二. 三人目の行方

 ひょんなことから、「歴史研究部」ならぬ「歴史研究同好会」に入ることになった、俺、鳳条圭介。


 だが、彼女の言う通りだった。どうやら先生から「4月末までに最低3人集めないと解散」と言われているらしい。


 放課後の部室で、女子生徒と2人っきりという、男子高校生にとって、願ってもない状況だったが、そうも言っていられなかった。


 早く3人目を集めないと、もうすぐ彼女との「蜜月」がなくなってしまうわけだ。


 もっとも、それは「蜜月」とは言えない雰囲気ではあったが。

 彼女は、どちらかというと、大人しい。というか、まるで「図書委員」みたいなところがあった。


 いつも本を読んでいる。

 むしろ、「本」しか読んでいなかった。


 せっかく部室で2人きりになっても、常に本を読んでいて、フィールドワークに行こうとしない。


 おまけに、無口で無表情で、会話もほとんどなかった。


 フィールドワークに行かない理由を尋ねると、

「3人集まってからね」

 とだけ返ってきた。


 そのくせ、彼女自身は、交友関係が狭いのか、全然誰も誘おうとする気配がなかった。


 仕方がないから、俺は「3人目」を探すことになるのだが。


 問題があった。

 この3人目に「男子」が入った場合。ある意味では、それは強力なライバルになる可能性がある。


 なんだかんだ言っても、彼女はそれなりに「綺麗な」人だ。

 まだ、「好き」かどうかすらわからなかったが、仲良くなりたい、と思い始めている矢先に、別の男が割って入ってくるのは、好ましくない。


 だが、かと言って誘える「女子」がいるか、と言えば、そんなことはなかった。


 何しろ、自慢じゃないが、俺は「モテない」から。クラスの中心にいるような、サッカー部のエースストライカーのような人気者なんかじゃないから、女子の友達なんて、いない。


(仕方がない。あいつに声をかけるか)

 あまり気乗りはしなかったが、唯一の知り合いの「女子」を当たることにした。



 部活動を終え、夕方に帰宅後。

 俺は、学園からは徒歩15分ほどの、マンションに住んでいる。正確には少し前まではワンルームに住んでいたが、この4月からは、ある「同居人」が来たせいで、1LDKに住むことになった。


 その分、家賃が倍近くに跳ね上がり、今は8畳のリビングに6畳の寝室の1LDKで家賃は一か月で16万5000円にもなる。


 都内でも23区のこの辺りは、家賃が非常に高く、それでも築20年は経っているから、ここは多少安かった。


 もちろん、1人では払いきれないから、たまにバイトして補い、さらに両親からの仕送りもあった。


 おまけに、同居人のせいで、寝室を奪われて、リビングで寝るという日常生活。


「あ、おかえり。お兄ちゃん」

 そう、その声の主こそが同居人の妹だったのだが。


「なっ。お前、なんでそんな格好なんだ」

 いきなり目に飛び込んできたのが、風呂上りのバスタオル一枚の妹の姿だった。


 妹の名前は「あおい」。この春、高校1年生になったばかりの15歳。

 先日、知り合った綾小路優里亜とは正反対の、身長150センチしかない、低身長で、胸もロクに育っていない。

 母親似の癖っ毛のセミロング。どんぐりのような大きな目が特徴的だった。性格は「無邪気」と言えば聞こえはいいが、要するに「子供」で、食いしん坊。


「なんでって。お風呂入ってたから」

「んなことはわかってる。服を着ろ、服を!」


「何言ってんの。私の裸なんて見慣れてるでしょ。一緒にお風呂入ったじゃない」

「小学生の時の話だろ。それも低学年! いいから着ろ!」

 そう声を荒げると、渋々ながらも、


「はーい」

 と言った声が聞こえてきて、ようやく葵は、風呂場に向かった。


(やれやれ)

 恥じらいがない、というか、無防備すぎる。


 しかも、妹は俺に「似てない」から性質たちが悪かった。

 俺はどちらかと言えば父親似、妹は母親似だったからだが、傍から見れば、まるで「兄妹に見えない」らしく、一緒に歩いていて、よく「カップル」と間違えられてきた。


 自分に似ていれば、「可愛いかもしれないけど、自分に似ている妹」として、意識しなくて済むのかもしれないが、なまじ似ていない分、たまに変に意識してしまう、というかさせられることがあった。


