16.重ねたレッスンで上達
二回目のレッスンはそれから三日後だった。
「それでは頭に彼らの背景は取り込めましたか?
さっそく弾いて見せて下さい」
先生は初対面の様な刺々しさは無くなっていた。
それでもやはり彼女のようなでき愛はされることもなく、
依然として視線は厳しいままだった。
彼は多少自信を持ったのだろう。
立ち姿が、前よりも堂々としている。
以前より滑らかに、自然に、音を発している。
いつ間違えるかと言った自信のなさが払拭されている。
しかし練習部屋全体にピンと緊張の糸が張り巡らされている。
まだ緊張のほうが勝るようで2分を過ぎたころ腕の動きが鈍くなった。
一応止められることもなく最後まで演奏することが出来た。
「まぁ二回目ならこのようなものでしょうね。では全体の流れはつかめたようですから、今度は細部を詰めていくこととにいたしましょうか」
彼女は感心していた。
先生が全体の流れを二回で出すことはあまり見たことがない。
それだけ彼が努力してきたということなのだろう。
それと同時に心配にもなった。
先生の細部の指摘は厳しすぎる。
先生の納得のいくまでやり直しをさせられる。
彼女とて5回にわたってやり直しといわれることもある。
そんな心配をよそにレッスンは進んでいく。
はじめから彼は引き始めた。しかし三十秒も経たないところで留められた。
「荒っぽくはないですか?
作曲家はなぜここでフラットを用いたのだと思いますか?」
「え? そ、それは……単調になってしまうから」
「分かりました。もういいです。あなたには基礎知識が不足しているのですものね。わたくしはそこまでいっきに求めようとは思っておりません。今日はあなたのレッスンはこれまでにいたしましょう」
先生は彼を視界から外すと、溺愛している彼女の方へ進んできた。
「人のことを気にかける者よろしいですけれど、
あなたは人の心配をしている場合ではありませんよ。
あなたのほうが断然注目度は高いのですからね。
きっちり練習をこなしませんと」
「センセイ、ちょっと聞きたいんだけど。
ここの施設で他に使っていい部屋ってある?」
「ございます。
中ホールでしたらこの時間は無料で貸してくれるでしょう」
「ありがとーございます。
おれはそっちで練習してますから、終わったら声かけて下さい」
やはり溺愛している分厳しさも並ではない。
彼の代わりに美咲は残りの時間中指導を受けることとなった。
「お疲れ様」
自主練習の彼は穏やかなものだ。
「今日もお付きの人は来ているんだろ? 白山田さんってひと」
「きてるわ」
「なら気をつけて帰れよ。俺はこっちだから」
彼は自宅とは正反対の道路を指さした。
「え? いつもと逆じゃない?」
「これから俺は練習なの。才女さまと違って俺は凡才ですから」
彼はすたすたと去っていってしまった。
ここで探究心が抑えられないのが美咲お嬢様なのだった。
白山田と一緒になってつけていった。
スタジオという施設を借りて練習していた。きっとその中で寝泊まりしているのだろう。
「なるほどね。ここで練習してたなら集中できるわね」
そんな風に一週間が過ぎた。
指導は相変わらずスパルタと言えるほどのきびしいものだった。
彼の評価が少し変わってきた。先生がこんなことを洩らしたのだ。
「彼見込みありますわね」
其のひと言だけだ。けれど美咲は先生が誰かを褒めるという行動を初めてみた。
そして彼が宣言した2週間になった。
彼の経ち姿は凛々しくて、自信に満ちていた。
彼が奏で始めるとかれの努力がわかる。
明るい部分と暗い部分では引き方を変えている。
彼の出来たのは教師をうならせるほどの美しい旋律で。
縁聡が終わった時に先生は拍手をした。なかなか生徒相手に拍手することはないあの先生がこのような行動をとるとは彼女は驚いた。
「この調子でがんばってください」
其のひと言で先生は帰ってしまった。
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