第94話 辦道話その八十三 第二人なし
「とうていはく、
しめしていはく、古今に
第十七問答。
問。インドや中国の昔から今までに伝わっていることを聞くと、竹に小石が当たった音を聞いて真実・真理を実現・実証し(
答。古今に世界の光景を見て真実・真理を実現・実証し、音を聞いて真実・真理を実現・実証した人は、すべて坐禅することに何の推し量りもなく、ただひたすらこの瞬間に大宇宙と一体となった自己があるのみであると知ったということを知らなければいけない。
真実・真理を知りたい知りたいとうろうろおろおろする必要はない。ああではないかこうではないか、自分は自分はと焦る必要はない。「弁道に擬議量なく」である。
大宇宙の中にはただ一人の「自己」が存在するだけだ。頭の中であれやこれや、こうしたいああしたいと妄想しているうちに、自己を見失い、いろんな自己が存在するような迷いに憑りつかれてしまう。しかし坐禅した瞬間、本来唯一の自己を取り戻すことができる。本来の面目に戻る。直下に第二人なしである。
坐禅している身心は本来真実・真理の状態なのだけれど、時として脳味噌の働きでそれに気づかないことがある。しかし、それは箒で掃いた小石が竹にぶつかった音、一面に咲いている桃の花を見ること、などちょっとしたことで自分が大宇宙そのものであり、このありのままの世界の素晴らしさ、真実・真理の状態を体得するのだ。
だから皆さん、坐禅しましょう。
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