第4話 掃除さぼりと帰宅困難
翌日。
昨日は散々であった。あれから、須川にこっぴどく叱られた。いつもは反発する部長も、疲れて言い返す気力がなかったらしく、二人で大人しく罵声を浴びせられ続けた。
あの装置がどうしてワープホールを作れたのか、昨日訪れた場所がどこだったのか、あのドラゴンは一体なんだったのか。疑問は次々と沸きあがり、じっくりと考えたかったが、須川に部室を追い出され、そのまま帰宅し、なにも進展のないまま翌朝となった。
泥だらけの制服と上履きの洗濯は大変であった。制服があるので、大丈夫だが上履きはまだ乾いてない。仕方がないので今日は来客用のスリッパを使わせてもらうことにした。先生に理由を説明するのは、難しかったが適当に丸め込んでなんとか使用許可を得る事ができた。
教室へ入ると部長がすでにいた。僕と同じように来客用スリッパを使っている。
「おはよう部長」
「うぃーす」
「珍しく早いな」
いつもは、寝坊して遅刻ギリギリに登校してくるのが部長の日課なのに。今日は雨が降るんじゃないだろうか。チャリ通用のレインコート持ってこればよかった。
「昨日の夜から色々考え事してたら眠れなくて、徹夜したおかげで寝坊しなくて済んだから」
「考え事って昨日のあれ?」
「そうだよ」
昨日のあれとは、もちろん装置関連の話だ。謎の森にワープして、原っぱでドラゴンに襲われた事である。
「装置については、設計段階から見直してみたけど、やっぱりおかしい所はなかったし、ワープホールが発生した原因についても分からん」
「あの森は?」
「手がかりなしだ。ネットでそれっぽい場所を検索したけど、森なんて無数にヒットするし特定するのは無理」
「赤いドラゴンは?」
「全く分からん。火を吐く生物なんて聞いたこともないし、当たり前だけど検索しても、図鑑で調べても出てこない。アニメや映画の情報しか……」
「なんの話してるの?」
声を掛けられたので振り返ってみると、女子生徒がいた。同じクラスの子である。青色の瞳に、銀色の髪の毛。カラコンと染料を使ったのだろうか?
彼女の顔立ちは、日本人っぽくなかった。背も高い。初めて見た時は外国人かと思ったが、名前は、普通の日本人の物だったはず。両親のどちらかが外国の方だったりするのだろうか?今まで話した事がなかったのでわからない。
「誰?」
「クラスメイトぐらい覚えろよ部長……同じクラスの日熊さんだよ」
「二人としゃべるのは初めてだよね?わたし、日熊ちえりって言います」
「どうも、今井です」
「米山です」
簡単な自己紹介を済ませる。
日熊さんは、朝からテンションが高く、低血圧気味な僕と、寝不足でふらついている部長とは対照的だった。最近の若者って元気だなぁ。僕は、年齢だけ若いけど、運動してないから体は高齢化している。
「なんか、面白そうな話が聞こえてきたから、来ちゃった。赤いドラゴンだっけ?」
「……」
「……」
黙り込む僕と部長。昨日あった出来事をそのまま話したら頭のおかしいやつ認定されるだろう。誰が、ドラゴンと遭遇したなんて信じる?
「(どうするんだよ部長)」
「(ごまかすしかないだろう)」
「(どうやって?)」
「(俺が何とかする)」
ひそひそ話で打ち合わせをする。日熊さんは?マークを浮かべてきょとんとしていた。
部長はごまかすように咳払いを一つすると、
「いやぁ、昨日放送されたアニメの話をしてたんだよね」
「アニメ?」
「そう、異世界でドラゴンと戦うやつ。リアルタイムで見る為に徹夜してたからもうふらふらだよ」
部長のごまかし方はうまかった。隈の言い訳に絡めることで説得力を増している。
「そうなんだ。二人ともそういうの好きなの?」
「そこそこ好きかな。清は?」
「多少嗜む程度かな」
「へー。面白そうだね。私も見ようかな?放送時間教えてよ」
「……」
痛い質問をされた。今期のアニメはうる覚えだったが、昨日は日常アニメとスポーツアニメしかやっていなかった気がする。日熊さんがネットで検索でもしたら嘘がバレるだろう。
僕は、どう返答するのだろうと、部長を見ていると、
「あれ、途中までは良かったけど、昨日はクソ展開だったから見なくていいよ。あれから原作の評判もチェックしたんだけど、今後も面白くないらしいし。あれ見るぐらいだったら別のやつ紹介するよ」
「……へー。そうなんだ。それはちょっと残念だな」
「そうなんだよ。俺もわざわざリアタイで見てたんだけど、損したよ。大人しく寝ればよかった」
上手くはぐらかす部長。この人、追い詰められた時の言い訳は妙に上手いんだよな。小学生の時も、しょっちゅう宿題忘れて、先生丸め込んでもみ消してたし。一番すごかったのは小五の夏休みの宿題を自由研究以外、全く手をつけなかったけど、全部チャラにした事だ。
その後も、部長と日熊、時々僕の三人での雑談は続けられた。十分ほど経つと、始業開始のベルが鳴ったので、彼女は席へ戻っていった。
「……『赤いドラゴン』か」
昼休み。
僕と部長は部室にて昼食を取っていた。教室で騒がしい中、食べるよりも、部室の方が静かで僕は好きだ。けど、部長が来た目的は違うらしく、片手でおにぎりを持ちながら、装置をいじったり、パソコンで作業をしていた。
「何してるの?」
「昨日の事。一応、装置についてもドラゴンについても調べ終わってはいるのだが、何か進展があるかもと思って。とりあえず、ネットで調べたり、配線見てるだけ」
そう言いつつ熱心に調べている部長だが、もうふらふらだった。エナジードリンクを朝から四、五本飲みつつ、作業を進めている。
大丈夫かこの人?一回休ませた方がいいんじゃないのか?
