第7話 現地人との交流
「さて、今日は時間があるし、森を抜けて平原を徹底的に探索するぞ」
「いや、それは僕としても楽しみなのだが、部長、そんなボロボロになって大丈夫か?」
「大丈夫だ。まだ痛むけど」
消毒液を付け、傷口にばんそうこうを張る部長。
アルコールが染み込む度にピクリと眉が動く。非常に痛そうだ。
「必要な物を鞄に詰め込んだら行くぞ。ああ。靴は履き替えろよ。また前みたいに上靴を泥だらけにしては面倒だからな」
靴ひもを締め、カメラ、モバイルバッテリー、記録用の手帳、ボールペン、飲料などをリュックに詰め込みチャリンコの前かごに載せる。
部長も準備ができたようで、同じく靴を履き替え、ワープホール用サーバーの電源を入れる。中心から光が放たれ、いつものようにコイル全体に広がる。
「よし、行くか」
「おう」
部長が先に入り、僕が二台の自転車を受け渡す。無事に送り込むと、最後に僕自身が光の中へ足を踏み入れた。
昨日同様森は静まり返っていた。ドラゴンもいない。
「さて、さっそく新型ワープホールの機能を試しますか」
部長がスマホを操作すると、ワープホールは消滅した。
「ネット接続も良好。サーバーもちゃんと動いてる」
「帰りもここまで戻ってきて、部長のスマホから装置を遠隔で起動するの?」
「そう。だから、その分のバッテリーは残しておかないと帰れなくなる。清、モバイルバッテリー持ってきたか?」
「うん。残量も満タン」
「なら心配はいらないか」
草原を目指して僕は歩いた。ぬかるみがひどかったので、ここで自転車に乗ることは難しそうなので押して歩く。
タイヤやスポークは泥まみれになったが、無事に森を脱出し、草原の入り口にたどり着いた。
「やっぱり、この間のドラゴンって本当にあった事なんだな」
「ああ。あんまりにも現実離れしてて、僕も実感が湧かなかったけど……」
燃やされた草の痕が黒く残っていた。
あの赤いドラゴンがやった痕だ。
初めてこの森に来た時、僕らは標的にされ、殺されかけた。何とか逃げることができたが、その後思い返してみても、あまりに現実感がなさ過ぎて、『夢だったのではないか』と思う事さえある。
だが、再び現場に来てみると、あの時の事がはっきりと脳裏に描ける。
あのドラゴンは何だったのか。火を吐く生物もいるここは一体どこなのか。
この先へ進めば、再び襲われる危険性もある。しかし、同時に好奇心も掻き立てられる。
わからない事を知りたい。
その単純な思いから、僕らはサドルにまたがった。
ここからは地盤も固い。タイヤも十分に転がる。
自転車に乗って僕らは進んだ。
「なーんにもないねえ」
走り出してしばらくは、僕も部長もあたりを警戒しながら進んだ。もし、あのドラゴンを再び見かけることがあればすぐにでも引き返すと二人で取り決めていた。
目を凝らし、地平線や空に視線をやっていたが何もない。見えるのはのどかに流れる雲だけだった。
何もないまま時間が過ぎているうちに警戒心も緩み、部長は両手離しでだらりとしながらのんびりとサイクリングをしていた。
「ほんとに。ドラゴンとか、野生生物とかに襲われるって思っていたけど、本当に何もないねぇ。一応色々対策して来たんだけど、全部無駄になっちゃうかなーー」
いつの間にか僕も警戒心が薄れており、部長の事は言えなかった。のんきに水でも飲みながらペダルを漕ぐ。
「そういえば、言ってなかったけど、昨日ワープホールの付近の木のいくつかに氷が付いていたんだよ」
「氷?」
「そう。薄いコーティングがされているような感じで」
「うーん……」
首を傾げる部長。考え込んでいるらしい。
「凍っているって事だったら、森の気温が夜間に氷点下まで下がるって事なのか?」
「それは僕も考えたけどさ。例えば砂漠だと昼と夜で寒暖差が二十度以上にもなるとか。でも、家に帰った後に調べたんだけど、砂漠の場合は地表が砂で空気が乾燥しているから起こるらしいんだ。ワープホールの入り口は地面はただの土だし、空気は湿っている。条件があまりにも違うよ」
「まあ、そうだよな。ちなみに、今日はどうだった?」
「うーん……確かもう凍っていなかったと思うな」
「初めに森に来た日も凍っていた様子はなかったし、昨日だけそんな事が起こっているのは気になるな……」
それから二人で「うーん……」と唸っていたが、何も思いつかなかった。
また一つ疑問が増えただけだった。
「おい、清、向こうに何か見えないか?」
走り出して三十分ほどが経過しただろうか?
