第109話 現成公安その八 自分自身を学べ

 「仏道をならふといふは、自己をならふ也。自己をならふといふは、自己をわするるなり。自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり。万法に証せらるるといふは、自己の身心および他己たこの身心をして脱落とつらくせしむるなり。悟迹ごしゃく休歇きゅうけつなるあり、休歇なる悟迹を長々出ちょうちょうしゅつならしむ。」

 仏道を学ぶということは自己の中にある大宇宙の真実・真理を学ぶことである。

自己を学ぶということは坐禅によって大宇宙の真実・真理と一体となることだから自己、「自分は、自分が」というような自己への執着が無くなることである。このように大宇宙の真実・真理と一体となり、自己に執着することが無くなった状態になると、すなわち坐禅した状態となると大宇宙の真実・真理によって生きていくことができるようになる。この状態は自分の身心と自分以外の存在というような区分がすっかり抜け落ちてしまった状態である。これはいわゆる悟りというような状態であるが、その悟りだとかなんだとかという感覚すらなくなってしまい、その状態がずっと長く続くのである。

 今の世の中「自分は、自分が」とじぶんじぶん呻いている人間ばかりだ。自分というようなちっぽけなものに執着し、自分というものが正しいと妄想している。

 自分に執着するから世界をありのままに正確に見ることができない。自分という歪んだレンズを通して見たものが事実だと信じ込んでしまっている。

 日本で起こっていること世界で起こっていることを見ていると「自己への執着」「自分は正しいという妄想に憑りつかれている」としか思えない。

 このままでは非常に危険だ。

 坐禅して本来の自分、大宇宙の真実・真理に立ち戻らなければいけない。

 仏教は「こうすれば幸せになれる」というような薄っぺらなものではない。自ら坐禅して自分自身の本来の姿である大宇宙の真実・真理の状態になることが目的だ。その状態になった時には自然と大宇宙の真実・真理に従って生きることができるようになるのだ。

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