「部長、顔色悪いけど早退した方がいいんじゃないの?」
「いや、少しでも装置に触れられる時間を増やしたいからいい」
「でも、見るからに体調悪そうだけど」
「大丈夫。午後の授業全部寝るから。それで仮眠できる」
いや、授業時間を睡眠時間にするなよ。しかも、午後の授業文系教科だぞ。きちんと勉強しないと次のテストで泣きをみることになるぞ。テスト落としたら部活できなくなるんだが。
部長がおにぎりを食べ終わった頃。廊下の人感センサーに反応があった。LEDが赤点滅を始める。
「やっべ。誰か来た」
慌てる部長。装置と繋いでいたケーブルや電源コードを引き抜き、慌ててノートパソコンをカバンの中に押し込んだ。
「今井。米山さん。いらっしゃいますか?」
この声は会長だ。
「鍵を開けてもらえるかしら」
「要件を言え」
「いいから開けなさい!」
見られてマズイものは全部隠したはずなのに、部長はドアを開けるのを拒んだ。あいかわらず、会長に対する反骨精神が強い。
「仕方がありませんわね。生徒会に対する反逆として今すぐ活動停止の措置を……」
ガチャリ。
その瞬間部長は施錠を外した。
「ご用件はなんでしょうか須川さん」
引きつった笑みを浮かべながら迎える部長。部活存続の首根っこを掴まれているので、流石に折れたらしい。
三分後。
僕と部長は箒と塵取りを持って階段に立っていた。
「クソ。どうして俺がこんなことしなくちゃいけないんだよ」
「そりゃ、僕らが泥だらけの靴で歩いたからな」
会長曰く、昨日、校舎の施錠前の見回りで階段と廊下が酷く土で汚れている所を発見したらしい。それで、掃除をしろと僕と部長に言いつけてきた。
森で汚した上履きで、そのまま正面玄関まで移動したからな。汚れるのも無理はない。本当は雑巾で靴底を綺麗にしてから帰ればよかったかもしれないが、ドラゴンや装置の事ばかり考えていて、そんな些細な問題まで頭が回らなかった。
掃除命令する会長に、部長はお得意の言い訳でもみ消そうとしたが失敗した。
下校時刻の見回りの際には土汚れはなかった。しかし、施錠前についていたということは、下校時刻後に汚した人がいる。下校時刻を過ぎて、旧校舎にいたのは会長の他に、僕と部長の二人だけ。よって、犯人は僕と部長であると。
他に犯人がいないと言われてしまっては、言い逃れる事もできなかった。それでも部長は『野良猫が入ってきてよごしたかも』などと見苦しく抵抗していたが、土汚れが靴型であると言われて反論できなかった。
それで、貴重な昼休みに掃除をさせられているという訳だ。
「ちゃんとやるのですよ」
「チッ」
「何かいいました?」
会長は笑顔で活動休止命令と書かれた紙をちらつかせている。
「部長。残念ながら諦めろ」
「クソぉ。今に見てろ。あいつに一泡吹かせてやる」
会長は生徒会の仕事があるという事で行ってしまった。僕と部長の二人が取り残される。
僕は仕方なくせっせと手を動かした。部長もぶつぶつ言いつつも箒を動かしていた。
「部長塵取りいる?」
「いらない」
「必要になったら言って」
「いや、ずっと必要じゃない」
「??」
掃除も終盤。僕は集めた土を回収してゴミ箱に捨てていたのだが、部長はまだなのだろうか?時間的にそろそろ集め終わっているはずなのだが。
部長の担当エリア、二階より上へと行ってみると、土汚れはなくなっていた。――中央は。
「部長、ちりとりいらないってどういう事?」
階段の隅の方に小さな山がいくつかできていた。茶色い。多分、部長が集めた土だろう。
あれは回収しなくていいのか?
「いいか、清。大半の人間は真ん中が綺麗になってたら、全体が綺麗であると錯覚してくれるんだ」
「はぁ……」
「だから、掃除なんて、ゴミを端に寄せればそれでいいんだよ」
「いや、ダメだろ。会長にまた怒られるぞ」
あの人、几帳面だからな。端の方まできちんと見ると思うぞ。部長がサボるのは勝手だが、僕まで巻き込まないでほしい。一階二階間の階段は僕がちゃんと塵取り使って掃除したのだ。その功績を二階三階間で打ち消さないでほしい。
「いいか。隅っこの事をグチグチ指摘する人間なんてな、ろくな奴がいないんだ。重箱の隅を叩くような奴の人間性の方がおかしい。よって、この掃除の仕方で怒られるんだったら、俺が悪いのではなくて、問題は須川の人間性の方にあるんだ」
「お、おい部長。その辺にしておいた方が……」
「なんだよ。せっかく世の中の裏技を教えてあげようと思ったのに水を差すなよ。お前も須川みたいに空気の読めない人間にならない方がいいぞ」
「だから、その辺にしておいた方が……」
「どうした?急に顔真っ青にして?貧血でも起こしたか?」
そりゃ、顔を真っ青にしますとも。なぜなら、あなたの後ろには……
「誰が空気の読めない人間ですって?」
……とっても笑顔な会長がいらっしゃるのだから。笑顔なのになぜか恐怖を感じた。
「散々言ってくれましたわね。今井。人間性がどうやら、世の中の裏技を教えるだの」
「……」
普段の会長の十倍マシぐらいで怖かった。彼女の背中から不気味などす黒いものを感じる。背後霊でもいるのではないだろうか。
いつもは反発する部長も、あまりのオーラに委縮してしまっている。先程までの元気はどこへ行ったのだろうか。
「今井。一つお尋ねします。この掃除の仕方に対して私が文句を言うのは私の人間性が悪いのかしら?それともあなたが悪いのかしら?」
「そりゃ、あなたの人間性……」
「え、なんて?もう少し大きな声で仰ってくれないと聞こえませんわ?」
「須川のにんげ……」
「え、なんて?もう少し大きな声で仰ってくれないと聞こえませんわ?」
「……」
一回目よりも二回目の方が圧が強い。最後の力を振り絞って反抗しようとした部長も縮こまってしまった。
「……俺が悪かったです」
部長は小さな小さな囁き声でボソッと言った。
先程よりも明らかに声量は小さいにも関わらず、
「ですわよね。話が早くて助かりましたわ」
会長の耳にはきちんと届いたらしい。
「で、でも、ここを掃除したのは俺じゃないんだ。俺は一階と二階の間の階段を掃除して、ここをやったのは清なんだ。塵取りなんて使わないでもいいなんて言い出したのも清で、俺はただ気を使ってこいつの話に合わせてただけで……」
「は?部長ふざけんなよ」
こいつ、言うに事欠いて、僕に責任をなすりつけようとした。巻き込むよりもたちが悪いぞ。
「だから、説教をするのなら、どうぞ清を持って行ってください。ここの掃除もこいつにさせてもらえれば……」
「は、離せよ」
部長は強引に会長の前に僕を差し出す。僕も抵抗するが、これも火事場の馬鹿力なのか、部長の腕はやけに力強く逃げ出せない。
「ほら、どうぞどうぞ」
「だ、だから違うって。会長、僕は一階と二階の間を担当して、ここは部長の管轄で、僕は塵取りを使うように言ったんです」
「こいつ、言うに事欠いてそんな嘘をペラペラと!嘘つきは泥棒の始まりだぞ!恥ずかしくないのか!!」
それはこっちのセリフだよ。
部長の演技はやけに熱が入っており、何も知らない人が見たら騙されそうなほど、勢いがあった。
もう終わりだ。
僕は観念して腹をくくった。
目を後ろにやれば、部長が勝ちを確信してニヤリとほくそ笑んでいる。
「安心してくださいまし。米山さん。私はそのような言葉に騙されませんわ」
「へ?」
「谷君。いらっしゃい」
呼ばれて出てきたのは、体の細い眼鏡をかけた男子生徒だった。制服も規定通りきちんと着こなしており、優等生の雰囲気が感じられる。部長とは対照的だった。
「彼と私とで、隠れてあなた達の様子を観察していました。私は今井を。谷君は米山さんを。それで、谷君。米山さんはきちんと清掃をなされてたかしら?」
「はい。米山君は丁寧に土を集め、回収、廃棄してました」
「だそうよ。今井」
「……」
