ブラックポーション工場をクビになったら、伝説のポーションマスターとして後世に名を残すことになった件
雉子鳥 幸太郎
第1話 ブラックなポーション工場
俺の名前はディミトリ・オーエン、三級錬金術師だ。
ベルクカッツェ帝国にあるポーション工場『ガーゴイル・カンパニー』で働いている。
「おい、オーエン!明日納品だからな、間に合わせとけよ!」
「あ、はい!頑張ります!」
「よし、行くぞお前ら」
「アレスさん、今日は朝まで帰しませんよ?」
「お?言ったな?望むところだぜ」
「「わははは!」」
相変わらずというか、主任のアレスさんの無茶振りはエスカレートする一方だ。
最初のうちは手伝ってくれていた同僚達も、次第にアレスさんと一緒に、城下町の酒場へ行くようになってしまった。
だが、反復トレーニングというものは恐ろしく、今の俺は10人かかってやっと生産できる量のポーションを、たった二時間ほどで作ることができるようになっていた。
「あー、これも納期が迫ってるな……よし、さっさと終わらせよう」
人気の無くなった工場で、在庫チェックを始める。
せめて、本数だけでもリストになってれば楽なんだけど……。
この工場に錬金術師は三人だけ。
工場長で一級錬金術師のワルザックさん。
二級錬金術師で主任のアレスさん。
そして、三級錬金術師の俺だ。
本来なら工場長の範囲魔法で大量生産が可能なはずだし、アレスさんも工場長までとはいかずとも、三級の俺よりは大量に生産ができると思う。
だが、不思議なことに、俺がここに就職してからというもの、ただの一度も二人がポーションを作っているところを見たことがなかった。
それに……錬金術師が在庫チェックをするなんて聞いたことがない。
在庫チェックも大事な業務のひとつだし、決してやりたくないわけではないのだが、錬金術師になればポーション作りに専念できると思っていただけにショックだった。
折角、国家資格を取ったのになぁ……。
まあ、愚痴を言ってもポーションが増えるわけでもない。
前向きなのが俺の取り柄だ。きっと工場長達も俺を育てようと仕事を振ってくれているのだろう。
俺は黙々と棚に並ぶ水の入った瓶の数を数え、同時に手をかざして魔力を注入してポーションを作っていく。
初めは数えた後にポーションを作っていたのだが、やっているうちにこの形に落ち着いた。
時間も限られているし、何より大量の瓶を数えて疲れ果てた後に、魔力を注入をする気になれなかったのだ。
「ふ~、あとは特注のハイ・ポーションか」
真っ白な魔素防護服に着替えて、ハイ・ポーションを作る魔素遮断室に入る。
この遮断室で作業を行うことによって、外部から混入する微量な魔素の影響を防いでポーションの質を高めることができるのだ。
遮断室の中は赤いランプが点っているが、扉を閉めてスイッチを押すと青白い光に変わる。
大気中の魔素が取り除かれた証拠で、これで作業の前準備は完了だ。
「さて、今日のノルマは……えっ⁉じゅ、十五本⁉」
う、嘘だろ……ハイ・ポーションはどれだけ頑張っても、いまの俺じゃ一本三時間はかかる。
それが十五本……⁉
単純計算で……えーっと……45時間⁉
どうしよう……絶対に間に合わないんだけど?
俺は時計に目を向ける。
今から朝までぶっ通しでやったとして4本か……。
発注書に目を通すと、依頼主は『ハインリヒ公爵家』とあった。
「ま、マズい……貴族からの注文だ……」
サッと血の気が引いた。
貴族の注文は絶対だ……。
期限内に用意しなければ、どんなお咎めがあるかわからない。
「と、とにかく……やるしかない!」
「おい、起きろ!おい、オーエン!」
「ん……んん……」
目を開けるとアレスさんが俺の顔を覗き込んでいた。
「あ、おつかれさまです!あれ?ここは……」
「何を寝ぼけてやがる、さっさと仕事に戻れ!ったく、工場で寝泊まりするなって言っただろうが……」
「すみません……あっ⁉そうだ、ハイ・ポーションの納品は間に合いましたか⁉」
「あ?お前自分で作っといて忘れんなよ、さっき全部納品したぞ」
アレスさんの言葉に、俺は胸を撫で下ろした。
「よ、よかったぁ……」
「おい、品質に問題はないだろうな?」
「あ、はい!それはもちろん!ちゃんとチェッカーで検査して、オールSを確認しましたから」
「そうか、ならいい」
アレスさんはそれだけ言うと、どこかへ行ってしまった。
「あぁ……身体が痛い」
ガチガチになった筋肉をストレッチでほぐしながら、俺は今日のスケジュール表に目を通した。
「え⁉今日もハイ・ポーションが……」
参ったな……。
昨日は、運良く作業中にレベルアップしたから良かったが、もう魔力は底を尽きそうなほど消耗している。
少し休んで回復させないと……。
俺は工場長に相談をしようと工場長室に向かった。
美しい装飾が施された扉をノックする。
向こうからワルザックさんの声が聞こえた。
「入れ」
「失礼します……」
ワルザックさんは片眉を上げ、俺を睨みながら大きくため息を吐いた。
「何だ、オーエンか……どうした?」
「すみません、工場長。実は今日もハイ・ポーションの注文が入っているのですが、ちょっと昨日の作業で魔力を消耗しすぎてしまって……」
「……それで?」
「その……申し訳ないのですが、今日の制作分は、工場長かアレス主任に代わってもらえないかと思いまして……」
「何を言っている!魔力枯渇ごときで弱音を吐きおって!そもそもやる気がないからいつまで経っても三級錬金術師のままなのだ!」
「す、すみません……ですが、今回ばかりはどうやっても僕には無理です……」
「くっ……この、使えん奴め!もういい!さっさと回復して来い!」
「は、はい!申し訳ありませんでした!」
オーエンは深く頭を下げ、工場長室を出る。
良かった、これで久しぶりにベッドで眠れる――、オーエンは心から安堵した。
そして、数日ぶりに我が家に帰ると、オーエンは埃っぽいベッドに倒れ込み、そのまますぐに眠ってしまった。
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