第12話 告白

今日は、週末を経て、翌週の月曜日。


 睡眠不足の金曜日は、布団で目を閉じてからはぐっすりと眠った。異世界の事や日熊さんの事で今夜も眠れないかと思ったが、部長が言った通り、限界を超えると体の電源は自動的に落ちるらしい。


 翌日の朝には、すっきりとした状態で起きられた。それと共に、諸々の事もそこまで気にならなくなっていた。


 週末は、学校も部活もないので、いつも通り家でダラダラとしながら過ごした。そんな訳で日熊さんの事も異世界の事も頭から忘れ、久しぶりに普段通りの生活が送れた。


 チャリンコのパンクも昨日の内に店に持って行って修理してもらった。今もまた斜度七パーセントの坂を上りつつ、学校へと向かう。


 学校に着くと部長の席に荷物だけ残され、本人の姿は見えなかった。また、朝から部室にて作業をしてるのだろう。


 部員として僕も手伝いに行こうか迷ったが、授業開始までそれほど時間は残されていない。旧校舎まで足を運んだ所でとんぼ返りになるだけだ。部長には悪いが、このまま教室で待機させてもらおう。


 カバンから荷物を取り出し、整理していると後ろから声を掛けられる。




「おはよう。米山君」




 日熊さんだった。




「お、おは……」




 彼女の顔を見ると、金曜日の事を思い出してしまう。緊張してしまい、挨拶の言葉すら出てこなかった。




「ねえ、米山君。わたし、この間の事聞きたいな。ねえ、ダメ?」


「さて、何の事だったけなぁ…‥」




 視線を逸らす僕。しかし、逃げた先に彼女は回り込んできた。




「え~覚えてないの?異世界とか言ってたじゃん」


「エ?ナンノコト?ボクシラナイ」




 とぼけてみたが、金曜同様、彼女はあきらめずに迫ってくる。教室で人目があるからか、この間のような十センチまで迫るということはなかったが、それでも女性免疫のない僕にとってはぐっとくるものがある。


 もちろん、彼女が何を聞きたいかは、僕だってわかっている。異世界探索の事だ。しかし、それをそのまま話すわけにはいかない。


 いや、これほどしつこく迫られてたら、もう話してしまってもいいような気もしなくはないが。




「ねえ、いいでしょ?ダメ?」


「僕はサブカルとか部長程は知識ないから、そういうのは部長から聞いた方が……」


「え~ほんとかなぁ?米山君、なんだか嘘ついてる気がするんだよね。絶対、目合わせてくれないし」


「そ、そうかなー?」


「絶対そうだよ」




 日熊さんは僕の耳元まで駆け寄ると、小さい声でつぶやく。




「ねえ、もうあきらめて話しちゃいなよ。清君」


「!?」




 ドキッとした。


 こんなにかわいい女の子が自分の名前を呼んでくれるなんて、刺激されないわけがない。


 全身の血液が沸騰したように、顔に集まってくるのが自分でもわかった。




「何やってるの?君たち」


「ぶ、部長!?」




 そんな時、教室の入り口に現れたのは部長。


 自分の恥ずかしい所を見られた気がして、気まずい。




「へー。電話で言ってた時は、キモオタの妄想かと思ってたけど、その様子だと日熊に迫られたって本当だったんだな」




 誰がキモオタだ。部室で堂々と、R18とロゴの入った同人誌やゲームをしている人に言われたくない。三次元と二次元の区別がついていない人に言われると腹が立つね。


 しかし、部長が来てくれて助かった。プロと自称するほど、口八丁が上手い彼なら、日熊さんの異世界質問も上手く受け流してくれるだろう。




「ほら、日熊さん。部長が来たから、部長に聞きなよ……」


「……」




 先程までハイテンションだったのに、唐突に黙る日熊さん。




「ひ、日熊さん?」


「分かってないな。清。日熊さんは異世界の事が聞きたいわけじゃなくて、お前と話がしたいんだよ」


「へ?俺と?」


「そう。つまり、異性として気になってるから話しかけてるんだよ。そうじゃなかったら、わざわざお前が風紀委員室から出てくるまで昇降口で待ったりするかよ」




 そうなのか?


