第2話 真の力

ワルザックに呼び出されたアレスは、オーエンの代わりにハイ・ポーションの製造を押しつけられた。

舌打ちをしながら魔素遮断室に入ったアレスは、乱暴にスイッチを押す。


「ったく……何で俺がこんな事を……オーエンの奴、使えねぇ……」


そして手に取った注文書を見て、アレスは目を丸くした。


「な、7本……?嘘だろ?」


アレスは慌てて過去の注文書を漁った。

見れば、昨日は15本、その前は3本、そのまた前は6本と、とてもじゃないが一人で裁ける量ではない。


オーエンは三級錬金術師……これじゃまるで一級錬金術師並みの、いや、それ以上の仕事量だ。


「もしかして⁉」


アレスは品質チェッカーの履歴を遡る。

確かにSで間違いない。


この量で、しかも品質Sだと?

納品先は大抵がハインリヒ公爵家か……。


「そうか⁉そういうことか……」


オーエンは水増しをしている。

品質チェッカーの結果を改竄し、そのまま何食わぬ顔で納品しているのだ。


相手は貴族……、どうせ禄に中身もチェックしていないのだろう。

多少薄めてもハイポーションだ、薬効は高い。

なるほど、あいつも考えたもんだ。


「くくく……そうだ、そうでないと三級如きがこんなこと出来るわけが無い」


アレスはそう結論づけて、ハイポーション作りを始めた。

久しぶりの作業だったせいか、一本作るのに朝までかかってしまった。


出来上がったポーションを七本均等に分け、アレスは水で薄めた。

念のためチェッカーで検査すると、判定は『B++』だった。


「まあ、問題ないだろう」


何かあっても、オーエンのせいにすればいい。

大きな欠伸をしながら、アレスは魔素遮断室を後にした。


数日後――。

あれから魔力も回復して、体調の方は万全とは行かないまでも、二徹くらいなら平気になった。

いつも通り工場でポーションの製造作業をしていると、何やら入り口の方が騒がしい。


「どうしたんだろう?」


だが、納期も迫っているし、油を売っている暇など無い。

俺は気になる気持ちを抑えて、黙々と一人作業を続けていた。


「おい!オーエン!オーエンはいるか!」


凄まじい剣幕で工場長のワルザックさんがやって来た。

その後ろには、帝国騎士が二人付き添っている。


「は、はい!工場長、何かありましたか?」

「オーエン!貴様ぁ!自分が何をやったかわかっているのか!」


「え……」


訳が分からず、頭の中が真っ白になる。

すると騎士の一人が前に出て、

「貴殿がディミトリ・オーエンですね?」と訊ねた。


「は、はい……そうですけど……」

「ハインリヒ公爵家に納品されたポーションが薄められていました、当家の注文は品質『S』のハイポーションです。ですが納品されたのは『B++』の劣化ハイポーションでした。心当たりはありますか?」


「えっ⁉そ、そんな!知りません!」

「白々しい嘘を吐くな!アレスから全部聞いたぞ!」


「いや、一体……何が何だか……」

「ふん、貴様はよりもよって、ハインリヒ公爵家に納めるポーションを水増しおって!許される行為ではないぞ!」

「ちょ、いや、何かの間違いです!ちゃんと調べてください!チェッカーで検査もしてますし、何も悪いことなんてしてません!」


「ええい、まだ白を切るつもりか!」


ワルザックが拳を振り上げたその時、騎士の一人がそれを止めた。


「工場長、我々は犯人を捜しに来たのではありません。公爵様は注文通りに、品質『S』のハイポーションを納めていただければ、それで構わないと仰せです」

「は、はい、それはもちろん……一週間以内には必ず」


「わかりました、そう公爵様にはお伝えします。では、失礼――」


騎士達は踵を返し、工場を出て行った。


「オーエン!お前はクビだ!今すぐ出て行け!」

「え……でも」

「当たり前だろう!本当なら憲兵隊に突き出すところだが情けをかけてやる、退職金だと思え!」

「工場長、僕がいないと納品が間に合わないと思うのですが……」

「ハッ!お前のような三級錬金術師が何を寝ぼけたことを……お前の代わりなどいくらでもいる、さっさと出てけ!」

「わ、わかりました……では、短い間でしたがお世話になりました。これで失礼します……」


頭の中がぐちゃぐちゃだ……。

一体、俺が何をしたって言うんだ?


荷物を持って工場から出た時、アレス主任にちょうど出くわした。


「ア、アレス主任!あの、僕……何もやってません!」

「うるせぇな!俺は何も知らねぇよ、触んじゃねぇ!」


「うわっ⁉」

アレスに突き飛ばされ、俺は地面に転がった。


「いいか!二度と顔を見せるなよ!」


アレスはそう吐き捨てると工場へ入っていった。


「く……くそぉ……」


俺は土を握り絞め、地面を殴った。

涙で地面が歪んでいた。



* * *



仕事が無くなった俺はしばらくの間、休養を取ることにした。

朝起きて山に行き、ぼうっと丘から広がる草原を眺めたり、湖に行って絵を描いたり、川に釣りをしに行ったりして過ごした。


すると、次第に体調も良くなり、自然と働く意欲も湧いてきた。

そうだよな、このままじゃ駄目だ――。


折角、錬金術師の資格を取ったんだし、ウジウジしてても始まらない。

ポーション工場は無理でも、小さな工房なら雇ってもらえるかも知れないしな。



次の日、俺は城下町にある錬金術師ギルドに向かった。

この国では、冒険者なら冒険者ギルド、魔術師なら魔術師協会と、職業によって斡旋してくれる組織も分かれている。


ギルドに入ると横に長いカウンターがあり、職員が並ぶその前には、職を求める錬金術師達が列を作っていた。

一番空いている列に並び、俺は順番を待った。


「次の方、どうぞ」

「はい、よろしくお願いします!」


眼鏡を掛けた美しい女性だった。

顎の辺りまでの長さの黒髪に蒼い瞳、耳の形からしてエルフ族かな。

知的な雰囲気を持つ綺麗なお姉さんといった感じで、内心ちょっと嬉しかった。


「えっと……ん?ディミトリ・オーエン?確かガーゴイル・カンパニーじゃ……」

「あ、す、すみません!実は……クビになってしまいまして……」


「えっ⁉辞めた⁉」


お姉さんはとても驚いた様子で慌てふためいている。


「ちょ、ちょっとここで待ってて下さい!」

「あ、はい……」


お姉さんは慌てて奥へ走って行った。


「なあ、あんた本当にディミトリ・オーエンかい?」

「え?」


突然、後ろに居た人達に話しかけられた。

もしかして、あの事件の悪評が広まってたりして……どうしよう⁉


「あ、はい……そうですけど……」


ドキドキしながら答えると、一斉に皆が沸き立った。


「「おぉ~!!本物だ!」」

「いやー、まさか伝説の錬金術師に会えるとはなぁ!悪いが握手してもらってもいいか?」

「へ……?」


ど、どういうこと?

訳が分からないまま、俺は皆と握手を交わした。


「すげぇよな、あんたが作るポーション。あの品質はS+++じゃねぇかって噂だぜ?」

「良くあんな短納期であの量を、一体、どんな手法を使ってるんだよ?」

「良かったらウチの工房紹介するぜ?」


「え……あ、あはは……」


これは一体……何が起きてるんだ⁉


「ちょっと、貴方達!オーエン氏に失礼です、下がりなさい!」


職員のお姉さんの一声で、潮が引いたように静かになった。


「さて、別室をご用意しました、こちらへどうぞ」

「べ……別室?」

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