第242話 仏性その五十 大宇宙の波長

 「しるべし、身現円月相の相をせんには、法座上に身現相あるべし。揚眉瞬目ようみしゅんもくそれ端直たんじきなるべし。皮肉骨髓正法眼蔵、かならず兀坐ごつざすべきなり。破顔微笑はがんみしょうつたはるべし、作仏作祖さぶつさそするがゆゑに。この画いまだ月相ならざるには、形如ぎょうにょなし、説法せず、声色しょうしきなし、用辯ようべんなきなり。」

 知らなくてはいけない。身現円月相がどういうものかを表すには坐禅の姿を現すのである。坐禅して釈尊と同じとなり眉を上げ瞬きするのもすっとできなければいけない。この身体(皮肉骨髓)が真実・真理となる(正法眼蔵)のは必ず坐禅しなければいけない。坐禅することによって、釈尊が蓮華をつまんだ時に魔訶迦葉がにっこりと笑って法が伝わったのである。坐禅は仏となる、仏祖となることなのであるから。この坐禅することができていないならば、真実・真理はなく、説法もなく、聞いたり見たりすることもなく、言葉を用いることもないのである。

 坐禅が全てだということだと考えている。

 坐禅というのは、身心が本来の姿、自然な状態となることだ。大宇宙と完全に一体となることだ。不自然に緊張することなく、楽な状態となる。妄想への執着が抜け落ち頭の中が大宇宙の波長と同じになる。なので道元禅師は坐禅を安楽の法門とおっしゃっている。

 坐禅をしてみると身心が安定しバランスしゆったりとしてくる。身心が大宇宙の中に溶け込んでいくような感覚となることもある。

 せちがらい薄っぺらな現実から離れて坐禅しましょう。

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