またしても、部長の完全敗北であった。
結局、昼休み。僕は途中で解放されて、部長はあの後監視付きで掃除の続きをさせられた。そして、サボろうとした罰として、生徒会室にて放課後の現在、反省文を書かされているらしい。聞いた話によると、会長が納得する物が書けるまで生徒会室から出れないとか。授業が終わると同時に縄を持った会長が、僕らの教室まで来て部長をひっ捕らえていった。
そんな訳で、僕は一人部室へと来ていた。
「部長はいつになったらこれるのでしょうかねぇ」
あの人、文才ないし、厳しく言われるほど反発するからなあ。もしかしたら、今日中に学校から出られないかもしれない。部長と同じような性格の校則違反者が反省文が書けるまでの三日間、外に出られなかったという校内伝説もあったりする。部長にはぜひともその説の実験台になってほしいね。
などと考えつつ、お茶でも淹れ、席へ座った。
やる事がない。
僕は暇だった。装置についていじろうかとも考えたが、僕には仕組みがイマイチ分かっていないから下手に触って壊したらいけない。
ドラゴンとあの森について調べようかとも思ったが、現在ネットにつなげる端末はスマホしか持ち合わせておらず、小さい液晶でちまちま物を調べる気もなかった。
ぼーっと、スーパで一番安かったティーパック緑茶を飲みながら装置を眺める。
これで本当にワープホールが作れる。
昨日の出来事を思い出す。あまりに非日常的過ぎて現実感が湧かない。
だが、興味はあった。未知への好奇心。知的な欲求。
部長に比べると僕はビビりなので、なかなか踏ん切りは付かないが、僕の心にもそのような物は確かにあった。
プラグは昨日から抜いてあった。
コンセントに差してみる。
何も起こらない。
電源を入れないと発生しないのか?
床に散らばった配線をかき分けた。配線山の一番下には、無造作にトルクスイッチがあった。側面に電源と書かれたビニールテープが貼ってある。
気が付けば僕は押していた。
装置が振動をはじめ、コイル円中心から発光が始まる。
昨日と同じ光景だった。
光は徐々に大きくなり、やがて半径一メートルのコイル円全体へと広がる。
ここに飛び込めばあそこへ行ける。
恐怖はあった。またドラゴンに襲われるかもしれない。他にも危険があるかも。
「まあ、何かあってもすぐに帰ってこれるし……」
危険があれば、ワープホールに飛び込んで装置の電源を落とせば済む話だ。遠くまで行かなければ大丈夫じゃないか?
恐怖心と好奇心の天秤は、好奇心へ僅かに傾き、気が付けば僕は足を踏み入れていた。
「!!」
まぶしさに目を閉じる。
次に目を開けた先は昨日と同じ森だった。
「夢じゃなかったのか……」
だが、ワープホールを中心に周囲の木の何本かは黒焦げになっていた。ほぼ燃え尽きて原型をとどめていないものもある。
多分ドラゴンの仕業だろう。間一髪の所で逃げ出せたが、遅れていれば僕らもこの木と同じように燃やされていたかもしれない。
しかし、気になることがある。
草原を焦がしたあの火力があれば、この森の惨状はもっと悲惨なものになっているはずだ。木という燃えやすい物が生い茂ってるにも関わらず、被害範囲は草原よりも小さかった。
燃えてない木を見てみた。表面に光沢があり、太陽光を反射している。
妙だな。コーティングでもされてるのか?
表面に触れてみる。冷たい。薄い氷で固められてた。
氷?なぜ、こんなところに氷があるのだ?
夜になれば、この辺りは氷点下まで冷え込むのか?でも、今の気温は氷点下とは程遠い。体感で二十度前後だろう。
そういえば昔、砂漠の昼夜の寒暖差は激しいという話を聞いたことがある。確か、二十度以上、夜は冷え込むとか。もしかしたら、ここの気候もそのような特殊なものかもしれない。
地学分野に関しては、僕は知識が薄い。きちんと調べる必要がありそうだ。
僕は検索するために、スマホを取り出す。
「あ、そうだ。ここ圏外だった」
ネットを使う為に一度部室に戻るか。
来た道を引き返すと、そこにあるはずのワープホールは綺麗に消えていた。
「へ?」
僕は一人森に取り残されたのだった。帰路は断たれた。
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