第5話 反省文と故障要因

(今回の前半部は部長視点です)


 俺は、ようやく生徒会室から解放された。


 二回も反省文の書き直しを命じられた。鉛筆を握りすぎて、指がつかれた。シャーペンを要求したが、あの女は、罰として鉛筆で書けと言ってきたのだ。小学生かよ。実に忌々しいね。


 一回目は素直に、俺の持論である「汚いと思うやつの心が汚いと思いました。掃除をしてもらっているのにも関わらず、文句を言うような人間は心が腐っており、まず、そいつが自分の心を掃除するべきであると思いました。よって、ゴミを端に寄せる行為は立派な掃除であり、正当な行為であると思いました。」と綴った。


すると、須川は激怒し、俺の精魂込めて書き上げたエッセイをビリビリに引き裂いたのだ。分量が少なすぎるだの、「と思いました」ばっかり使うなだの、字が汚いだの、そもそももっと反省しろだの、あいつは文句をいくつも言いあげた。


腹が立って、手をあげそうになったけど、何とか思いとどまったね。米山の話だと須川は護身レベルを超えたもはや殺人拳ともいえるほどの護身術をマスターしてるらしい。容易に手を挙げれば俺の体が原稿用紙と同じ運命をたどるかもしれない。わが身が可愛いから頑張って思いとどまったよ。


二回目は「そうじをすることは、ひじょうにすばらしいおこないであります。きれいにするおこないは、じぶんのこころのかがみであり、またそのばしょをつかうひとにたいするおもいやりでもあるのです。しゃかいのやくにだれかのやくにたつことはひじょうにすばらしいことであるとおもいます。ひとびとはたがいのつみをゆるしあい、またたすけあっていきていくべきなのです。しかしながら、よのなかには、そのことをきょうようするひともいます。わたしは、きょうようするにんげんほどしんのおもいやりをもっておらず、じぶんのこころをみなおすひつようがあるとおもいました」と綴った。


すると、再び須川は激怒した。またも、原稿用紙をビリビリに引き裂いたのだ。著作者の目の前で作品を廃棄する行為は傷つくから自制してほしいね。文字数を稼ぐために全部平仮名で書いたのがいけなかったらしい。読みにくいし、あからさまな文字数稼ぎはやめろと言われた。


どうやったら、文字数稼ぎをせずに文字数を増やせるのか教えてほしいね。


あとは、内容的にも後半がマズかったらしい。


俺は持てる限りの文章作成能力を駆使して、須川の隠喩をおこなったが、それを見事に理解した本人は、読み終わるなりこちらを睨みつけた。


俺は人間は素直な心が大切だと思うのだ。だけど、ありのままの思いを一回目に書いたら却下されたので、二回目は嘘を書いて須川を満足させようと考えた。しかし、自分の心に反するのは神経が痛むので、後半は我慢できずに素直な気持ちで書いたのだ。


三回目は割愛させてもらおう。原作は須川に回収されて手元にないし、内容も適当な嘘を並べたので覚えていない。けど、書くのにすごい苦労をしたことだけは確かだった。








俺は強制作文から解放されて糖分が足りてなかった。購買で適当なお菓子と飲み物を買って、中庭のベンチで摘まんでから部室へと向かった。


清は何をしているだろうか。あの装置について自分なりに考えているのだろうか?


旧校舎の階段を登り、最上階三階へ。


廊下を歩いていると、科学部の扉の前でノックをしている女子生徒を見かけた。


何かあったのだろうか?




「あ、科学部の方ですか?」




 女子生徒はこちらを見ると、小走りに駆け寄ってきた。




「そですけど。おたくは?」


「隣の手芸部です。実は、先程からアイロンが付かなくなってしまって……」


「はぁ」




 アイロンが付かないと言われても、故障じゃないのか?俺たちには関係のないように思える。




「アイロン以外にも部屋の電気もつかなくて……その直前に科学部の方から地震みたいな音が聞こえてので関係があるかと思って訪ねてみたのですが」


「地震みたいな音?」


「はいガガガって。振動もありました」




 なんだろう。嫌な予感がする。




「他に、まぶしい光も見えました。ちょうど窓を閉めようとした子が気が付いて……って、どこに行くんですか!?」




 俺は、手芸部の子を振り切って部室に駆け込んだ。


 清の姿はない。けど、飲みさしの湯飲みに清のカバン。ポットに触れてみるとまだ温かい。何よりも、装置のコードがコンセントに繋がっているのが一番の決め手だった。


 間違いない。清は装置を使ったんだ。




「畜生、あいつ向こうに行ったな」




 しかし、装置の電源は落ちているようだった。現在は振動も光もない。


 装置の変圧器部分に触れるとまだ温かい。やはり数分前まで電源は入っていたのだろう。


だが、電源スイッチに触れても反応はなかった。


故障か?


まずいことになった。清が向こう側に行っている最中にワープホールが消失した。戻ってこられないじゃないか。すぐに修理しないと。


けど、装置について、なぜワープホールが発生するのか、故障原因は何か一切分からないので手の打ちようがない。


落ち着け。冷静になれ。焦っても逆に頭は冴えない。不安は解決への足かせだ。


深呼吸をして息を整える。




「ちょっと、聞いてますか!?私達、アイロンが使えなくて困ってるんです。電気も!」




 ドア越しに訴えるのは、先程の手芸部。ノックも加えられる。


 ああ。こっちは友人の命が掛かっているのだ。一分一秒が惜しい。くだらない事を言ってくるな。




「本当に私達困ってて……スマホの充電もできないし……」




 待てよ。充電ができない?アイロンが付かない?照明もつかない?


