第7話 脳天ハンマー
生死をかけた裁判が始まる。やれるだけやろう。集中しなければ。
「第一の質問だ。お前は喋れないのか?」
族長は腕を組み、目を細め、俺を上から見下ろすように座っている。
答えは「喋れる」の一択だ。これから族長と、裁判という名の命がけの交渉をしなければならないのに、喋れないという回答は無い。ここは消去法だ。
だが待て。本当にそうなのか?
雄弁は銀、沈黙は金という言葉もある。何も回答しない、喋れないという答え。喋れなければ裁判を続けても無意味だ。無罪放免とならないだろうか?
いや、それは無いな。そう答えてしまうと、本当に喋れないか、俺が嘘をついているか見極めるため、鞭打ちラッシュに突入してしまう。
喋れない、何の情報も引き出せない、価値が無いと思われれば、そのまま鞭で殴り殺されるかもしれない。
鞭打ちに耐えきれず「辞めてくれ!」とでも喋ってしまえば、嘘をついたとして脳天ハンマーだ。
やはり答えは「喋れる」の一択しかない。
だが、この質問には何か引っかかる。見落としがあるのだろうか?
違和感の正体は分からない。それを検討する時間は今はない。ここは端的に答えよう。
「喋れます」
建物に集まっていた男達がざわめいた。
その間に。俺は次来る質問への答えを考える。どうして今まで喋れない振りをしていたのか?
「静かに。神聖なる裁判中だ」
俺への次の質問の前に、族長が低い声で周囲を黙らせた。
族長は相変わらず無表情だ。左右の仮面を被った男達は黙って族長を見ており、俺の応答など関心がないようだ。族長の両手の動きに従い、マシーンのように動く。場慣れしている。コイツらは暴力のプロフェッショナルだ。
周囲の観察を続けながら、想定される質問への答えを必死で考える。
「お前、喋れないんじゃないのか?ワシ等を馬鹿に…」
これ以上、族長に喋らせては駄目だ!強引に族長に左手を上げさせなければ。
「そのことでご説明がございます!実は…」
俺は慌て動揺したかのように、族長の言葉を遮りにかかった。
族長はムッとした顔をして左手を上げた。
鞭で思い切り背中を打たれた。耐え難い痛み。たがこれでいい。族長に左手を上げさせた。
「うぅ」
「身の程をわきまえよ!ワシはお前の発言を許してはいない。」
族長の声が大きくなった。族長の意識を、俺が喋らなかった過去から、今、目の前で喋る俺に向けさせる。
本当は喋れたのに、この犯罪者達を馬鹿にして、無視して喋れない振りをしていたなんて、族長の口から言わせては駄目だ。
「馬鹿にしていた」、「無視していた」ではなく、「単に喋れなかっただけ」という事実に話を持っていく必要がある。
死にたくなければ、とにかく俺が主導権を取り、会話をコントロールするしかない。
「も、申し訳ありません」
鞭で打たれた痛みに耐えながら地面に頭を擦り付け謝った。
「では何故、喋れない振りをしていたのだ!」
よし、想定どおりの流れだ。
「正直に申し上げます。昨夜まで記憶と共に言葉も失っていました。ここに連れて来られた時から、私は言葉を失っていたのです!」
「嘘をつくな!」
再び族長が左手を上げた。鞭が飛ぶ。
「うぅ…」
「ではいつから言葉を話せるようになった」
「今朝からです。昨日までは皆さんが仰っている言葉すら分かりませんでした。皆さんから指示をされても意味が分かりませんでした。話すこともできないので、その事を伝える術もありません。言葉を取り戻せたのは本当に幸いです。」
真っ直ぐに族長を見つめる。これ以上は何を聞かれても堂々巡りになるだろう。
「嘘つきめ。だが、まぁ喋れるなら都合が良い。お前は何処から来たのだ」
族長は俺の言葉を完全には信用していない。だが、まだ俺は殺されずに生きている。
そして、今の族長の発言は重要だ。族長が知りたいのは、俺が何者で何処から何をしに来たのかだろう。ここからがこの裁判の本題だ。
俺には記憶がなく何も分からない、という真実。族長がそれを許してくれるだろうか?
族長が求めている情報は、一族にとって重要な情報なはずだ。俺は出来ることなら、その情報を提供したいが、記憶を失っているため出来ない。
そうであったとしても、どこかに必ず交渉の余地はある筈だ。集中するんだ。
「実は、先程も申したとおり、私には過去の記憶が何もないのです。これっぽっちもありません。気がつけば森の中で倒れていました。水を求め彷徨っていたところを、皆様に見つけて頂き、水を与えられました」
一呼吸置く。次の言葉が大切だ。気持ちを込めるんだ。
怒り、悲しみ、絶望。そういった負の感情を切り捨てる。
「あなた方に助けて頂けなければ、私はとうの昔に死んでいたでしょう。感謝致します」
これだけのことをされても、感謝しており、出来る限りのお返しはしたいこと、加えて、警察に訴える事は無さそうだと信頼して貰わなければならない。
「感謝など求めていない。知りたいのは、お前が何処から来たかだ」
こんな事で納得してくれるわけがない。だが幾分か族長の威圧感が和らいでいるように感じる。
俺はまだ致命的なミスは犯していない。族長が納得する、落とし所を探らなければ。
「申し訳ありません。記憶を失ってしまい、私が何処から来たのかは分かりません。気がつけば森を彷徨っていたのです」
族長は今のところ俺の話を真剣に聞き、俺をどうするのか、判断材料を探しているようだ。
息を吸い、話を続ける。次がキモだ。
「薬物で記憶を一時的に失ったのでは無いかと思っています。一時は言葉すらも失いました。しかし、ここで皆様から、水と安全な寝床を与えて頂いたお陰で、幸いなことに、言語能力は回復しました。完全に回復すれば、いずれ記憶を取り戻すことも可能なはずです」
じっと族長を見つめる。族長が右手を上げればアウトだ。俺は死ぬ。
「これが最期のチャンスだ。お前は何処から来たのだ」
「今は分かりません。だけど必ず記憶を取り戻してみせます。記憶を取り戻すことが出来たら、真っ先に族長にお伝えします。それまでどうか、私をここで働かせて下さい。お願いします」
俺は地面に頭を擦り付け目を閉じた。賽は投げられた。やれることはやった。後俺にできることは、出来る限り静かな気持ちで脳天に落ちてくるハンマーを待つことだけだった。
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