第2話 友達

 外はあいかわらず薄暗く、静寂が辺りを包んでいます。ですが、シャルロットに心細さはありませんでした。今は『おおかみさん』が一緒なのですから。


 人狼は、シャルロットの手を引いて、彼女の歩幅に合わせて森を進んで行きます。


「よくこの中、一人で歩いて来たよな。怖くなかったのか?」


 歩きながら人狼がシャルロットにたずねると、


「怖かったしさみしかったよ。でも、立ち止まったらどこにも行けないから、歩くしかなかったの」


 と、彼女はあっけらかんと言いました。


 人狼の家のドアをたたいた時とは大違いです。


「そっか。シャルロットは強いな」


 人狼はそう言って、彼女に微笑みを向けます。


 そんな他愛もない会話を交わしながら、二人は森の中を歩いて行きます。


 しばらく歩くと、密集していた木々がまばらになってきました。どうやら、森の出口が近いようです。


「やった! もうすぐ出口だ!」


 シャルロットは人狼の手を離すと、はしゃいだように言って駆けだしました。


「あ、おい! 転ぶなよ!」


「平気、平気!」


「ったく……」


 人狼は苦笑しながら、シャルロットのあとを追います。


 森から出ると、空は深いオレンジ色をしていました。もうすぐ、夜がやってきます。


 そんな黄昏時の空を背にしながら、シャルロットは人狼に向き直りました。


「おおかみさん、ありがとう」


 と、輝くような満面の笑みでお礼を言います。


「どういたしまして、だ。でも、ここで別れる気はないからな。ちゃんと、家まで送るぜ」


「ここからなら大丈夫だよ」


 危険はないからと笑って言うシャルロットに、にやりとしながら疑いのまなざしを向ける人狼。


「本当に大丈夫か? また迷子になるんじゃねえか?」


「そんなこと、ない……と思う」


 たぶん……と、シャルロットの声は次第に小さくなっていきます。


 森の中での心細さを思い出してしまったのか、シャルロットは少し不安そうにうつむきました。そんな彼女をはげますように、人狼はポンポンと優しく彼女の頭を軽く叩きます。


「心配すんな。家に着くまで一人にはさせねえから」


「うん! お願いします」


 先ほどまでしょんぼりしていたシャルロットですが、すでにかわいらしい笑顔を浮かべています。


 二人は、シャルロットの家を目指して歩きだしました。


 多少迷いながらしばらく歩いて行くと、真っ白い壁が特徴的な二階建ての家が見えてきました。シャルロットの家です。


 自宅前に着くと、シャルロットはもう一度人狼にお礼を言いました。


「もう森に迷い込むんじゃねえぞ。じゃあな」


 人狼はそう言って、森に帰って行きました。


 彼を見送ったシャルロットが玄関を開けると、ミルクティー色のロングヘアが似合う、淡いピンク色のシャツにクリーム色のスカート姿の女性が立っていました。鬼のような形相で、両手を腰にあてているその女性は、シャルロットのお母さんです。