 いや、仮に部長の言ってる事が真実だったとしても、それを本人の前で言うのは倫理的にどうかと思うけど。




「そ、そうなの?日熊さん……?」


「……」




 返事はない。


 前髪で隠れたその顔は、一体どのような表情をしていたのだろうか。赤面?それとも変に勘違いされて気まずい表情?


 しばし、走る沈黙。




「なあ、お前ら付き合っちゃえよ」


「はぁ!?」




 空気が重いのに耐えられなかったのか、部長がすごい事を言いだした。




「日熊は清が好き。清も中学から彼女が欲しいとぼやいていたじゃないか。日熊は、ビジュアル的にも悪くないし、割と優良物件だと思うぞ。別に金銭のやり取りが発生するわけじゃないし、お互いの利害関係は一致してる。なら、試しに付き合ってみろよ」


「優良物件とか、利害関係とか……もっとロマンチックな言い方はできなかったのかよ……」


「こういうのは、変に遠回りをするからややこしくなるんだ。ストレートに言った方が円滑に事が進むだろ?」




 こいつの恋愛観とは一体何なのだろうか。円滑とか言っていたが、企業の契約か何かと勘違いしているのではないか?




「で、どうなんだ日熊?」


「……す――」




 彼女の口はモゾモゾと動く。


 だが、声が小さくてなんて言ってるか聞こえなかった。




「なんて?もっと大きな声で言わないと聞こえないぞ」


「部長、いくら何でもそんな言い方は……」




 僕が止めようとしたその時だった。




「好きです!清君付き合ってください!」




 頭を下げる日熊さん。覚悟を決めた彼女の声教室中に響き渡った。いつの間にか周囲の視線は僕らに集中していた。




「いいの?僕なんかで?」


「うん。清君じゃないとダメ」


「そ、そうか……」




 女の子に告白されるなんて初めての経験。どうすればいいか分からず、しばらく僕は固まってしまった。




「ほら、清。日熊が覚悟して告白してくれたんだからお前も腹決めろよ。大体、これを逃したらお前に彼女なんて、今後一生出来ないだろうな」


「よ、余計なお世話だ」




 だが、結論を出さないといけないのは事実。


 勇気を振り絞り、今も小刻みにプルプルと震えている彼女に対して、僕も真摯に向き合うべきだろう。


 別に日熊さんの事を嫌いなわけではなかったが、恋愛感情を抱いているわけではなかった。ただのクラスメイトという認識。


 もちろん僕だって年頃の男子。彼女は欲しい。日熊さんはかわいいので、彼女にしたら、僕の人生はバラ色になるかもしれない。


 しかし、それだけの理由で恋人にするなど、僕の独りよがりで不誠実かもしれない。


 僕は迷った。間もなく始業のベルが鳴る。猶予はない。残された時間で可能な限り真剣に検討した。


 そして、結論は出た。


 息を吸い込み、肺に溜める。


 自分の思いを伝えるのは、緊張する。だけど、伝えなければならない。勇気を出していってしまえばいい。




「――日熊さん」


「は、はい」




 待たせてしまった日熊さんは僕よりも緊張していたのかもしれない。声は裏返り、息を吹きかければ倒れそうな程華奢に見えた。


 彼女の為にもさっさと言うべきだ。




「――こちらこそよろしくお願いします」


「!……はい!お願いします、清君」




 僕の手を掴む、僕の彼女。




 パチパチパチパチ




 周囲から拍手が送られる。共に飛ばされる祝辞の数々。




「おめでとう!」


「良かったね、ちえりちゃん」


「幸せにしろよ米山」


「仲睦まじく」


「せ、先生は感動してるぞ!!」




 いつの間にか来ていた担任は、メガネを取って号泣していた。


 こうして、周囲に温かく見守られながら、僕には恋人ができた。




「(……当初の計画からずれちゃったけど、まあいいや。やっぱり簡単じゃない。米山クン)」




昼休み




「部長、お昼は……」


「馬鹿、なんで、俺の所に来るんだよ」


「?」


「お前、放課後は今までと変わらず部活動するんだろ?」


「ああ」




 日熊さんも大事だが、今の僕には異世界探索という大切なものもある。その為、放課後は今まで通り部活動を続けさせてもらえるよう、日熊さんに頼み込んだ。その分の埋め合わせは休日にするという事で。


 優しい日熊さんは、笑顔で「いいよ。部活も大事だもんね」と快諾してくれた。




「お昼ぐらい彼女と一緒に食ってこい」


「でもそれじゃあ、部長がボッチ飯になるんじゃ……」


「構わん。部室でのんびり、エロゲでもしながら食べてるさ。一人の時間も静かで案外好きなんだよ。だから、さっさとお前は行ってこい」


「あ、ああ」




 部長に背を押され、日熊さんの元へ。


 振り返ると、ガッツポーズをした部長は、コンビニの袋をぶら下げながらそそくさと教室から出て行った。


 ここまでお膳立てをしてもらったのだ。ここで彼女を誘わなければ、申し訳が立たない。


 自分から女の子に声をかけるなんて初めての経験で、手に汗を握っていたが、勇気を振り絞る。




「ねえ、日熊さん」


「あ、清君」




 にこやかな顔の日熊さん。それに対して、僕は緊張のあまり顔が引きつる。鏡でもあれば、自分の悲惨な姿が分かったのだが、生憎そんなものはここにない。彼女の瞳には、僕がどんな風に映っているのかね。




「お、おひ……」


「?」


 『お昼を一緒にどうですか』


 口に出せば五秒も足らないセリフなのに、最初の二文字しか言えなかった。


 騎士に脅された時もそうだったが、やっぱり僕は肝心な時にフリーズしてしまう。我ながら情けなかった。


 元々口下手なのもあるが、部長から『ここぞって時に、口車を回す方法』でも教授してもらった方がいいかもしれない。


 僕がもぞもぞと言い出せずにいると、先に口を開いたのは日熊さんだった。




「ねえ、清君。一緒にお昼食べようよ」


「う、うん」


「やったぁ。じゃあ、中庭行こうよ」


「お、おう」




 カバンから小包を取り出す彼女。恐らくお弁当箱だろう。


 僕の手を掴み、小走りに教室を飛び出す。








 場所は変わって中庭のベンチ。


 当初の目的は達成できたとはいえ、彼女から言わせてしまった。


 僕は、コンビニおにぎりのビニールを剥きながら、猛省していた。




「清君どうしたの?」


「へ?」


「なんか、暗い顔してたから。もしかして、わたしと居ても楽しくない?」




 しょんぼりとする日熊さん。


 ああ。あろうことか、彼女に余計な心配までさせてしまった。


 反省するのは後だ。早く、彼女の気分を晴らさなければ。


 僕は慌てて取り繕う。




「そんな事ないよ!」


「本当?」


「うん。かわいい彼女とお昼食べられて、楽しくない男なんていないよ」


「そっかぁ。なら、よかった」




 ぱぁーと明るくなる顔。


 感情豊かな彼女は見ているだけで癒される。




「日熊さんってお弁当持ってくるんだ」


「うん。手作りの方が栄養バランスとか取れるし、自分で作るようにしてるんだ」




 小包をめくると、二段重ねのお弁当箱。上段の蓋を取ると、色とりどりのおかずたちが顔を見せる。




「自分で作るってすごいね。毎日大変じゃないの?」


「そうだよ~朝は五時起きだし」


「ご、五時!?」




 信じられない。弁当の為に早起きするなんて、ベット大好きな僕からすると狂気の沙汰だ。


 でも、若いのに健康を考えるって偉いな。ちゃんと弁当にも様々な野菜が取り入れられている。見栄えが良いのはもちろんだが、栄養面を考えての選択なのだろう。




「早起きして弁当作りなんて偉いね」


「まあ、一人暮らししてるから節約しないとね~」


「日熊さん一人暮らししてるんだ」


「うん。中学までは田舎の学校に通ってたんだけど、違う地域も見てみたくて、親に何回もお願いして了承してもらったんだ。仕送りとか少ないから、少しでも節約しないと」


「す、すごいな」




 親元でぬくぬくと生活している僕とは、何倍にもまして苦労しているのだろう。僅か、十六歳か十七歳で、一人で生きていくなんて並大抵ではない。




「最初は大変だったけど、慣れたら大した事ないよ~清君は料理とかしないの?」


「あんまりしないかな。できないし。中学生の時、家庭科の宿題で、一週間献立を自分で考えて自炊するって宿題があったんだけど、カレーしか作れなくて、一週間カレーしか食べられない時があったな……」




