第10話 不幸とは、連鎖的に起こるものである。

翌日。


不幸とは、連鎖的に起こるものである。僕は朝からそんな持論を持つ羽目になった。


昨日の探索が気になって夜も眠れず、気が付けば朝。しかも、すぐに出発しないと時間的にまずい状態だと判明したのは、いつまで経っても自室から出てこない僕を起こしに来た母の声だった。考え込むあまり、時間間隔がおかしくなっていたのだ。


慌てて制服に着替え、カバンを持ちながら階段を駆け下る。


だって無理もないだろ?異世界?魔法?ドラゴン?騎士?


そんな幻想的な物を容易く受け入れられるほど僕の頭は柔軟にできていない。


洗面台で顔をパッと洗うと、鏡には大きな隈が出来た自分の顔が映る。


我ながらひどい様だな。まるで徹夜明けの部長のように血色が悪い。


だが、物思いにふける暇などない。すぐに玄関を飛び出し、軒先に置いてある自転車に飛び乗る。




「学校まで三キロ。ぶっ飛ばせば何とかなるか」




 体重をかけペダルを踏みこむ。


 しかし、今日に限ってレスポンスが悪い。いくら踏んでも加速しない。おまけに座り心地も悪い。




「?」




 降車してみる。通学の相棒の様子に変な所はないか?


違和感の正体はすぐに判明した。原因は後輪だった。




「パンクしてるじゃん……」




 リアタイやの空気は抜けきり、ペコペコ。これでは学校まで走るのは無理だ。


 多分、昨日の探索で未舗装路をずっと走っていたのが原因だろう。パンクだ。僕の安物ママチャリのタイヤは耐えられなかったらしい。




「マジかよ……朝から最悪だな」




 これで遅刻はほぼ確定。


 ため息を付きながら僕は学校に向かうのであった。






 だが、不幸はまだ終わらなかった。


 一応、僕は真面目で健全な生徒(自称)である為、ダッシュにて登校中。ダメ元ではあるが、もしかしたらチャイムに間に合うかもしれない。遅刻したとしても、その遅れは最小限にとどめるべきだ。


 そんな最後の望みも、国道から校門まで八百メートルも続く上り坂にて打ち砕かれる。斜度七パーセントは僕の体力をどんどんと奪い、残り五百メートル地点にて駆け足が止まる。




「もう無理だ。諦めて歩くか……」




 一度止めた駆け足を再開するほど僕に気力は残ってない。


 残りは遅刻覚悟でとぼとぼと歩いた。


 残り三百メートル地点。遅刻確定のベルが聞こえた。




「遅い!遅いのです!」




 とぼとぼと歩いてきた僕を校門にて待ち構えていたのは鬼のような血相の委員長だった。




「はぁ……」




 ここまで不幸が立て続けに起こると嫌になる。もうこのまま引き返して家に帰りたい。




「昨日は部活で自転車を使うとか言っていたから、不良と勘違いしてしまったと思っていましたが、こんな正々堂々と遅刻するとはやっぱりとんだ不良です!」


「これには非常に深い理由がありまして……」


「それに、少しでも早く来て、遅れを少なくしようという態度もなしに、とぼとぼと歩いてくるなんて、根性が腐っています!」




いや、走りましたよ。僕だって遅れは取り戻すべきであると努力はした。けど、元々体力がない上に昨日から疲労困憊なんだ。途中で駆け足が止まるのは不可抗力だろ。




「だからこれには深い理由が……」


「これは、反省文ものです!放課後、風紀委員室まで来るように!」


「だからチャリがパンクして……」


「言い訳なんて聞きません!後の話は放課後に。今は早く教室に行きなさい!」




 彼女は僕の話なんて聞いていなかった。


 昨日の事もあって、僕に対する印象は最悪らしい。




「さあ、米山!早く教室に行くのです!」


「……はい」




 がみがみとした説教を聞きながら、僕はとぼとぼと校舎へ向かうのであった。








 昼休み。




「へー。そんな事があったのか」


「あったのかじゃないよ。昨日の探索からずっと踏んだり蹴ったりだよ」




 教室にて部長と昼食をとる。普段なら部室なのだが、体力を使い果たしていた僕は移動する力も残っておらず、自席から動かなかった。


 朝に起こった不幸の愚痴を言いながら、白米を口へと放り込む。




「で、諸々の原因は異世界って事が信じられずに、寝不足になった事だと」


「そうだよ。誰が異世界なんて信じられるかっつーの」




 午前中の授業は睡魔との闘いだった。何度も船を漕ぎそうになりつつも、気力にて居眠りは回避。しかし、頭は全く冴えておらず、内容は右から左へと筒抜けだった。ただ席に座っていたという状態。


