23.選ばれなかったもの
未奈は帰ってから荒れに荒れた。モノにあたった。記念品と出されたワイングラスをわって、袁聡曲の楽譜をマジックで黒く塗った。
妹の失意は深かった。1年間猛練習しようとも大差をつけられた。失意はコントロールなんてできない。
「なんでっ!!あんなに努力したのに」
「未奈。落ち着きなさい」
止めたのは未奈と一緒に猛練習に付き合ってきた指導者だった。
「そんなに自分を責めることはないの。あなたはずっとピアノ勝負だったでしょう。私はソプラノ歌手がいいと思っていたの。変えてみる気はない?」
その言葉を聞いた時、無性に悲しくなった。やはり私は姉に勝てないのかと。
「変える気なんてないわ」
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悲しい曲調のものを選んで聞いてみた。相変わらず、涙は止まらない。
ラソシラレ、ソラ。
「え?」
ハタと涙が止まった午前2時。
もう一度聞くともっとスムーズに聞こえる。
ラソシラレ、ソラ。レ……。
「ぜったいおんかん?」
まだまだ不完全だ。ホ長調ヘ長調イ短調。知識と音がかみ合わない。
それに左手を担う旋律もわからない。
「かしゅ」
リズム感はある。主旋律の音階はわかる。ならば歌手なら比較されないかもしれない。
「芸術は優劣をきそうものではない」
では何のためにコンクールがあると思っているのか。
「たしかに優れたものを評価するためにあるわ。でも選ばれなかったものが絶対に評価されないということもないの。でもお姉さんには……」
石垣先生は言葉を濁した。その先の言葉は彼女が一番嫌いであろう言葉だから口にするのは躊躇われた。きっとそれがあるなしで彼女はこんなにも苦しんでいるのだから。彼女は何度も曲を演奏した。コンクールで発表した曲を。よが明けた時、彼女は手を止めた。
「未奈……」
「どうして私には才能がないの? どうしてこんなにも体が弱いの? どうして?」
彼女はとめどなく涙を流した。追い付こうとしても追い付けない。無理をすると体が悲鳴を上げる。熱、腹痛、嘔吐、貧血。
私からするとなんでおねえちゃんばかりってなったわ。だって私には何もいわないんだもの。しまいには親戚のおばさんの所に私だけいってしまうの。どうして? 私だって愛情欲しかったよ。
「悔しいわ」
何日泣いたことだろう。何日喚いたことだろう。何日経とうと涙は枯れることなく流れ続ける。
未奈を支えるのは石垣先生。彼女が自らを傷つけることのないようにドアのすぐ前に陣取り彼女に寄りそう。
石垣先生の勧めで変えて練習してみた。病弱な彼女だったからまず姿勢から変えねばならなかった。彼女の弱さは変われるものだと石垣さんは言った。
すばらしい歌声になったわ。きっと性格上の問題もあったのだろう。未奈はめだちたがりや。黙々と楽器を弾くことはかなりなストレスだった。
彼女はウィーンで歌手として活動している。どちらがすぐれているかという引き合いに出されることなく伸び伸びとうたっている。
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