第2章 正法眼蔵 辦道話
第11話 辦道話その一 人間の脳味噌を信じるな
ここから、正法眼蔵に入っていきたい。思いついたことがあったら脱線するかもしれないけど。
さて
日本に真の仏教を伝えなければならない。そのことは当時の既存の宗派を厳しく批判することになり、道元禅師は京都を離れ備前の国に行かねばならないことになる。しかし真の仏教は譲ることはできない。そのため、道元禅師はこの辨道話、正法眼蔵などの著作をお書きになっている。
真実・真理だからといって世の中が受け入れるとは限らないのは歴史が証明している。人間が頭の中で考えることというのは基本的に不完全なものだと思っているし、今現在一般に通用しているものであったとしても「単なる流行」の可能性をいつも疑っている必要がある。人間の脳味噌を信じ込んではいけない。
「辨道」とは岩波文庫水野弥穂子氏の脚注に「成辨道行。真実に生きる修行に力をつくすこと」とある。
これまでにも書いたけど、修行というと、「修行して悟る」という意味と思っている人が多いのではないか。真実を悟るまでが修行だと。
そうじゃない。「真実に生きる」ために生涯修行し続けるのだ。修行とは坐禅である。坐禅し続けねばならない。
真実は「こういうものです」などと示すことなどできない。できないが、真実は存在する。その真実に従って生き続けるために修行、つまり坐禅が不可避なのだ。
こう書いても何のことやらおわかりにならないと思う。
が、曰く言い難しとか以心伝心とか訳のわからない言葉で誤魔化してはいけない。
道元禅師はそのために苦心惨憺され必死で正法眼蔵を書かれたと思っている。
私なりに正法眼蔵を辿っていこうと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます