を失い何も覚えていないのです。モザールとグルドが何なのか、私には分かりません」


「思い出せるよう手伝ってやろう」


族長が左手を上げた。鞭が飛んで来る。


「うぅ。信じて下さい。何でもします」


「ワシの慈悲に期待しないことだ。ワシの目と耳はマコトのみを捉える。嘘つきには容赦はしない」


鞭が何度も飛んできた。


「お許し下さい。ここで働き、記憶を取り戻します。きっと何か思い出せるはずです。必ずお役に立ちます」


体を丸め鞭に耐えながら叫ぶ。だが鞭は止まらない。何度も何度も鞭で打たれ、遂に俺は痛みに耐えきれず気を失った。



___


目を覚ますと漆黒の森の中だった。いや、完全な漆黒のではない。ほのかに明るく熱を感じる。パチパチ木が弾ける音。焚き火だ。


俺を拘束していた忌々しい縄が無い。自由だ!


状況を把握するために起き上がる。ボーとするが、焚き火と丸太が目に入ってきた。


「実によく寝ていた。呑気なものだな」


恐怖で身体中にサブイボが立った。腹の底に直接語りかけてくるような、恐ろしくも心地よい重低音のボイス。奴だ。


焚き火の向こう。真っ黒なフード付きの布。黒衣を纏った邪悪な存在が暗闇の中に溶け込むように座っていた。


「あれ、オレ、死んだのか?」

そうだ、俺はここにくる前、村で裁判という名の酷いリンチを受けていた。それなのに今は怪我をしていない。


そして、コイツと焚き火を囲むこのシュチュエーション、これは夢か?それとも俺は死んだんだのか?死後の世界か?


「イヤイヤ、まだ死んじゃあいない」

黒衣を纏った男が楽しそうに答えた。男は俯いて焚き火を見ている。黒いフードのせいで表情は見えないが、心底このシュチュエーションが楽しんでいるようだった。


「まぁ、もぅほとんど死にかけだけどな!」


黒衣を纏った男はもう堪えられないといった風に、空を見上げ森中に響き渡る声でゲラゲラと大声で笑った。


チラリと黒いフードの下には骨の顔が見えた。人間ではないと思っていたが、まさか骸骨だったとは!


しかし、骸骨がどうやって喋るのか、そんなことが構造上可能なのか、この状況でもどこか冷静な自分がいた。あの恐ろしい裁判を経て、俺も成長したのかもしれない。


「まぁ、そんなところでボケっと突っ立てないで座れよ」

黒衣の骸骨は、腹を抱えてひとしきりゲラゲラと笑った後、俺に話しかけてきた。


ふざけているが有無を言わさない強制力が声に込められている。言われたとおり座ることしか出来ない。強烈な威圧感で背中から汗が吹き出す。


「さてと、本題に入るか。お前をここに呼んだのは取引するためだ。既に俺はお前に一度貸しがある。何か分かるよな?」

黒衣の骸骨が焚き火の向こうから恐ろしくも心地良い声で話しかけてきた。


貸しだと?思い当たる節はないが…慎重に答える必要がある。実際に貸しが無いのに貸しがあると答えるのは不味い。だが、奴の気を損ねてはならない。


「い、いえ、きっと何か貸しがあるのかもしれませんが、ちょっと私には…」


「この恩知らずが!お前、今この俺と話しているだろ?この世界の言葉が分かるようになっただろ?それは俺が与えたソウルチャットの能力だ。お前がまだ死んでないのは、その能力があったからじゃないのか?」


怒気を含んだ声に背筋が凍った。しかし、黒衣の骸骨の話は理解出来ない。俺は日本語しか理解出来ないし、何も勉強せずに新しい言語を理解することは不可能だ。


ちょっと待て、今、この骸骨は「この世界」と言ったが、そもそもここは日本じゃないのか?「この世界」とは何なんだ?


「やれやれ、そこからか。お前、頭良さそうなのに何も分かってないな。柔軟性にかける馬鹿だ」

黒衣の骸骨は俺の思考を読み、心底残念そうに話し始めた。


「この世界はこれまでお前が暮らしてきた世界とは違う。日本とかいう国ではない。その世界とは繋がっていない別物の世界だ。元いた世界ではお前は死んだ、殺されたんだよ」


殺された?俺が?どういうことだ?


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https://kakuyomu.jp/works/16816700427207084097

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