部長が指を指した方に何かが見えた。
「なんだあれ。建物?」
まだ遠く、小さな姿ではあったが、目を凝らすと建物っぽいものが見えた。
それも一軒ではない。複数の建築物が見える。
「もしかして、人が住んでるんじゃないのか?やったぜ。ここがどこか聞けるぞ」
「聞けるって言ったって、もしここが日本じゃなかったらどうするんだよ。お前、英語出来ないだろ」
こんな広大な草原が広がっている土地は日本にはほとんどない。海外である可能性の方が高いだろう。
喜んでいた部長も、自分が外国語を全く話せない現実を突きつけると意気消沈していた。
「うっ……こんな事なら勉強しておけばよかった……」
「それに警察にでも通報されて不法入国として捕まったらどうするんだよ。僕らパスポートさえ持ってないだろ。」
「まあ、その時は全力ダッシュで逃げるという事で。異郷の地で何かやらかしても、森にさえたどり着けば、ワープで逃げれる俺らには関係ない。捕まらなければ大丈夫なんだよ」
そのポリシーはよく校則違反の原動力になっているのだろうか。バレなきゃいい。捕まらなければいいと部長は口癖のように唱えていたが、その割に最近は捕まる事が多い。須川姉妹の学校改革が原因だろう。
今日だって痛い目にあったんだし、そろそろそのモットーは廃止にしてはいかがだろうか。
「なーに暗い顔してるんだよ」
考え込んでいた僕の背中を叩く部長。
「ちょっ、自転車乗ってるのにいきなり叩くなよ」
いきなりだったのでふらついた。転倒しそうになったが、反射的にバランスを取って立て直した。
「ハハッ……お前は色々考えすぎるんだよ。現地人から情報が入手できたら、これまでの謎も一気に解決する。そう考えたら心が躍らないか?」
「そりゃそうだけど……」
「俺は細かい不安よりも、わくわくの方が圧倒的に大きいよ。もっと気楽にいこーぜ」
部長は立ちこぎで加速する。
僕だって、気になっている事はいっぱいあるし、現地人から色々聞きたいって気持ちもある。だけど、ドラゴンの襲撃、装置の不具合。これまでも危ない場面はあった。この探索はとてつもなく好奇心をくすぐられる反面、命の危険にさらさられる事もあるのだ。
このまま行っても大丈夫なのか?
僕の心には正体不明の不安があった。
考えている間に部長との距離は離れていく。もう三十メートルほど差が開いた。
怖い。危ないこともあるかもしれない。だけど、
「部長と一緒なら大丈夫かな……?」
僕は雑念を振り切り、ペダルに力を籠めた。
地平線すれすれに見えていた建築物もだいぶ近くまでやって来た。
地平線までの距離は約五キロだったはず。
僕らは五キロの道のりを自転車で全力疾走してやってきた。
「ぜぇぜぇ……ほら、清もうすぐだぞ」
「はぁはぁ……そうだな。だけど、これ以上このペースで走るのはもう無理……」
立ちこぎはスピードをくれた代わりに僕らの体力を奪った。昔から、持久走学年ビリ決定戦のデットヒートを繰り広げていた僕らにとってその代償はあまりに大きく、息はあがり、体には疲労感が蓄積していた。
僕は限界を感じ、サドルに尻を下した。
「もう目の前だからゆっくり行こう。僕は限界」
「全くだらしねえな」
「っていう部長ももう息上がってんじゃん。顔なんか真っ赤だよ」
全身の血液が高速で循環しているだろう、部長の顔は真っ赤で、額からは汗がダラダラと垂れている。
僕の失速に合わせて部長のペダルも止まり惰性走行へ。
部長は、リュックからエナジードリンクを取り出すと、プルドックを開け、一気飲み。
走行中なのに器用なものだ。
「プファー。カフェインが染み渡る」
「ほどほどにしとけよ。カフェインってとりすぎたら体に悪影響が出るぞ」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと加減してるから」
本当に大丈夫なのか。部長は暇さえあればエナジードリンクを口にしているが。前回のゴミ出しで、部室のゴミ箱を開ければ、大量の空き缶がぎっしりと詰まっていたぞ。