 実は「血が繋がっていないのでは」と疑いたくなるほどに、俺たちは似ていなかった。


 ようやく、子供っぽい、パンダの絵が描かれたパジャマに着替えた妹の葵が、さっぱりとした表情で出てきた。

「おなか空いたー。ご飯まだー」

 おまけに、帰ってきて早々、晩飯を要求してくる。


 妹は、正直「何も」出来なかった。洗濯こそ、洗濯機を回すだけだから出来たが、掃除も料理も、アイロンがけもロクに出来ない。


 そのため、また女子1人きりで東京、ということを心配した両親が、「俺と一緒」だったら、という条件つきで、彼女の上京を認めたのだ。


 しかも、何を思ったのか、彼女は俺と同じ天王洲学園に入学した。

 おまけに俺よりもいい成績で余裕で合格。


 昔から、妹は妙に優秀だったが、「可愛がられ上手」で「あざとい」ところがあった。

 つまり、自分が素直で可愛いことをアピールして、両親に怒られないようにし、怒られてるのは、常に俺。


 そんな素直な妹は、実際両親に愛されていた。

 まあ、思春期で特に反抗的だった俺よりも、たとえ猫を被っていたとしても素直な妹の方が可愛いと思うのは当然だろう。


 そんな「甘やかされて」育ってきた妹だから、家事全般だけは苦手だった。

 両親が、俺と一緒に住まわせたのは、恐らくそれが心配だったためだろう。


 実際、俺は、共働きで何かと家を空けることが多かった両親に替わって、小さい頃から妹の面倒を見てきたし、いつの間にか料理も自炊できるようになっていた。


 というより、家事全般が得意になっていた。


 その日の夕食。俺はパスタを作った。妹が好きなスパゲッティ、特に彼女はナポリタンが大好物だった。こういうところは「お子様」だと思う。


「ナポリタンだ! いただきまーす」

 丸い目をさらに丸くして、小動物の、まるでリスのように頬張る彼女。

 妹の得意技は「メシを食うこと」。その小さな体のどこにそんな食欲があるのか、そしてそんなに食べて何故太らないのか、身長が伸びないのか、が非常に謎だったが、とにかく「食べることが大好き」な葵だった。


 仕方がないから、俺はテーブルの反対側に座り、同じように食べながらも彼女に聞く。


「葵。もう部活入ったか?」

「ううん。入ってないよ」


「どこか入る気はあるか?」

「うーん。別にないかな。帰宅部でいいよ、メンドいし」


 そこまでは予想通りだった。昔から活発な割に、体育会系のノリが嫌いな妹は、運動部には入っていなかった。たまに運動はしているようだったが。


「じゃあ、歴研に入らないか?」

「歴研? なに、それ?」


「歴史研究部だ。まあ、正確には今は同好会だが」

 そう告げると、妹は明らかに不服そうに、


「えー。歴史ぃ。興味ないなあ。お兄ちゃんは好きかもだけど、私は食べることの方が好き」

 と口を尖らせてきた。


 だが、これも俺の予想の範疇だった。

 悩んだ末に、俺は彼女を「歴研」に導く、「秘策」を考えてきていたのだ。


「葵」

「んー?」

 スパゲティーを食べるフォークを止め、どんぐりまなこを向けてくる彼女に、


「歴研に入れば、腹一杯食べれるぞ」

 と声をかけた。

 もちろん、これは半分は「嘘」だ。

 半分、というのは、史跡、特に寺や神社などに行けば、「縁日」が開かれていることがあり、そこに屋台が出るからだ。


 俺は、妹を誘う口実として、それを利用しようとした。


「え、マジで?」

「マジマジ」


 食いついてきた妹に、あらかじめ用意しておいた、携帯の画面を見せる。

 そこに映っていたのは、東京の各地の神社で行われる「縁日」の屋台。


 色とりどりの垂れ幕の下、多くの人が行き交い、縁日特有のジャンクフードを片手に練り歩く様子が映っていた。


「ホントだ! 何、これ。縁日? 長野じゃこんなに人いないよー」

「そりゃ、東京だからな」


「東京、すごっ!」

 妹が身を乗り出して、俺が持つ携帯を覗き込むが、それでも小さな胸は揺れもしない。

 明らかに幼児体型で、一見すると中学生か、はたまた小学生に見られてもおかしくない。


 だからなのか、妹は「人気」はあるらしかった。長野県に住んでいた頃から、クラスの人気者だったらしい。


 1歳違いとは思えないし、身長175センチの俺とは25センチ、綾小路さんとも15センチの身長差がある。


「しょーがないなあ。入ってあげるよ」

「マジか! 助かる!」


「ただし!」

 フォークの先端を俺の鼻先に向けてくる妹。どうでもいいが、それ、怖いぞ。


「嘘だったら、わかってるよねえ、お兄ちゃん? 私、辞めるよ」

「わかってるわかってる」


 言いながら、内心、俺は焦っていた。

 携帯で検索した画像は、確かに東京の某神社の「縁日」の様子だ。


 だが、こういう縁日はいつもやっているわけではない。

 長野県のような「地方」に比べれば、人口も需要も多い東京には、確かにこうした「祭り」や「縁日」は多い。


 多いのだが。

(こりゃ、ネットであらかじめ検索して行くしかないか。もしくは……)


 もう一つ、頭に浮かんだのが、妹が「好きなもの」。好きなものの前では、彼女も油断する。


 もう一つ、妹が好きなもの、それは「猫」だった。

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