システム起動
2人について行くように中に入ったケイは驚く。
縦に並んだ五席の椅子と壁一面に魔道機と思われる計器が設置されている。
「坊主、お前はここに座れ。」
ケイは一番後ろの席に座らされた。
そこには大きな黒い板があり、手形のように白く線が書かれている。
ギンとワンは目くばせすると、ワンは前から二番目の席に座った。レバーなどが一番たくさん付いている席だ。ギンは三番目と四番目の席を行き来しながら何かチェックしている。
2人が目くばせする中、ワンの顔を見たケイは驚いた。
(地底人?)
いつも見慣れた老爺の顔ではなく、無機質な目に硬質な肌。ケイが物語で見た地底人そのものだったのだ。
展開についていけず指定された席に呆然と座るケイ。
ギンはその様子を気にせず、準備を進めている。
「ワン、スクールのドッグで合流と伝えろ」
「了解。ごるどんモすくーるニイルッテ。」
「お、流石にこの事態だと手際がいいな。おい、坊主!」
「は、はい!?」
突然呼びかけられて驚くケイ。
「目の前にある板があるだろう。そこに手をつけて魔力を注げ!」
「ええええ、無理ですよ!」
「俺はできると読んだんだ。やってみろ!無理かどうかは結果でわかる。」
「知りませんよ!」
ケイは両手を黒板に当てる。夢への扉が目の前にあるような気がしていた。
期待に答えたい自分、期待されることに慣れていない自分、不安な自分。
色々な気持ちをギンの言葉で無理やり抑えて、お腹の真ん中に意識を集中。
体全体にうねる力を感じてきたタイミングで黒板に向かって意識を解放した。
瞬間、ケイから魔力が黒板に流れ込む。
ケイは、持っている力が吸い込まれて行くような感覚を味わいながら意識を保つので精一杯だった。2、3秒後、魔力が流れて行く感覚は収まり、同時に黒板が光り、周りの魔道機も慌ただしく点滅し始める。室内に機械的な音声が響いた。
「起動魔力注入を確認。システム起動。」
「起動シークエンス実行。ステータスチェック開始。
動力炉ok.
魔力伝達回路ok.
空気循環ok.
動作伝達経路ok.
外部装甲ok.
魔力金属ok.
空気残量ok.
ステータスチェックオーバー。」
「オペレーティングシステム起動。オーバー。」
「起動シークエンスオールオーバー。地潜艇アースドラグ、起動。」
船内音声が何を言っているかわからないケイだったが、かろうじて2つのことだけを理解した。
1つは何かを起動しようとしていること。
もう1つは、地潜艇という言葉が聞こえたこと。
(地潜艇!?)
ケイは混乱していた。技術的に実現が困難で、地潜艇はこの世に存在していないはずだったからだ。ケイには構わず、ギンが喝采を上げる。
「よし、よくやった、坊主!」
「だ、大丈夫でしたか?」
「あーすどらぐ起動シタ。ダイジョウブ。イイ仕事。」
ギンとワンに褒められ、一安心するケイ。
ギンが続ける。
「坊主に頼みたかったのはこいつの起動魔力を注入してもらうことだったんだ。無事にキックしてくれたんで、坊主の役目は果たしてくれた。礼というわけでも無いが、今日はこのまま乗っていけ。」
「乗る、、ってこれまさか本当に地潜艇?」
信じられない気持ちでギンに問う。
「よくわかったな。そうだ、これからこいつで遭難者の救助に向かう。」
「絶対乗ります、乗せてください!」
「お、おう。わかった。」
予想以上の勢いで食い気味に答えるケイに戸惑ったギンだったがすぐに切り替えて出航準備を進める。
「ワン、とりあえずスクールのドッグまで行ってくれ。同地率チェックよし。自動航行準備できたぞ。」
「ワカッタ。」
ワンは答えると何か操作をおこなった。
先ほどの機械的な音声が流れる。
「自動航行システムオン。
目標ダイバースクールドッグ。
自動潜航開始。」
船の周りを鈍い光が覆う。
同時に土と接している部分が段々と曖昧になり船はゆっくりと地面に沈んでいった。
ケイは慣れない感覚に戸惑っていた。
部屋の中に座っていたはずなのに、急に沈んでゆく船の椅子に変わってしまった感覚。
もちろん沈んでゆく船の中で座っていたことはないのだが、不安定ながら確かに落ちている感じがしていた。
少し降りた後、方向を変えると地潜艇は静かに、動きだした。
ダイバースクールとギンの工場の距離は直線距離でいえば200mくらいだ。
ただ川や建物が間にあり、徒歩だと10分くらいはかかる。
ギンはワンと何か喋っている。
ワンはカオルと何か会話できる手段を持っているらしく、しきりに黙ってはギンに状況を伝えている様子だった。
ケイはそんな様子をどこか他人事のようにみていた。
憧れの地潜艇。乗っている自分。注いだ魔力。本当に自分がしたかったこと。
色々な思いがケイの頭の中を駆け巡る。
ただ、ひとつだけ最優先で考えていたのは彼らの邪魔はしちゃいけないということ。
ケイはこれから先に起きることを見逃さないようにじっと黙ってただ見ているのであった。
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