第3話 隠しごと

 森から迷うことなく家に帰ることができたシャルロット。翌日から、毎日のように人狼の家へと遊びに行きました。


 人狼が木々に目印をつけてくれたおかげで、シャルロットが森で迷うことはなくなりました。


 彼の家の近くにたくさん咲いているシロツメクサで花かんむりを作ったり、おしゃべりに夢中になったりと、二人は毎日楽しい時間をすごしていました。


 そんなある日の夕食のこと。シャルロットは、家族と一緒に食卓を囲んでいました。シャルロットの前には両親が、右隣にはお兄ちゃんが座っています。


 温かいシチューを食べていると、お兄ちゃんが口を開きました。


「シャルロットって、最近毎日楽しそうだよな」


「へえ、そうなのか? なにかいいことでもあったのか?」


 と、微笑みを浮かべながらお父さんがたずねます。


「えへへ、ないしょ」


 シャルロットは、そうはぐらかします。


「えー! いいじゃん、教えてくれたって!」


 そう言って、お兄ちゃんは口をとがらせます。


「だめ。友達と約束したんだもん」


 と、シャルロット。人狼とのことを思い出したのでしょう、シチューを食べながらうれしそうに微笑みます。


 その後、お父さんやお母さんも教えてほしいと言いましたが、シャルロットが教えることはありませんでした。


 それから毎日のように、お兄ちゃんはシャルロットから秘密を聞き出そうとします。しかし、シャルロットはかたくなに口を開きませんでした。


 数日後、どうしても彼女の秘密を知りたいお兄ちゃんは、見つからないように彼女のあとをつけることにしました。


 その日も、まるで踊るように森へと向かうシャルロット。


(今日はなにをしようかしら?)


 人狼との楽しい時間を考えるのに夢中で、お兄ちゃんがついて来ていることにはまったく気づいていませんでした。


 森の中も慣れたもので、彼がつけてくれた目印を横目にどんどん奥へと進んで行きます。


 一方、お兄ちゃんは初めての森に怯えながら、妹を見失わないよう必死について行きます。


 しばらく歩いていると、視界が開けて一軒のログハウスが見えてきました。人狼の家です。


 シャルロットは、ためらうことなく近づいて行きます。


 お兄ちゃんは、こんなところに家があるなんてと不思議に思いながら、見つからないように木の陰に隠れて妹の様子を見ることにしました。


 お兄ちゃんが息をひそめて見ていると、シャルロットはログハウスの扉をノックします。少しして、人狼が顔をのぞかせました。


 お兄ちゃんは驚いて、思わず声を出してしまいそうになりました。しかし、なんとかこらえます。


 シャルロットは、人狼と笑顔で少し会話をかわすと、家の中へと入って行きました。


 これはまずいと、お兄ちゃんはすぐに家に帰ることにしました。今見たことを、両親に報告しなければなりません。幸い、木々についた傷のおかげで道に迷うことはありませんでした。


 家に着いたお兄ちゃんは息を切らせながら、リビングでくつろいでいた両親に先ほど見たことを告げました。


「なに!? それは本当なのか?」


 お父さんが血相を変えて、お兄ちゃんに問います。


「うん、本当だよ。僕、この目で見たんだ」


「そんな……。あれほど、森に入ってはいけないと言っておいたのに……」


 お母さんはそう言って、青い顔をしています。


 重苦しい沈黙が三人を包む中、お父さんは険しい表情で、


「なんとかしないとな」


 そうつぶやいて、部屋を出て行きました。


「父さん……? どこ行くの?」


 と、お兄ちゃんが追いかけます。


 お父さんはなにも答えず、玄関先にある猟銃を手にして家を出ました。


 言い伝えによると、森に入ってけがれに魅入られてしまった人は、おかしくなってしまうらしいのです。もとに戻す方法がないため、いつしか『森に入った者はすべて処刑する』という掟ができました。この掟は、村の大人たちにしか伝えられていないのでした。


 覚悟を決めたお父さんは、村の若者達に次々と声をかけていきました。すると、十人ほどの若者が集まりました。みんなそれぞれ、ナタやスコップなどを武器代わりに持っています。


