第9話 突破口
絶体絶命かと思った。しかし、
「食らえ!対須川用スタンガン」
「!?」
青髪の少女に背後から襲ったのは部長。背中にスタンガンを押し付ける。
不意に攻撃を受けた彼女は防御もできず、その場に倒れた。
「クッ……」
意識は失っていなかったが、ショックで動けないらしかった。倒れたまま、部長を睨めつけていたが、やや痙攣を起こしていた手が剣へと延びることはなかった。
「リザちゃん!」
「騎士とか何とか言ってたから、戦闘能力が高くて防がれる可能性もあったから賭けだったんだけどな。案外ちょろいな。清に意識を向けたら、俺の事は全く警戒してなかったんだから。偉そうな事言ってるくせに、警戒を怠るとか思考回路はまだまだ未熟だな」
「よくも、リザちゃんを……!絶対に許しません!!」
怒りに満ちた銀髪は手錠を捨て、剣を抜こうとした。だが、それよりも先に動く部長。
「食らえ。対須川用催涙スプレー」
「何これ……目が……」
少女の顔面にスプレーを発射。剣を抜こうと一瞬視線を下に向けた銀髪は回避できなかった。
目を閉じ、反射的に顔を抑えるが時すでに遅し。彼女の視界は奪われ、目から涙が流れる。「痛い、痛い」と言いながら、のたうち回っていた。
「何をしたんですか!?」
「一時的に視界を奪うだけさ。目や喉に痛みはあるが、後遺症はない。二時間もすれば元に戻るだろう」
「毒の一種みたいですね……でも、それなら回復魔法で――」
「させるかよ」
再びスタンガンを手にする部長。銀髪の視界はすでに奪っているので、当てるのは簡単だった。
「キャア!」
青髪と同様に、行動できずに倒れ込む。
脅威は排除できた。
「悪いが、スマホは返してもらうぞ」
部長は、青髪の懐からスマホを回収。ポケットにしまうとすぐに自転車に乗った。
「清。今のうちに逃げるぞ。早くチャリに乗れ!」
「あ、ああ」
初撃からここまで、僅か四十秒ほどの出来事。展開の早さに僕は立ち尽くしていたが、部長に急かされて自転車に乗る。
来た道を全力疾走で引き返した。
「ぜえぜえ……」
「はぁ……はぁ……」
村を抜け、草原までやって来た僕ら。後ろを振り返ると、村からだいぶ距離が離れている。誰も追って来てなかった。
「僕たち、どうやら逃げ切れたらしいな」
「ああ。そうだな」
部長も僕もここまで全力疾走でペダルを回した。がむしゃらに立ちこぎでぶっ飛ばした。
すでに息切れを起こし、精魂尽きかけていた。
ここまで来れば安心だろうと判断し、サドルに腰を下ろす。
「あー。怖かった。あいつらに囲まれた時は、僕もうダメかと思ったよ」
「そうだな。あの時は俺も焦ったわ。運よく奇襲が決まったから事なきを得たけど」
「見事な手際だったよ。あの状況でよく出来たな。おかげで助かったよ」
僕をおとりにして、徐々に部長から意識をそらし、奇襲の用意をする。そして、反撃される前に相手を無力化する。僕も部長もまともな喧嘩なんてしたことがないし、戦闘スキルなんて皆無なので、まともに戦っても勝ち目がない。それを見越した奇襲なのだろう。いきなり出てきた騎士とやらを相手に、とっさの判断で戦略を立てられる部長には感心させられた。
僕にチャリ持ち上げさせようとした時は、囮にして自分だけ逃げるつもりかと思ったけど、すべて二人で生還するための戦略だったんだ。
一時的とは言え、疑って悪かった。心の中で謝っておこう。
「部長ってすごいんだな。僕は正直、何をしていいかわからなくて突っ立てる事しかできなかったけど、部長はちゃんと何をするべきか考えて動けてたし」
「別に、大した事ないさ。手をこまねいていても、状況はどんどん悪くなるだけなら、多少怖くても行動するしかない。ヤバイ時ほど、理性的になるべきだよ」
「こうなる事を予想してスタンガンも催眠スプレーも用意してたのか?」
「いや、元々は須川に一泡吹かせてやろうと思って買った」
