第3話 旅の始まりと終わり(完)

 こ、これが……あの恐れられた仮面の魔女⁉

 言い伝えでは、もう何百年も生きているとか聞いたけど……。


 目の前に座り、きょとんを僕を見上げる美少女。

 まだあどけなさが残る愛らしい顔は、見ているだけで胸が高鳴ってしまう。


「えっ⁉ もしかして、ま、魔女さん……?」

「えっ⁉ 魔女? 私がですか?」


「え?」


「え?」


「「え?」」


 互いに何度も「え」のキャッチボールを交わす。


「え、ええ、魔女さんのはずですが……」

「魔女……?」


「それより……その怪我、大丈夫ですか?」

「ん? あれ? ホントですね。あ、でも、血がついちゃってるだけみたいです」

「ちょ、ちょっと見せてください」


 俺はそっと腕の傷口を見る。

 確かに塞がってあるな。

 治癒魔法でも使ったのだろうか?

 ちょうど持っていたポーションを布に浸し、俺は血を丁寧に拭った。


「あ、ありがとうございます……あら、何だか懐かしい匂いがするような……」


 そう言って魔女さんは、僕に形の良い鼻を近づけた。

 ち、近い! ていうか、本当に綺麗な人だなぁ……。


「はうっ……い、いやぁ、困ったときはお互い様ですから……」


 ど、どうしよう⁉

 さっきから胸のどきどきがおさまらない!

 一体、僕はどうしてしまったんだぁーっ⁉


「でも、どうしましょう……私、一体誰なのかしら?」

「え? 覚えてないんですか⁉」 

 魔女さんはコクリと頷く。


「えっと、お名前は……わかりますか?」

「名前……あ、覚えてます! エルマです!」

「エルマ……素敵な名前ですね! あの、僕はケモンって言います。エルマ、他には何か覚えてませんか?」

「んー、んー、んんん……あ! ずっと海を眺めていた気がします!」


「海を?」

「はい、夕焼けに照らされた水平線と紫色の空がとっても綺麗で……どこか高いところからいつも眺めていたはずなんですが……んー、あれは……どこなんでしょうか?」


「いや、僕にはわからないですけど……海か……」


 ここからなら南に向かえば海に着く。

 でも、相手は記憶を失ったとはいえ、仮面の魔女だもんなぁ……。


 もし記憶が戻ったら、エルマは僕をどうするだろう?

 やっぱり、記憶を消されるのかな?


 僕は最後に聞いたエルマの話を思い出す。

 やっぱり……エルマが悪い魔女だとは思えなかった。


 確かに悪いことをしたのかも知れないけど、そうしないとエルマも生きていけなかったのかも……。


「あの、ケモン」

「え? あ、はい!」


「会ったばかりの貴方に、こんなことを頼むのは気が引けるのですが……私を海まで連れて行ってくださいませんか?」

「う、海に?」


「はい……今の私が知っているのは貴方だけですし、頼れるのも……貴方だけなんです」

「た、たしかに……」


「駄目、でしょうか……?」


 そ、そんな目で見られたら断れないじゃないか!

 あー、僕、記憶消されちゃうのかな?

 エルマの記憶が戻らない保証はないもんなぁ……。


 その時、エルマが手の平を上に向けた。

 ぽぽぽんと、小さな光の球が暗い虚の中を照らす。

 そして、地面から美しい緑の芝生が生え、色とりどりの花が咲いた。


「こ、これは……」

「あの、思い出したんですが……私、魔法が使えるみたいなんです、だからその……きっと、ケモンのお役に立てると思います!」


 す、すごい……色んな魔法を見てきたけど、魔法ってこんなこともできるんだ……。


「綺麗でしょ? 初歩的な魔法しかまだ思い出せませんが、私に出来ることなら何でもお任せくださいっ!」

 エルマは誇らしげに胸に手を当てた。


「ちょ⁉ だ、駄目ですよ、魔法は使っちゃいけません!」

「はうっ……⁉ どうしてですかっ?」

「き、禁止されてるんですよ! エルマさんはお忘れだと思うんですけど、王様が許可無く使っちゃ駄目だと御触れを出されたんです!」


 魔法を使ってるところを見られたら……また、エルマが捕まってしまうかも知れない。


「そうなんですか……そうなると私には何も取り柄が……」

「あ、いや……だ、大丈夫です! 僕が責任を持って海まで送ります!」


「え⁉ でも……いいんですか⁉」

「もちろんですよ! こ、こう見えて僕は……そのぉ……、そ、そう、冒険者ですから!」


 うぅ……つい、格好をつけてしまった。

 ま、まあ、荷物持ちだったけど、海に行くくらいなら僕にもできるし……。


「まぁ⁉ 冒険者様でしたのね? どおりで頼もしいと思いました!」

「そ、そうですか? えへへ……」


 冒険者……?

 そうか! 冒険者登録をすれば、魔法を使っても捕まらない!

 ラズルカでエルマに冒険者登録をしてもらおう!


 幸いなことに、仮面の魔女の素顔は誰も知らないわけだし……。

 よし、そうと決まれば、早速出発だ!


「エルマ、善は急げです――僕と海に行きましょう」


 僕はエルマに手を差し出した。

 細くて白い指が、僕の手に触れる。


「ケモン、よろしくお願いしますね」


 天使のような笑みを見せるエルマ。

 こうして、僕と仮面の魔女エルマの長い旅が始まったのだ……。



 * * *



「というわけなんだよ……って、あれ、寝ちゃったか」

「ふふ、じゃあベッドに寝かせてくるわね」


 娘のレイラを抱いてベッドに向かう。

 そっとベッドに寝かせて部屋に戻ると、ケモンは窓から夕焼けの海を眺めていた。


 私はその背中をぎゅっと抱きしめた。


「どうしたの、エルマ?」

「ううん……ちょっと抱きつきたくなっただけー」


 ケモンは照れながら、窓の外に指をさす。


「ほら見て、海が綺麗だよ」

「ほんと、綺麗ね……」

「君が昔見ていた海と同じだといいんだけどね……」

「いいのよ、気にしないで。私、この海とっても好きだから」


 ケモンの肩に頬を乗せる。

 昔から何も変わらない……この時間だけみせる海の顔。

 でも……あの時見ていた海と、いま私が見ている海は全然違う。


 だって私はもう、一人じゃないんだもの。












―――――――――――――――――――――

あとがき


最後まで読んでくださって、ありがとうございました!

如何でしたでしょうか?


今後もたくさん作品を書いていきます。

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何卒、よろしくお願いします!


応援してくださった皆様、本当にありがとうございました!

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「全て忘れてしまいなさい!」記憶を消す魔法をかけてきた仮面の魔女、うっかり自分にかけてしまいただの美少女になったので僕が面倒をみることにした 雉子鳥 幸太郎 @kijitori

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