 思い返すと辛い日々だった。最初は美味しく食べれていたが、四食目ぐらいから飽きてくる。最後はカレー以外の物を食べたくて精神がおかしくなりそうだった。


 ちなみに、部長は僕よりももっと悲惨で、自炊スキル皆無な彼は、一週間カップ麺だけで過ごしたらしい。カップ麺が自炊に入るかで、先生と口論になっていたが、いつも通りの口車で強引に納得させていた。




「それは辛いね……お昼はいつもコンビニのごはん?」


「うん。カレー以外作れないし、僕の親、朝早いから弁当も頼めないんだよね。それでいつもコンビニ飯」


「そうなんだ。それは、体に悪そうだね……よかったら、これから、わたしが清君のお弁当作ってもいいかな?」


「え?マジ?」


「マジです」


「そりゃ僕としてはありがたい話だけど、大変じゃないの?」


「一人作るのも二人分作るのも大して変わりないよ。試しに試食してみる?」




 日熊さんは肉入り野菜炒めを箸で摘まむと、僕の前に差し出す。




「はい、あーん」


「あ、あーん?」




 口に入れそうになった所で気が付く。


 これって間接キスになるのでは?


 だって、目の前の箸は、先程まで日熊さんが使っていた物。つまり、あのプラスチックの棒は先程まで彼女の口に入っていたのだ。


 いくら彼氏とはいえ、僕がそれを使うのはどうなのだろうか?




「?」




 僕の静止にきょとんとする日熊さん。


 しかし、僕のフリーズに不安を覚えたようで、徐々に、瞳がうるうるとする。




「たべないの?」


「あ、いや、そういうわけじゃ」




 泣くのをこらえようと、一生懸命涙をこぼさないようにする彼女。


 ええい。迷うな僕よ。男だろ。これ以上、彼女に負担をかけさせてどうする。




「い、いただきます」




 迷いをすて、僕はぱくりと口に入れる。


 その瞬間、彼女の顔はぱぁーと明るくなる。


 もぐもぐ。




「どう?どう?おいしい?」




 はしゃぎながら、こちらへ迫ってくる彼女。


 その表情には期待が生じていた。


 火は適度に通っているし、味付けもバッチリ。だが、肉の種類が分からない。この感触、豚肉でも鶏肉でもない。食感は牛肉に似てもなくもないが、味が全然違う。




「おいしいけど、これって何の肉?」


「うふふ。何の肉だと思う?」


「分からないなぁ」


「今度教えてあげるね」


「えー。今教えて欲しいな」


「だーめ。私の料理の要だもん。企業秘密です。」




 どうやら教えてくれる気はないようだ。




「で、どう?わたし、明日から清君お弁当作って来ていいかな?」


「もちろん。お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします」


「アハハ。そんなにかしこまらなくてもいいよ~」




楽しい時間は過ぎていき、いつの間にか昼休みは終わるのであった。




「(今の所、順調ね……)」

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