「まだ、スタンガン大作戦やろうとしてたのかよ…‥この間、会長の護身術レベルが護身を超えてるって聞いて、諦めたと思ってた」
「まあ、今回みたいに自分より強い相手だって、戦略を立てれば何とかなるかもしれないだろ?」
やれやれ。今回、窮地を脱するのに尽力してくれたことには、感謝しているが、本気で会長を倒そうとしているのであれば僕を巻き込まないでほしい。
とはいえ、今僕が呆れ笑いを出来ているのは、身の危険を回避できた賜物であり、もしあのまま拘束されていればどうなっていたか分からなかった。緩い風にシャツを靡かせながら、雲を眺めた。
平和だ。
命の危険から脱したギャップに、当たり前の事がいかに幸せなのかを噛みしめつつ、僕と部長は森へ向かった。
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あれから一時間程経った。
リザとステファ―ニャの二人は、村人の手によって、診療所へと運ばれていた。
二人とも、意識はずっと保っていたものの、スタンガンの痺れで体が思うように効かなかった。こんな症状になった人は今まで居なかった為、医者も手をこまねていていた。
回復魔法でも使えたら手の施しようがあったかもしれないが、村で唯一の使い手であるステファ―ニャがリザ以上にひどい状態にあった為、どうにも出来なかった。
スタンガンに加え、催涙スプレーの餌食になった彼女は現在も横になったまま。
「ようやく、手足が動くようになってきたわね」
先に起きたのはリザ。隣のベットを見ると、ステファ―ニャがうなされていた。
「ステ、大丈夫!?」
「痛みはだいぶ引いてきたけど……もうしばらく動けそうにないかな……あの二人は?」
「あたし達を運んでくれた村の人によると、もうどこかへ行ったらしいわ」
「そう……私の剣ってある?他にも金目の物を剥がれたりしてない?変なガスを吹きかけられて、私まだ目が見えなくて」
「大丈夫。あたしの剣も、あんたの剣もちゃんとある。財布も手錠も、駐在所の鍵も取られてないわ。唯一無くなったものは、あのナウとかいう奴のお守りだけ」
「そう……」
現状が良いとは言えなかったが、不幸中の幸いだった。二人が騎士学校にいたころ聴いた話だったが、盗賊などの鎮圧に失敗し、拘束された者は身ぐるみを剥がされて捨てられるか、殺される。
騎士が危険と隣り合わせである職業であるとは、彼女達は重々承知の上で、志願し、現在に至る訳だが、スタンガンで身動きが取れなくなった時は内心恐怖で満ちていた。
しかし、実際は何もされなかった。彼らは自分達を無力化すると、それ以上暴力を振るうことも、身ぐるみを剥ぐこともなかった。彼女達の常識からすると、これは非常に珍しい。
「外傷もないし、あたし達は一体何をされたの?あの武器は何?魔法?」
「でも、あの人達からは魔力の流れは感じなかった。多分、魔法は使えないと思う」
「魔法科主席のアンタが言うんだから、多分間違いはないんでしょうね」
ステファ―ニャは騎士学校時代、魔法に関しては右に出る者はいなかった。天才的な才能に加え、実技、知識面共に努力を積み重ねた成果である。実用レベルで回復魔法を使える人が僅かである回復魔法を彼女が使いこなしていたのは、その片鱗を表していた。
「……学校でいくら成績が良くても、こんな風に賊に倒されて寝てるんだもん。意味ないよ。こんな所、お姉ちゃんに見られたらなんて言われるか」
彼女が魔法を勉強するようになったきっかけは姉であった。同じく騎士団に入った姉は、優秀な魔法の使い手として、現在は特別な任務にあたっているらしい。かなりの激務らしく、ここ数年、一度も顔を合わせていなかった。
「あんたの姉さんと言えば、かなりのエリートだもんね。何でも、今は『勇者』様関係の仕事をしているとか」
「……ねえ、『勇者』様といえば、私達を襲った二人って『勇者』様に似てなかった?ほら、黒髪だったし。それに、この間のドラゴンも『勇者』がどうとか言ってたし」
