第56話 辦道話その四十五 思想により現実を見失う

 「又しるべし、われらはもとより無上菩提むじょうぼだいかけたるにあらず、とこしなへに受用じゅようすといへども、承当じょうとうすることをえざるゆゑに、みだりに知見をおこす事をならひとして、これをものとおふによりて、大道だいどういたづらに蹉過さこす。この知見によりて、空花くうげまちまちなり。あるいは十二輪転りんでん二十五有境界きょうがいとおもひ、三乗五乗、有仏無仏うぶつむぶつけん、つくる事なし。この知見をならうて、仏法修行の正道しょうどうとおもふべからず。」

 知らなければいけない。我々は本来最高の真実・真理そのものであり欠けているところなどない。その真実・真理を永遠に受取り、使い続けているのだけれども、そのことを身心でしっかりと受け止めることをしない(坐禅をしない)ために、やたらと頭の中で脳味噌をいじくって思想、妄想を作り出すことばかりする習慣がついてしまっているので、頭の中の思想、妄想と現実の区別がつかなくなり突き進んでしまい、真実・真理の偉大な道を踏み誤ってしまうのである。この思想、妄想によって空中にあるはずのない様々な花を見ているのだ。あるいは十二輪転りんでん二十五有として存在していると言って見たり、あるいは三乗五乗、有仏無仏うぶつむぶつだとかいう理屈を取り上げたりとか、そのような抽象的な概念ばかりでそれが尽きることが無い。このような理屈、抽象的な概念、思想、妄想を学ぶことが、仏法の修行、仏法を学ぶことの正しい方法だなどと考えてはいけない。

 人間の考える力は偉大だ。文明はそのことにより進歩し人類は発展し生き延びてきた。

 しかし今の世の中の現実を見たとき、人間の考える力、その考えた結果の思想は本当に人類に幸福をもたらしているだろうか。ネット上にはごまんと言説が溢れかえっているが、それが人類全体の幸福を生み出していると言えるだろうか。

 ロシアのウクライナ侵攻に代表されるように世界各地に紛争があり、殺戮と破壊が行われている。各国は軍事力の増強に向かっている。人類は軍事力、武力なしに国家を維持できないことは有史以来全く変わっていない。

 人間は本来最高の真実・真理そのものであるのに何故このような体たらくなのか。それは頭の中で思想、妄想をいじくり回すことに一心不乱になってしまうからだ。そしてその結果、思想、妄想と現実の区別がつかなくなる。幻を現実と思い、それを夢中で追い回す。眼前の事実が見えなくなる。事実が見えないまま妄想を現実と思い込み突き進んでいく。その先には破滅しかない。

 思想、概念を頭の中でこねくり回すのを一旦やめよう。

 坐禅して身心脱落し、大宇宙の真実・真理と一体となり、現実がありのままに見えるようにならなければ話にならない。

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