9.送迎
高校生の頃から送迎がつくようになり、今ではもう日常のことだ。
「ええ。普段と変わらずでしたわ」
普段ならペラペラと先生の愚痴でも話しているところだ。
変わらないと言ったきり黙ってしまったものだから
不信に思っているのだろう。
しかし今日は運転手が首をかしげることも気にしない。
気にしている余裕がなかったというべきだろう。
彼女の頭の中は先生に対する疑問でいっぱいだった。
なぜ私の演奏がいちばんなんて嘘をつくのか。
なぜ私に成功してほしいと思うのか。
「簡単なことよね」
「おじょうさま?」
「なんでもないわ。いつもありがとう」
運転手兼執事にそう言って彼女は車を降りた。
☆☆
家に帰ると母親に今日の稽古について話す。
そのあと曲を聴きながら食事して、食べ終ったら曲目をいいあてる。
もし外れたら曲を変える。「これならば知っているわよね?」といいながら。
それも出来なくて、父親が帰ってくるまでまごついていたりすると、
なぜ出来ないんだと怒鳴られる。
「記憶に関して、お前は本当にないんだな。俺は不運だよ。
弾く才能には恵まれているのに覚える才能に恵まれない娘と
才能に恵まれなかった子ならいるなんて。
もっと有能な子供がほしかったな」
こんなことを目の前で嘆く親だ。
彼の言っている才能に恵まれなかった子とは、
双子の妹だ。理由があって離れて暮らしている。
才能のあるなしと私が覚えられないことについて、
夫婦げんかにまで発展してしまう。
だから彼女は必ず正解しなくてはならない。
「今日もノルマクリアって感じかしら」
部屋に帰ると印刷が完了して
順番どおりに重なった原稿が彼女を待っていた。
「つまらないな。私は先生や親を満足させるための道具じゃないわ。
でもようやくこれで彼を刺激できるわ」
携帯電話のメール送信画面に何時ものように時間を指定して、送信した。
彼女の部屋は二階にある。
父親が女の子だからそうしたほうがいいと言ったそうだ。
彼女はスカートしか履かない。
母親が娘に着せるのは抵抗があるといったから
彼女はジーンズなど買ってもらったことはないのだ。
もちろん夜に彼氏でもない男に会うなんて言語道断だった。
「今どき誰が守るのかしら? あの子ならどうしただろう?」
本来ならば私と同じように教育されるはずだったろうに。
「あの子のほうが向いているのにね」
吐息とともに吐き出された呟きは誰の耳にもとまらない。
雑念を吐きだしからなのか彼女はテキパキと動き始めた。
レッスンで使った楽譜の束をつくえのうえに放り出し、
印刷出来た束を代わりに入れる。
お嬢様に見えるメイクは一度おとして、ナチュラルなメイクに切り替える。
そしてベットの下から出したのは一揃いの黒ジャージだった。
「まぁいいわ。自分の世界は自分でつかむわ」
彼女はいつものようにジャージに着替えて、
こっそり外に出した縄梯子を伝って外に出ていくのだった。
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