そんな話をしている間に、目的地へとたどり着いた僕ら。
建造物が複数あると思っていたが、小さな村になっていた。現在いるのは入口付近である。
日本では見られない、かなり珍しい光景だった。
すべての建物は木造。三角屋根がお洒落ではあったが、外壁は汚れておりぼろい。
「すげえな、部長。やっぱり日本じゃないだろこれ」
「まるで中世にでもやってきたような気分だな」
見慣れない光景に僕も部長も興奮していた。部長は中世と言っていたが、僕としてはファンタジーゲームの世界に放り込まれた感じがする。
気が付けば僕らはカメラで見るものすべてを写真に収めていた。
「あっちに行ってみよう」
「ちょ、待てよ部長」
どんどん奥へ進んでいく部長を僕は慌てて追いかける。
村の中心街までやってきた。
入口とは打って変わり、人通りがあった。東京や大阪などの大都市に比べれば大したことはなかったが、そこそこの賑わいはある。
露店では見たことのない木の実や、干し肉、宝石、布製品などが売られており、人々は見たことのない硬貨で取引をしていた。紙幣が使われている様子はない。
「結構な色々な物が売られてるんだな。ねえ部長、あれって何の肉だろう?」
「豚?いや、それにしては形がおかしいし、うーん……分からん」
「部室に戻ったら調べてみるか」
部長のスマホを通じてこの場でネット回線を使う手もあったが、念のため無駄な電力は使わない方がよいだろう。緊急性のない調べ物は後回しだ。
部長が口を開く。
「あと、周りの人の服装も気になるよな。洋服の一種だとは思うが」
「確かに。あんまり見ない格好だな」
道行く人々の服装はまた奇妙で、現代の日本の感覚に侵食された僕らからすると違和感を覚える。建物同様、ファンタジーの世界の住人に思える。
「ここは、演劇か映画のセット会場か何かか?」
「でも、俺たち以外にカメラ持ってる人間なんていないよな。それに、もし映画の撮影中に部外者が入っていたらさっさとつまみ出されるだろ」
「それもそうか」
じゃあ、なぜ住人達はこのような恰好をしているのだろうか。ここが日本ではなかったとしても、あまりに奇抜な服装に思える。
「通貨も見たことがないよな。なあ、部長、ここって一体何なんだ?」
「分からん。ドラゴンは出るし、服装も街並みも独特。ひょっとしたら地球ではなかったりして」
「それって異世界ってやつ?まさか。そんなのありえないだろ」
「じゃあ、ここはどこなんだよ。異世界でもなかったら、俺には合理的な説明ができないよ」
考えつつも、答えは出なかった。
とりあえず、記録用に写真をパシャリ。
僕が写真を撮っている間に、部長はビデオカメラを手にしていた。
「せっかく珍しいものが見れたんだ。写真なんてもったいない。動画で記録しよう」
建物、露店、硬貨、人。目に映るすべてが新鮮で、可能な限りを残そうと僕も部長も無我夢中でレンズを向け続けた。
しかし、その集中のせいで、自分たちがどのような視線を向けられているか気が付いていなかった。
「ねえ、あの二人って旅人かしら?」
「さぁ。見かけない服を着ているねえ」
「お母さん!あの人たち何してるのー?」
「しっ。見ちゃいけません」
「変な筒と、板を構えているけど……」
怪奇に満ちた視線と飛び交う耳打ち。
その声も姿も僕らは気にしなかった。
「よし。それじゃあ、現地人にここがどこか聞いてみよう。いくら俺たちで考えていても埒が明かない。情報収集開始だ」
「へ?」
動画撮影に飽きたらしい部長は、カメラを下した。一番近くにいた少年へと近づいていく。小学生ぐらいの身長だ。
「言語の壁はどうするんだよ」
「いいか、大事なのはここだ。ここ」
部長は胸を指さす。ハートが大事らしい。
しかし、目の前の男の子は半分泣きそうになりながら、びくびくしていた。
どう見ても怯えられている。心が通じている様子が全くないのだが。
「ねえ。君。お兄さんとちょーっとお話しようか。ほら、チョコレートあげるからさ」