 俺は最初、手芸部の問題要因はアイロンの故障で、間違えた考えで科学部の騒音と絡めて文句を言っていると思っていた。しかし、スマホの充電ができない、照明が付かないというのは部屋全体に電気が来ていないという事だ。アイロンの故障ではない。


 そして、現在装置の電源もつかない。という事は、この部屋の電気も止まっている可能性はないか?


 照明のスイッチを押す。やはり電気は付かなかった。次にエアコンのスイッチも押す。こちらもダメだ。


 と、なると考えられる原因は、




「ブレーカーだな」




 前に友恵がいたころ、彼女からこの学校の配線図を見せてもらったことがあった。








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『よーし。直正君。今日は面白いものを見せてあげよう』


『面白い物ってなんだよ』


『これさ』


『学校の配線図?』


『そうさ。見て、この部屋と隣の部屋は共通のブレーカーを使っている。つまり、手芸部と同時に高消費電力の物を使ったら、この部屋の電気も落ちるわけだ』


『ふーん』


『なんだい?せっかく僕が持ってきてあげたのに興味なさげだね』


『ブレーカーなんてどうだっていいだろ?』


『いやいや、きちんと実験環境を把握するのも大事だよ。この学校はケチだからね、契約しているアンペア数がかなり低い。つまり、アイロンみたいなたくさん電気を使うものと、何か電気をたくさん使う実験を同時にやれば、ブレーカーは簡単に落ちてしまうのさ。電気系の事をやる時は覚えておいた方がいいかもね』






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参ったな。戻れないぞ。


僕はかなり焦っていた。


今は、いないが再びドラゴンが襲ってきたら、今度こそ絶体絶命だ。部室にも戻れないし、焼け野原にするだけの力に武器なしで敵う訳がない。


いや、危険はドラゴンだけではない。野生動物にでも襲われたりしたら大変だ。熊とか出てこないよね?蛇みたいな毒のある生物もお断りだ。


僕は恐怖と絶望で、今度こそ頭がブラックアウトした。


部長が居ればまだ頼りになったかもしれないが、彼は作文を書いている真っ最中だろう。


部長は普段はへらへらして頼りないけど、いざとなれば頼りになる。昨日だって、何もできなかった僕の手を引いてくれた。彼が居なかったらあのまま死んでいたかもしれない。


対照的に僕は、普段は部長よりもまともだけど、有事の際は全然ダメだ。一回パニックになると、もうどうしていいか分からなくなる。


迂闊に装置を使った自分を呪いたい。好奇心を抑えて部長を待つべきだったのだ。危険かもしれない事は分かっていたじゃないか。


 思わず涙が出た。








 あれからどのくらい経っただろう。僕はその場に座り続けた。脱力して、絶望に浸っていた。




「……水が飲みたい」




 部室にいたちょっと前までは、ポットでいくらでもお茶が飲めた。水道水なんて蛇口を捻ればいくらでも出た。


 腹も減った。


 購買のカップ麺やおにぎりは、いつもまずいと部長と共に文句を言っていたが、今ではとても恋しい。


 空はまだ明るく、青々としていた。


 が、夜になったらどうしようか。


 飢えと孤独の中、野生生物に怯えながら耐えるしかないのだろうか。


 それに、木についた氷の謎も解けていない。


 もし、仮設通り、この森がすごい寒暖差があって、深夜は氷点下まで冷え込むのであればこんなペラペラのシャツとペラペラの背広だけではとても一夜を越せない。朝になる前に凍え死ぬ。


 と、なると、僕の命もあと数時間で消えてしまうのか。


 携帯は相変わらずの圏外。


 助けは呼べない。




「どうすればいいんだよ……」




 詰みだ。


 解決策は一つもない。装置の故障で修理すれば治るとしても、その装置は部室にあるのだ。こちらからでは、部室の様子は一切不明。連絡も取れない。


 せめて、死ぬまでに彼女の一人は欲しい人生だった……


 絶望していると、チリッっと変な音がした。


 なんだ?


 再び音がする。


 首を上げてみると、空中放電のような現象が起きていた。


 ピカっと光が走る。


 数回光るとやがて光は球のようにまとまり、次第に大きくなる。


 部室の装置の光と似ている。


 光は半径一メートルぐらいにまで成長すると、それ以上は大きくならなかった。そして、中から見覚えのある顔が出てきた。




「よお、大丈夫か」


「ぶ、部長」




 感動の再会だ。




「ブレーカーが落ちてさ、装置が止まってた。電気入れたらついたよ。故障じゃなくてよかった」


「でも、なんでブレーカーなんか落ちたのさ」


「この装置の消費電力が大きいってこともあるけど、一番の原因は手芸部。あいつら、エアコンつけながら馬鹿みたいに一度に何台もアイロン使ってな。科学部と共通の配線使ってたから、巻き添えを食らったってわけさ」




 そうか、諸悪の根源は手芸部だったのか。


 悪意はないとはいえ、彼女らのせいで僕は死にかけたのだ。あとでイタズラの一つでもしてやろうか。


 こうやって、部長の考えそうな事を思いつくぐらいには、僕の精神は通常通りに戻っていたらしい。


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