17.交換の提案
「ねぇ、提案があるのだけれどいいかな」
訊いておきながらも彼女は彼の返事を待つこともなく言葉をつなぐ。
「あなたの書いたものよんだわ。流石に天才。あたしファンになっちゃったんだな」
「昔の話だ。もうあの頃みたいには書けない。
昨日だってパソコンの前に座っても1行しか書けないんだぜ。もう嫌になるよ」
「そうかもしれない。でもそうじゃないかもしれない」
彼の原稿は50枚ほどで、世間で言うのならば短編というくくりなのだ。
「あなたの話はなんか前半が長いのよね。かなり考えて書いた筈じゃないかしら?」
彼は当時のことを思い出すように眼を閉じた。
「あれは書いてみようと思い立ってから10ページまで書くのに3カ月かかった。
でもその時はどれだけ時間がかかろうが出来が悪かろうが関係なかった。
書いている時が面白くて仕方なかった」
「そう。そんなものじゃないかしら」
彼女はにこりと笑った。
「その最初の役目、私がやってあげる」
「ひとりでやるもんだろ」
「音楽は団体でやることの方が多いもの。
書くことだってできたら面白いと思うんだよね」
彼女はすらすらと条件を提示していく。
「私が20ページくらい書いておく。それからはあなたの作品だから好きな展開にすればいいわ。あ、でも最後は絶対ハッピーエンドにしてね」
「どれくらいでかけるものなんだ?」
「ん~。まだ1つしか書き上げていないからよくわからない。1時間くらいかな」
「そんな短期間で仕上げたものから先が出来る訳あるか」
「やってみるわね。
私はファンタジー好きだから、ほんわかしてると思うわ」
じゃあねと彼女はうちに帰って行った。
別れた翌日に電話が鳴った。
「もしもし。一応できたわ。とりあえず読んでほしい」
「わかった」
渡されたのは20枚の紙の束。
「これ2時間かかった」
少し恥ずかしそうに彼女はいった。
「あんなに早く出来るのはおざなりな文章を書いているからだっているようにきこえたから、今回はちゃんと考えてみた。そしたらこんな時間になった」
「そう。ざっとでいいよ。どんなストーリー?」
「一言でいえば、シンデレラストーリーだね。ある国で孤児となった少女がいました。彼女は山賊に親を殺されていたのです。彼女を拾って育ててくれる大人は誰もいなくて彼女は海賊の船にもぐりこみました」
「なるほどね。これから面白くなりそうな感じはするな」
2人は黙った。風の音がうるさいくらい。気温なんか関係なかった。
「なんであんたは文章を書こうと思ったんだ?」
「本当は人に見せようと思って書いたわけじゃないの。
日記の延長に過ぎないわ。こう見えてもストレスたまるのよ。
親からの期待にこたえるのが苦しくなったり、
先生の指導方針に納得できなくて行きたくなかったり」
「いやっていえばよかったんじゃね?」
なんてこともなく彼は呟いたけれど、
私はそこまで他人に踏み込めるほど強くない。
クラスの明るい人みたいに屈託なくカラッと聞けたなら
どれほどよいことだったろう。
「今思うとね。でも分かっていても言い出せない時ってない?」
「ある」
「どんなとき?」
「あんたとは状況はだいぶ違うぜ……友達と溝が出来た事ならある」
「そう。それと同じ感覚かも。ある本には親離れできない子供、
いい子を演じている子供になるのかもしれない。
でも同じことで苦しんでいる子なんて見つからなくて。
一人でいるしかなかった」
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