 まずいな。あと三週間ほどでテストなのに。しっかりとしないと。


 食後はカフェインでも取って、午後の戦いに備えなければ。




「部長は気になって考え続けるとかなかったのか?」


「え?俺?」




 ここ数日徹夜が続いていた部長は顔色が死んでいたが、今日に限っては血色がよい。目の下の隈も消えていた。




「全然。昨日は家に帰ってさっさと寝たけど」


「異世界の事とか、気にならなかったのか?」




 気になる事があった時の探求心は僕よりも部長の方が上だ。装置にワープホールが発生した日も徹夜したと言っていた。




「異世界の事なんて、ネットに載ってるわけがないし、これ以上情報が欲しかったら、また探索するしかない。必要な情報が揃ってない以上、考えても仕方がないよ」


「意外なほどあっさりしてるんだな。『また探索』ってことは、まだあの村に行くのか?」


「当然」


「大丈夫か?昨日は何とかなったけど、また身の危険があるかもしれないんだぞ。あの騎士達だっているのに」


「まあ、その辺も色々と対策するから大丈夫だって心配するなよ」




 おにぎりのビニールをくしゃくしゃにした部長は、ゴミ箱へ投げる。




「清は放課後、須川妹に呼び出しを食らってるんだろ?」


「ああ。そうだよ。嫌な事を思い出させるな」




 眠気のせいで、忘れていたが、風紀委員室まで出頭して作文の刑に処さされることが確定しているのだった。部長が反省文をかかされた時は、所詮他人事だと思って笑えていたが、いざ自分の番になると身がこわばるほど恐ろしく感じる。




「はぁ……嫌だな」


「まあ、そうため息をつくな。清が無理なら今日の部活はなしという事で。じゃあ、残りの昼休み、俺はやる事があるから」




 去り行く部長の背中を見送りながら、残りの白米を掻き込んだ。


 今日は厄日だ。




「ねえ、何の話してたの?」




 そんな僕の背中を叩いてきたのは日熊さんだった。




「異世界とか言ってたけどまたアニメの話?」


「ま、まあそんな所」




 昨日、異世界にて騎士に捕まりかけましたなんて言えるわけがない。


 僕のごまかし方が下手だったのか、日熊さんは疑いの眼差しを向けてきた。




「怪しいな~何か隠してない?」


「そ、そんな事ないよ」


「米山君嘘ついてるでしょ?目が泳いでるよ?」




 迫る彼女の面影にはどこか見覚えがあった。


 どうする。僕には部長のようなでまかせの才能はない。それでも、何とか言い訳を考えるが、寝不足のせいで碌に頭が回らない。




「ごめん。僕、コーヒー買いに行かないといけないから。じゃあ」


「ちょっと、待ってよ米山君」




 少々強引であったが席を立ち、速足で教室を後にする。


 自販機へと向かった。




「騎士とか言ってたけど……まさかね。でも、もしあの二人が『あちら側』の情報を知ってるんだったらどうやって……」






 放課後。


 僕はやっとの思いで風紀委員室からの退室を許可された。




「もう二度と遅刻なんてしてはいけないのですよ」




 委員長の声が聞こえる。


 誰が好き好んで遅刻などするか。あくまで不可抗力だ。


 しかし、本音を言っては再び部屋に連れ戻されてグチグチと説教を食らうかもしれない。先程まで、説教と反省文で一時間半ほど拘束されていた。ここでヘマをすれば、今までの忍耐が水の泡になる。




「はい。分かりました」




 建前だけとはいえ、肯定的な意思を示しておく。


 僕は足早に立ち去った。


 さて、この後どうしようか。部長曰く、今日の部活はしないらしい。


 相変わらず眠気もひどいし、このまま家に直帰して布団にダイブしようか。今日は金曜日。登校時間を気にすることなく今夜はゆっくり寝られるぞ。


 などと考えながら、階段へ向かう。




「米山君、お勤めごくろうさま~」




 昇降口にて、僕に話しかけたのは意外な人物だった。




「日熊さん。今帰り?」


「うん。米山君に用事があって、ちょっと待ってたんだよね」


「用事?僕に?」




 僕と日熊さんなんて普段から話す仲でない。時刻はもう夕暮れ。そんな時間まで僕を待つ用事など一体?




「昼休みの続き。もっと聞かせてよ」


「昼休みの続き?」




 はて、一体何の話をしていたっけ?眠すぎて記憶が飛んでいた。




「もう、若いのにボケたらダメだぞ。ほら、異世界とか何とか」


「あー……あれか……」




 思い出した。確か、昼休みも彼女に色々尋ねられて、面倒になった僕は逃げたはずだ。


 アニメという事にして、実体験をそのまま話して、「作品名教えて」とでも言われたら詰みなので、正直話したくないのだが……実際に放送されている異世界アニメの話でも出来たら一番良いのだろうが、生憎、僕は異世界系をあまり見ないので、話せる内容も思いつかない。




「そ、そんな人に話すことじゃないし……」


「えー。それでも、わたし興味あるなー」


「つ、つまらないよ?」


「それでも聞きたいな!」




 何とかして、話題を断ち切ろうとするが、逆に日熊さんは興味を持ったようで、目を輝かせながら、ぐいぐい迫ってくる。


 僕も後ずさりをするが、気が付けば靴箱が背中に当たっていた。これ以上、下がれない。


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