「でも、『勇者』様だったら、魔法が使えるはずよね?魔力の流れが感じられないのはおかしくない?」
「うーん……」
「それに、『勇者』様ならもっとかっこいい姿をしてるはずよ。あいつら、確かに上着は綺麗な生地を使ってたけど、防具もつけてなかったし、靴だって泥だらけで小汚かったわ。きっと外国で犯罪でもやらかして逃げてきた賊よ。あんな賊と『勇者』様を一緒にしないで」
「リザちゃん、相変わらずの『勇者』様好きだねえ」
「当然よ。私は『勇者』様に憧れて騎士団に入ったんだから」
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「ふぅー。ようやく部室に帰れたな」
装置を通じ、部室に帰ってきた僕ら。
茶を片手に椅子に腰を落ち着けると、ようやく帰ってきた事を実感するね。
「そういえば、あの青髪にスマホ奪われた状態でスタンガン当てたんだろ?故障するリスク考えなかったのか?」
「まあ、俺のスマホケースは絶縁性ある樹脂で作った特殊な奴だからな。あれが壊れたら帰れなくなるから、故障のリスクは出来る限り潰せるように色々対策済み」
「へー」
部長は、ワープホール用のサーバーの電源を落とすと、ミカン箱をかぶせる。もうすぐ下校時間。見回り来た会長に対する偽装工作である。
「あの村は、一体何なんだ?騎士とかマジな顔して言ってくるし、容赦なく喉に剣突き付けてくるとか狂ってるだろ。人権って考え方がないのか?それに、魔法とか言ってたよな?回復魔法とか氷の魔法とか。色々カオス過ぎて、もう訳が分からん」
自分の首筋に手を当ててみる。傷跡はない。確かにここに剣を当てられ、出血し、その後、回復魔法とやらを掛けられた。ファンタジーすぎて、信じられなかったが、こうして、自分の身に起きたわけである。訳が分からなくて、脳がパンクしそうだ。
部長がぼそりと呟いた。
「異世界じゃないのか?」
「は?部長本気で言ってる?」
村を探索していた時もそんな事を言っていたな。
あの時は冗談かと思って受け流していたが、今の部長を見る限り、どうやら本気で思っているらしい。顎に手を当て、考え込んでいた彼の目つきは真剣だった。
「だって、そうとしか考えられないんだよ。ドラゴン、騎士、魔法。にわかには信じられなかったが、実際に俺の目で見たんだ。火を吐く生物なんていくら調べてもいなかったし、今時おまわりさんが拳銃じゃなくて、あんな鎧纏って剣持ち歩くなんて考えられないだろ。それに回復魔法とやらでお前の傷が塞がったのも見た。こんなものどうやっても現代科学で説明がつかない。突飛かもしれないが、他に可能性が思いつかない」
「馬鹿な。じゃあ、この装置は異世界にワープできるとでも言うのか?」
「他に説明ができるか?」
「……」
無理だった。
僕なりにこれまでも色々な方法で、探ってきた。ワープホールが実現する可能性、凍った木から地域を特定しようとしたり、生物が火を吐く可能性を考えたり、馬鹿らしいが現代に恐竜が復活する可能性も考えた。
しかし、すべてを解決する合理的な説明なんてつかなかった。
異世界なんてオカルトだ。ファンタジーだ。
あり得ないと笑い飛ばそうと思ったが、他に可能性はなかった。他に可能性がない以上、事実を事実として受け入れるしかない。
「マジかよ……」
今日一日の出来事だけでも整理が追い付いていないのに、さらなる追い打ち。今の僕には、それ以上何も言えなかった。
ただ、湯飲み片手に驚いている事しかできなかった。
「……」
異世界だと断言した部長自身も、混乱はあったようで、それ以上何も言わなかった。
しばし沈黙を続けていた僕らを動かしたのは、下校時間を知らせたチャイムだった。
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