「父さん……これからどうするの?」


 ただならぬ雰囲気に、そうたずねるお兄ちゃん。


 しかし、お父さんはそれには答えず、森の奥に案内してくれと有無を言わせぬ声で言いました。


 お兄ちゃんはうなずくと、みんなを引き連れて森へと向かいました。


 一方その頃。シャルロットと人狼は、楽しいひとときを満喫していました。お互いの好きなものを語り合ったり、人狼が焼いたクッキーに舌鼓をうったり。


 しかし、そんな楽しい時間も長くは続きませんでした。


 人狼がふいに、険しい表情をしてシャルロットに静かにするように告げたのです。


 シャルロットはなにが起きているのかわからず、人狼の指示に従うしかありませんでした。


「様子見てくるよ」


 そう言って人狼がリビングを出ようとすると、シャルロットが彼の手をつかみました。


 ここにいてほしいと言おうにも、彼女の瞳はだめと言われてもついて行くと告げています。


 人狼は肩をすくめると、わかったと言うようにうなずきました。


 二人は緊張した面持ちで、足音を立てずに玄関まで行きます。扉の前で息を殺して気配をうかがうと、外から複数人の気配がしました。扉越しでも感じるくらいの殺気をも含んでいます。


 人狼は小さく舌打ちすると、


「ここにいてくれ」


 小声でシャルロットに告げて、ゆっくりと扉を開けて外に出ました。


 そこには、十二人の人間がいました。みんな武装しています。


「なんの用だ?」


 扉を後ろ手で閉めると、人狼がぶっきらぼうにたずねました。


「ここに娘が来てると思うのだが、返してもらえないか?」


 と、先頭にいる猟銃を持った男が口を開きました。


「娘……? ああ、あんたがシャルロットの父親か」


 と、一人で納得したように人狼が言いました。シャルロットの家族について、彼女から聞いていたのです。


「ああ、そうだ。シャルロットはどこにいる?」


 シャルロットのお父さんが声をあげた瞬間、人狼の後ろにある扉が開きました。


「お父さん?」


 と、いぶかしげにシャルロットが顔をのぞかせます。


 人狼とお父さんが同時に彼女の名前を呼ぶと、シャルロットは人狼の隣に並びました。


「お兄ちゃんまで……。どうしてここにいるの?」


「シャルロット! 危ないから、こっちに来なさい!」


 お父さんはシャルロットの質問に答えず、彼女を自分たちの方へと呼びました。しかし、彼女はそこから動こうとしません。


「なにが危ないの? おおかみさんは、私の友達だよ? それに、お父さんやみんなはどうしてここにいるの?」


 ここは自分とおおかみさんだけの秘密の場所なのにと、シャルロットはお父さんに質問を浴びせます。


「友達だと? 人狼は危険なものだ。人間と友達になれるはずがないだろう!」


「おおかみさんは、私のこと助けてくれたもん! 優しくしてくれたもん!」


 お父さんとシャルロットの言い合いは続き、お互いにゆずりませんでした。


 このままではらちが明かないと、小さくため息をついた人狼は、シャルロットの背中を軽く押しました。


「――っ!?」


 驚いたシャルロットは、人狼に振り向きました。


「帰ってやれ」


 優しくそう告げる人狼。しかし、その声とは裏腹に、彼の瞳にはさみしさが浮かんでいます。


 なんで? とシャルロットが言おうとした瞬間、腕をつかまれました。見ると、お兄ちゃんが真顔でシャルロットを手を引いています。


「これでいいか?」


 人狼は彼女のお父さんに向き直ると、ぶっきらぼうにたずねました。


 お父さんはうなずくと、手にしている猟銃を人狼に向けて構えます。


「ちょっと、お父さん! なにしてるの!?」


 お兄ちゃんに腕をつかまれたまま、シャルロットは声を上げました。


「なにって、お前をたぶらかしたこの人狼を殺そうとしてるんだよ」


 猟銃を構えたまま、お父さんは冷静に彼女の問いに答えました。

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