「た、ただいま……」


「シャルロット! 今、何時だと思ってるの!」


「ご、ごめん――」


 ごめんなさいと言い終える前に、お母さんはシャルロットに駆け寄って抱きしめました。


「無事でよかった。心配したのよ」


 抱きしめるお母さんのぬくもりと優しい声に、シャルロットは少し涙ぐんでしまいました。


 もう一度ごめんなさいと言うと、彼女はお母さんと一緒にお父さんとお兄ちゃんが待つ暖かいリビングへと向かいました。




 翌日、まだ日の高いうちから、シャルロットは森へと出かけました。もちろん、『おおかみさん』に会うためです。


 記憶を頼りに森を歩くシャルロット。昨日の印象とは打って変わり、木漏れ日がさす森の中はきらきら輝いていました。


 時折聞こえる鳥の声も、ごきげんで歌う鳥たちの歌のよう。そんな心が弾む森の中を踊るように歩いて行きます。


 迷いながらも進んで行くと、見覚えのある家が見えてきました。おおかみさんの家です。


 扉をノックすると、しばらくして人狼が顔を出しました。


「はいはい、誰――シャルロット!?」


「来ちゃった」


 てへっと笑みを浮かべるシャルロット。


「なんで、ここに? ……まあいいや、とりあえず入れよ」


 人狼は戸惑いながらも、シャルロットを家に招き入れました。


 リビングに行くと、しばらくして人狼は二人分のホットミルクを用意してくれました。


「なあ、シャルロット。また、ここに迷い込んだのか?」


 いすに座るなり、人狼はシャルロットにたずねました。


 シャルロットは首を横に振ると、


「今日は、おおかみさんに会いに来たの」


「俺に?」


「うん! おおかみさんと友達になりたくて」


 大きくうなずく彼女のココア色の瞳は、きらきらと輝いていました。


 人狼はホットミルクを一口飲むと、


「あのな、シャルロット。昨日、森に迷い込むなって言ったよな。あれは、もうこの森には来るなって意味だ。森に入っちゃいけないのは知ってるよな?」


 と、言い含めるように言いました。


 その言葉に、シャルロットは小さくうなずきました。その表情には、先ほどまでの笑顔はありません。


「お父さんとお母さんから何度も聞いた。でも、どうして?」


「それは、この森が危険だからだ」


「たしかに、森に入ったら、来た道がわからなくなるから危ないのはわかるけど……」


 そうつぶやくシャルロットは、納得していない様子です。


「いや、そうじゃなくて。森には、俺みたいな人狼が住んでるから危ないってこと」


「どうして? おおかみさんは私のこと、助けてくれたじゃない。なんで、おおかみさんが住んでると危ないの?」


 彼女の純粋な疑問に、人狼はどう答えたものかと悩みました。


 悩んだ末に人狼は、昔、人間と人狼が大げんかをしたこと、未だに仲直りできていないことを話して聞かせました。


「でも、おおかみさんは私に優しくしてくれた」


 だから、危険な存在ではないとシャルロットは言います。


「でもな……」


 と、人狼はシャルロットを説得しようと試みますが、彼を見つめる彼女の瞳は真剣そのものでした。


 しばらく見つめ合っていた二人ですが、根負けしたのか人狼が肩をすくめました。


「わかったよ。俺の負けだ」


「じゃあ、私と友達になってくれるの?」


 期待に瞳を輝かせるシャルロット。そんな彼女に、人狼は笑顔でうなずきました。


「やったー! ありがとう、おおかみさん!」


「ただし、一つ条件があるぜ」


「条件?」


 シャルロットは飛び上がらんばかりの喜びようでしたが、人狼の一言に首をかしげました。


「ああ。俺とシャルロットが友達だってことは、二人だけの秘密にすること。それが条件だ」


 守れるか? と、たずねる人狼。


「もちろん!」


 と、シャルロットは満面の笑みで大きくうなずきました。


 それから二人は、他愛もない話に花を咲かせました。人狼と友達になれたのがよほどうれしかったのか、シャルロットは終始笑顔でした。


 どのくらい経った頃でしょう。シャルロットは、そろそろ帰らなきゃと帰り支度を始めました。


「送るぜ」


 提案する人狼に、シャルロットはなんとなく覚えているからと断ります。ですが、人狼もゆずりません。


「ここで一度迷子になってるんだ、放っておけねえよ」


 シャルロットは苦笑すると、人狼の提案を受けることにしました。


 シャルロットの支度が終わると、二人は人狼の家を出発しました。森は、西日に照らされてオレンジ色に染まっています。


 道中、人狼は木の幹にひっかき傷を等間隔につけていきました。


「シャルロット。次、遊びに来る時は、この傷を目印にして来いよ」


「うん、わかった。ありがとう、おおかみさん」


 これで迷うこともなくなると、シャルロットはホッとしたように言いました。


 次回、遊びに来た時にはなにをしようかと相談しながら、二人は森を進んでいきます。


 無事に出口へと到着すると、シャルロットは人狼に別れを告げて家へと向かいました。

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