12.幾度目かの練習
何度目の密会なのだろうか
「そろそろこの時期は危ないのだけど。
新人発掘のためだものね。今日は此処でいいわ。白山田」
彼女が振り返った先にはスーツ姿の男がいた。
彼はレッスンの送迎をしてくれている運転手だった。
「はやく戻ってくださいね」
「はいはい」
彼にも本当は内緒で家を抜け出していた。でも2回目でばれてしまった。
ロープで降りているところを見つけてしまったのだ。
うまいいいわけなど思いつくはずもなく、友達と会っていると告げた。
両親にいいつけられると覚悟した彼女であったが、
事態は思わぬ方向へ向かったのだ。
白山田は彼女の能力に陶酔していたものの、
彼女の私生活についてあまりに自由がないのではないかと思っていた。
これが、わるい仲間とあっているようであったなら
とがめられたかもしれないし、彼氏とあっているとなったら
不純だと誹られもしたかもしれない。
しかし、話の内容は音楽や将来の不安である。
彼との話を聞かせると親に告げずに、協力すると言ってくれた。もしかしたら
彼なりに不憫だと思っていたのかもしれない。
発覚して以来、白山田は少しは慣れたところで待機してくれている。
そんな協力者から離れて彼との待ち合わせ場所に向かう。
珍しく彼の方が先に到着していた。
時刻は夜の八時。
「今日は楽器を演奏するからな。
いつもなら外もいいかもしれないけど今日は公民館の部屋を取っているんだ」
「そう。やっとそんな気遣いが出来るような人になってくれたのね。
本当ならば『こんな時間に出歩いていていいのか?』
くらい質問できるようになってほしかったわ」
「そんな心配してないぜ。あんたは運動神経良いからな。
何かあったら逃げれるだろう」
彼女は運動に関しても成績はよく、
サッカーをするときにはキャプテンに選ばれるほどの活躍ぶりだ。
「そんなこという男子が存在すると思わなかったわ」
彼は重そうなバイオリンケースを開き、調律などの準備をする。
「曲目は?」
「わからん」
短い返答の後すぐに旋律がはじまる。
彼女の鳥肌が立つほどのうまさに成長したその音色。
滑らかに優しく響くその音楽はもう趣味の域を超えている。
短いような素晴らしい時間が過ぎてシンとなる。
すると彼女は惜しみない拍手を送った。
「おもった通りだわ。この前聞いた時よりも格段に上手になっているわ」
「それは良かった」
「明日のレッスンは安心して見ていられるわね。先生に連絡しておくわね」
「音楽の先生ってこんな夜遅くまで連絡とれるものなのか?」
「平気みたいよ。他の生徒や業者の人が連絡を取ることはできないみたいなの。
名前が表示されるとたいていの人のは切っちゃうから。
私のだけは切らないで出て下さるの」
「ものすごいエコひいきじゃん」
彼女はカラッっと笑った。
「でしょう? でもこの世界だと普通らしいの。
先生曰く、「才能のある人だけが偉くなれるのが音楽界」
なんですって。……もしもし、先生にご相談したいことがありまして」
彼女が明日の約束を取り付けて電話を切った。
「こわいねぇ。そんな世界でみとめられるのか」
「わからない。やってみる価値はありそうよ」
「それはそうと……小説投稿するわけ?」
「やめてほしい?」
「やってほしい」
彼女は驚いて目を見開く。
彼の性格からいって遊び半分な気持ちで受けるなというかと思っていた。
「意外。止められるかと思った」
「本当は悔しいけど。良いんじゃないか? やってみろ」
「ありがとう。私の好きな小説の一説にこんな言葉があるわ。『夢を追うのは自由』って。だから十代くらいは夢見ていたいわ」
「じゃあ夢を追う先輩に実力を見せてもらおうか」
「私の演奏は高いわよ?」
彼女の出演するコンサートは凄く豪華だ。
ソロコンサートこそ開催されていないが、世界の名ピアニストと肩を並べる。
チケットはゆうに1万5000円をこえる。
「貧乏な学生には払えない。
クラスメイトごときでも見る権利はあるんじゃないか?」
「クラス同じになったことないでしょ。
それに学生でも見に来てくれる人いるもの。今夜は特別ね」
そう言って小さいホールの片隅にちょこんと置いてあるピアノに手を伸ばす。
「曲目はあなたと同じ」
「え? 楽譜とか」
彼女は寂しそうに首を傾けて笑うのだ。
「何度も練習させられた曲だから。覚えたの」
そうして深呼吸をひとつつくと、彼女は指を動かし始める。
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