第221話 仏性その六十五 我慢

 「尊者曰、「汝欲見仏性、先須除我慢。(汝仏性を見んとおもはば、先づすべからく我慢を除くべし。)」

 彼人曰、「仏性大耶小耶。(仏性大なりや小なりや。)」

 尊者曰く、「仏性非大非小、非広非狹、無福無報、不死不生。(仏性大に非ず小に非ず、広に非ず狹に非ず、福無く報無く、不死不生なり。)」

 彼聞理勝、悉回初心。(彼、理のすぐれたることを聞いて、ことごとく初心を𢌞めぐらす。)

 龍樹尊者が言った「お前さんたちが仏性を見たいというならば、みな「自分が自分が」という執着を捨てなければいけない」。

 南天竺国の人が言った「仏性は大きなものなのか小さなものなのか」。

 尊者は言った「仏性は大とか小とかという対象ではない、広いとか狭いとかいうものでもなく、幸福であるとかその報いがあるとかいうものでもない、死でもなければ生でもない」。

 彼らは尊者の言うことがすぐれていると考えて元の考えから変わった。

 真実・真理は「このようなもの」と示すことはできない。「自分」という頭の中の固定した観念の中で真実・真理を扱うことはできない。だから除我慢なのだ。

 真実・真理は頭の中の観念ではないから、大小、広狭、福、報、生死という観念から脱け出さなければいけない。

 人間の脳味噌は偉大だ。しかし頭の中の観念に囚われてはいけない。脳味噌をうまく使う、真実・真理に従って使うためには坐禅しなければいけない。それ以外に方法は無い。

 頭の中の言葉遊びはやめて真実・真理をこの身心で実現しなければいけない。

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