「ひっ……」
「チョコレート以外にもあめちゃんも上げよう。ほら、手を出して」
「ご、」
「ご?」
「ごめんなさいー!!」
男の子は涙を流しつつどこかへ走り去った。
あーあ。逃げられた。
無理はない。新たなことを知れるチャンスだと、好奇心を抑えようとしていたのか、部長は笑いをこらえようとした結果、中途半端に笑みがこぼれて引きつったにやけ顔で迫っていたのだ。セリフも様子もまるで不審者だ。通報待ったなしである。
「なんだ。日本語通じるじゃん。」
それはそうかもしれないが、逃げられたことに対するリアクションは何もないのか。
本人は気にする様子もなく、次のターゲットを探し始めた。
二十歳ぐらいのお姉さんを見つけると、小走りに駆け寄った。
「すみません。ここってどこですか?日本語が通じるってことは日本ですか?俺たち道に迷ってしまって」
「ニホン……?」
「これだけ広大な土地があるってことは北海道ですかねえ。気温も低いですし」
「な、なにを言ってるのか私にはわかりません……」
「それにしても立派なセットですね。映画の撮影でもしてるんですか?」
「私には、あなたが何を言っているのかわかりません!」
部長を突き飛ばして逃げるお姉さん。
「あーあ。逃げられちゃった。どうするんだよ部長」
「おかしい。せっかく俺がフレンドリーに話かけてたのでに、会話が成り立ってなかった」
無視された僕。
あと、男の子の時と同様、相手を威圧するようなその姿勢はフレンドリーとは言わないと思うぞ。
「おかしいのは、拒絶されても次々とアタックできる部長の神経だよ。ちょっとはやり方変えたらどうだ?もっと丁寧に話しかけるとかさ」
「そんな偉そうな事言うんだったら、今度はお前がやってみろよ」
「えー。知らない人にいきなり話しかけるとかマジ無理なんですけど……」
「いいからやれ。部長命令だ。ほら、あっちにおばさんの集団がいるから行ってこい」
部長に服をつかまれ投げ出される僕。
前にはひそひそ話をするご婦人方。
「やだこっち見てるわ」
「怖いねえ……」
あからさまに拒絶の視線を向けられている。
そんな相手と僕も会話したくないので、そろりそろりと後ろへ下がると、背中に部長の手が当たる。
「(どこ行こうとしてるんだ。早く行ってこい)」
逃げられなかった。
結局僕は腹をくくって行く事に。
「こんにちは。お忙しいところ申し訳ないのですが、ちょっとよろしいでしょうか」
「……」
無視かよ。
沈黙を貫き、互いに顔を見合わせるおばさんたち。
「僕たち、道に迷ってしまって。申し訳ないのですが、ここがどこか教えていただければと思ったのですが……」
「……」
返事はない。
異物でも眺めるような視線を突きつけられる。
僕のメンタルはズタボロだよ。もう帰りたい。
ちらりと部長の方を見る。
「(何やってるんだよ。もっと気合を入れろ)」
彼がそれを許してくれる気はないようだ。
何を言っても無反応な相手に気合を入れようが関係ないと思うのだが。
「あの……、ここがどこか教えて頂ければ……」
「……」
「ちょっとアンタ達何してるの!!」
大声がしたので振り返ってみると、二人の女の子がいた。両方とも、防具を付け、腰から大きな剣をぶら下げていた。
「奥さん。騎士様が来てくださったわ」
「やったわね。これで安心よ」
少女達と入れ替わりでそそくさとどこかへ行く奥様方。いつの間にか建物の影に消えていた。
「不審者二人組が村人を泣かしまわっているっていう話を聞いたからやってきたけど。見るからに見かけない格好。さらに、変な二輪の荷車を持っているし。見るからに怪しいわね」
強気に詰め寄る青髪の少女。体格から察するに中学生くらいだろうか?
泣かしまわっている二人組といったが、泣かしまわっているのは部長だけであって僕は断じて違うのだが。
さてこの状況をどう切り抜けようか。
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