第6話 族長の右手
頭を揺さぶられ目を覚ました。ここは何処だ?
体の自由がきかない。目隠しをされて周りの様子は分からない。あぁそうか、俺は捕まったんだ。寝起きで頭がまだしっかりと動いてないな。
恐ろしい夢を見た。正体不明の化物に殺される夢だ。夢の中で感じた絶望感と殺された時の痛みをリアルに思い出せる。背中を刃物で刺され、身体中が燃えるように熱かった。
精神的に追い込まれているのだろう。限界が近い。
「呑気に寝やがって。ぶっ殺すぞ!」
ガツンと腹を蹴られた。あまりの痛みに息を飲む。
「起きて待ってろ。寝たら殺すからな」
再び腹を蹴られた。痛みで涙と涎が止まらない。
「おい、聞こえてんのか?」
痛くて声が出ない。首を縦に振って頷いた。
「チッ、雑魚が!」
捨て台詞と共に腹にもう一発蹴りを入れられ、男は去っていった。
クソ、何の意味も無い暴力を振り回しやがって!
それにしても、何だかいつもと違う、妙な違和感がある。違和感の正体を掴もうと、寝ぼけた頭をフル回転させる。
そうか、初めて奴等が日本語を話したのだ。それまで俺には理解できない言語を使っていた。何故突然日本語を使ったのだろうか?
俺を混乱させたいからか?それとも恐怖心を与えるための演出だろうか?
考えても分からない。
だがこれで、重要な情報が得られた。奴等は日本人で、ここは日本ということだ!
外国じゃない、それだけで勇気づけられた。ここが日本ならコミニケーションが取れる。まだ諦めるには早すぎる!
暫くするとドカドカと複数人がこちらにやって来る足音が聞こえた。
「ジェイク、こんなガリガリ片手で担げるだろ?早くしろ」
男達の会話がクリアに聞こえる。昨日までとは状況がまるで違う!
意味不明な言葉を顔のそばでヨダレを飛ばされながら、ガンガン怒鳴られるのは相当なストレスだった。少し心に余裕が出て来る。
一人男が近づいて来て、俺の髪を掴むと無造作に持ち上げた。
ジェイクはこの中では一番下っ端なのだろうが、かなり力があるようだ。
ちょっと待て、ジェイクだと?ここは日本だぞ。えーと、シェイクが好きだからジェイクか?それならシェイクだ。ジェイクにならない。
キラキラネーム。この中で一番若いジェイクは、流行りのキラキラネームか?
うーん。。。本名を隠し、ニックネームでお互いを呼び合っているのだろうか。プロ犯罪者グループ。。。
彼等は屈強だ。森の奥深くでトレーニングを積んでいる。力の強い無法者の集団。。。最悪だ。。。家に帰りたい。もっとも、自分の家の住所は忘れてしまっているが、警察に保護されれば何とかなるだろう。
思いとは裏腹に、なす術なく俺はジェイクに担がれ、運ばれる。
すぐに目的の建物に到着した。建物の中に入ると線香のような匂いが鼻をついた。何か香が炊かれているのだろうか。
男達の息遣いしか聞こえない。野蛮な集団なのに静かだ。誰も喋らない。この空間には秩序がある。
そんなことを考えていると、ジェイクが足を止め、屈み、肩から俺を乱雑に落とし、後ろに下がった。
いつもなら、男達の訳の分からない怒鳴り声が辺りから絶え間なく聞こえて来るのに、誰も喋らない。静けさが不気味だった。これから俺は殺されるのだろうか。
目隠しをされているので状況が把握出来ないが、屈強で野蛮な男達が、縛られ動けない俺を黙って見ているのだろう。
恐怖で奥歯がガチガチとなる。涙と鼻水が止まらない。殺される。
どれくらい時間が経っただろうか。
「目隠しを取れ」
低いしわがれた声がした。
一人の男がゆっくりと俺に近づき、目隠しを取った。
死ぬ前に目隠しを取ってくれたのだろうか。久しぶりの光が眩しい。人生最後の時だ、出来る限り色々な物を目に焼き付けよう。
俺の目の前には、腕を組んだ老人が、戦国武将が戦の時に座るような床几椅子に腰掛けていた。
麻のこざっぱりとした服、日に焼けた浅黒い肌、白く長い髭に欠けた前歯、ボサボサに伸びた白い眉毛、深く刻まれた皺の奥にある細い目。俺を無表情に見つめている。
老人の服を見て思い出した。そう言えば、俺は裸だった。死を前にしたら、もうそんなことはどうでもいいか。
「これから掟に則り、お前の処遇を決定する裁判を始める」
裁判、裁判だと!?俺は何もしていない。ただ水を求め森を彷徨っていただけだ。つまり、何の罪もない。罪がなければ、生き残る道はあるのか?
「お前は他所者だ。だから忠告する。裁判で嘘をつけば即刻、死刑を執行する。ワシは今まで幾人もの欺瞞を見破ってきた。ワシを騙せた者はいない。。。族長であるワシの目は、、、お前の如何なる嘘も見抜く」
族長の目がカッと見開かれた!
背中に冷たいものが流れる。これから行われる族長による裁判は、無茶苦茶なものだと聞こえた。要するに、決して間違えることのない族長が嘘だと認定したら、即刻死刑ということじゃないのか?
証拠、事実そんなものは関係ない。判断材料は族長の思い込み。それを裁判と言えるのか?ふざけるな!
「族長の左手は警告、右手は。。。終わりを意味する」
おごそかに、俺の後ろから不気味な赤い仮面と黒い仮面をつけた男が現れ左右に立った。
赤い仮面の男は黒光している使い込まれた鞭を、黒い仮面の男は巨大な木製のハンマーをそれぞれ手にしている。
ここは本当に日本だろうか?GPSが発達し、全国の衛星画像を誰でも見れるこの時代に、国内の山奥にこんな暴力的な部族がいるのか?
目の前の男は自らを族長と名乗った。暴走族の長、若しくは、山賊の長。古くからここに住む部族の長。この辺りが考えられる。
雰囲気からは「部族の長」が正しい気がするが、そんなことあり得るのだろうか?
生き残るために頭をフル回転させていると、おもむろに族長が左手を上げた。
「はっ?」
バシンという大きな音が建物の中を満たした。族長が左手を上げた瞬間、俺は赤い仮面の男に全力で鞭でしばかれた。
余りの痛さに意識が飛びそうになる。いや、もはや意識を失った方が楽だ。鞭で打たれた背中は皮膚が剥け失血している。
何故、今、俺は鞭で打たれたんだ?意味がわからん。
だが、分かったこともある。族長が左手を上げる度に、怪我をした背中に鞭が飛ぶことになるのだろう。耐え難い苦痛がこれから待っている。
次に族長は右手を上げた。
「えっ?」
死ぬのか?掟は?裁判は?ルールの説明中だろ?それは流石に無いだろ?
黒い男がハンマーを振りかぶり、俺の目の前の地面を叩いた。ドカンという音がして、土の地面が抉れた。
「今回は他所者であるお前に見本を見せた。慈悲だ。次に族長の右手が上がる時、速やかに刑は執行され、お前は死ぬ。」
デモンストレーションということで殴られたようだ。こいつとは決して分かり合うことが出来ないだろう。頭がイカれている。
族長の顔は変わらない。無表情のまま、軽い感じでえげつない事を言う。絶望しか俺には残されていないのか。。。
「第一の質問だ。お前は喋れないのか?」
いきなり厳しい質問だ。一体、俺はどう答えれば良いんだ?
〈目次に戻る〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます