第2話 仮面の魔女
翌朝、皆が起きる前に僕は身支度を整えた。
顔を洗い、手鏡を覗きながら髪の寝癖を直す。
僕の髪は前髪の一部分だけ銀髪が混ざっている。
これは僕のご先祖さまに『神狼』がいたという証明だよと母は言っていた。
本当かどうかは知らない。
ただ、普通の人よりも五感が優れ、見た目よりも力が強いのは確かだ。
でも、リックに腕相撲は勝てないし、ベロニカと組み手をして勝ったことも無い。
ひとつだけ自慢できるのは、手先が器用なのでレンよりも罠の解除が上手いことだ。
もし本当に『
身支度を終え、僕は焚き火の後始末、皆の荷物を用意した。
王国へ戻るために必要になるであろう良馬を揃えてある村の地図を、簡単に作った朝食に添えておく。
これで大丈夫、僕の仕事はこれで終わりだ。
アルフレッド達が寝ている大きなテントに向かって、僕はペコリとお辞儀をした。
――ありがとうございました。
さあ、僕は僕の道を行こう。
テントに背を向け、僕は森の中を歩き始めた。
* * *
「アルフレッド……?」
「やあ、ベロニカ、おはよう。こんなに早いのは珍しいね」
「そう?」と、欠伸をしながらベロニカがテントを出てきた。
「何食べてるの? アタシにも頂戴」
アルフレッドはパンを頬張りながら、ベロニカの荷物を指さした。
そこには木の葉にくるまれた獅子肉を挟んだパンが置かれていた。
「いっただきー、んんっ? うまいじゃんこれ!」
「ケモンが置いてってくれた」
「あ? ケモン? そっか……で、あいつもう行ったの?」
「うん、そうみたいだね。最後まで良い奴だったな、ほら、馬のある村までの地図まで」
「まあケモンなら、それくらいできて当たり前でしょ?」
そう言って、ベロニカはパンをワインで流し込んだ。
「おいおい、朝っぱらから良く飲めるな……見てて吐きそうだぜ」
レンとリックも起きてきた。
「ケモンは行ったか……神の加護があらんことを」
リックはパンに向かって手の甲に息を吹きかける。
「なぁ、アルフレッド、あいつも連れてってやりゃ良かったんじゃないの?」
レンが言うと、アルフレッドはゆっくりと顔を振った。
「いや、これでいい。勇者パーティーに混血を入れるわけにはいかない」
「そりゃそうよ、さすがに殆どわからないっつってもさぁー、獣人との混血はねぇ……アタシらが良くても、王家や教会の連中は許さないよ」
「耳が痛いな……」
リックが苦笑いを浮かべる。
「まあ、ケモンなら何処ででも上手くやるさ」
「そうそう、何たってこのアタシのパンチを食らって倒れなかったんだから」
「俺より罠を解くのが上手かったしなぁ……」
「それに、この私と腕相撲ができるぞ?」
リックが岩のような力こぶを見せた。
「おいおい、おっさん、それはちょっと違うんじゃ……」
レンの突っ込みに皆が笑う。
笑い声が消えると、アルフレッドがぽつりと言った。
「ケモンは……俺達の仲間だった」
「ああ」
「ええ、そうね」
「ふ……何を今更……」
四人は互いに確かめるように頷き合った。
それぞれが荷物を背負い、アルフレッドが先頭に立った。
「彼の無事を祈ろう――さぁ、王国へ戻るぞ」
* * *
小高い丘に登り、僕は地図を広げた。
さあ、これからどうしよう?
ちなみに、アルフレッド達が凱旋するのは、東の聖王国グランヘリオだ。
皆、もう起きたかな? ベロニカはまだ寝てそうだなぁ……。
僕はクスッと笑って、無事に着ける事を祈った。
彼らは勇者一行、僕が心配する必要なんてないんだけどね。
南の海洋王国オケアノス、西の城塞帝国アヴァロン、北の部族同盟ノースライト……。
行きたい場所は数え切れない程ある。
まあ、急ぐ必要は無い。
ゆっくり、気ままに旅を楽しもう。
まずはこの森を抜けて、全ての中継地点となる『ラズルカ』の街を目指してみよう。
僕は地図をしまって、再び森の中を歩き始めた。
* * *
「うわわわ……」
――滝のような雨。
僕は大きな木の葉を傘にして雨宿りできる場所を探していた。
だが、森の中は白い霧に覆われたように視界が悪く、闇雲に動くのは危険だ。
あまり遠くには行けないなと思っていたその時、今まで岩壁だと思っていたのが巨大な木の幹だと気付いた。
「凄い……こんなに大きいなんて、まるで神話の神木みたいだ」
木を見上げても、雨のせいもあり、てっぺんは見えない。
これだけ大きな木だ……どこかに虚があれば雨宿りできるぞ。
壁を伝うようにして、僕は木の周りを歩いた。
すると予想通り、大きな洞窟のような虚が口を開けていた。
「良かった……これで大丈夫だ」
僕は虚の中を覗き、大蛇とか危険な獣がいないか確認をした。
かなり奥行きがある……生き物の気配はなさそうだ。
「よいしょっと……」
荷物を置き、濡れた服を脱いだ。
下も砂だし、この広さなら火を起こしても大丈夫だろう。
携帯用の炎魔石を取り出して地面に置く。
その上に、虚の中の朽ちた木片をかき集め、三角錐の形になるよう重ね合わせた。
炎魔石に描かれた魔方陣を指でなぞる。
すると、青白い炎がぽっと灯った。
すぐに木片がパチパチと音を立てて燃え始めた。
「あったかい……」
冷えた身体を暖めながら濡れた服を乾かす。
雨はまだやむ気配はない。
僕は携帯食の木の実を囓りながら、ぼーっと外の雨を眺めた。
――ガサッ。
「⁉」
咄嗟に立ち上がり周りを見た。
何か……居るのか?
恐る恐る、焚き木の一本を手に取り、虚の奥を照らした。
すると、恐ろしい仮面が闇の中に浮かび上がった!
「うわぁっ⁉ か、仮面……仮面の魔女⁉」
間違いない、あの時見た恐ろしい仮面。
な、何でここに⁉
どうしよう、こ、殺される⁉
「お前……懐かしい匂いがする……」
「ひ……た、たすけ……」
ぼんやりと浮かぶ仮面が近づいてくる。
「獣人か……いや、それにしては匂いが薄い……」
「あ、ひ……」
仮面の奥で冷たく光る灰色の瞳が僕を見ている。
まるで蛇のようにうねった髪が焚き火の明りに照らされ、その影が魔女の背後で本物の蛇のように蠢いている。
「まあいい……知られたからにはこのまま帰すわけにはいかぬ。だが、お前は運が良い、命だけは助けてやろう。その代わり、全てを忘れ、新たな人生を生きるが良い……いいな?」
「き、記憶を消す魔法――ですか?」
「聞いてどうする、どうせ忘れるのだぞ?」
「じゃ、じゃあ、忘れる前にひ、ひとつだけ!」
「何だ?」
「な……なぜ、魔女になったのですか?」
自分でも何を聞いているんだと思った。
でも、これが最後の記憶になるのなら、皆が恐れる仮面の魔女とは一体どんな人なのかを知ってみたかったのだ。
馬鹿げてると自分でも思う。
でも、それも忘れちゃうんだろうけど……。
「くく……ははは! 面白い、そうだな……どうせ忘れるのだ、いいだろう教えてやる」
仮面の奥の瞳が笑ったように見えた。
「好きで魔女になどなったわけではない……始まりは些細なことだった。遠い昔に住んでいた村で、私は魔法を使えることを隠し、薬師として生活をしていた。だが、ある日、村の子供が高熱を出してしまった。薬でどうにかなる段階はとうに過ぎ、神官を呼ぶか、魔法治療に頼るかしか方法はなかった。しかし、小さな村にそんな余裕はない。だから私は、ずっと隠していた魔法を一度だけその子の為に使った……」
一瞬、魔女は言葉に詰まる。
だがすぐに話を続けた。
「すぐに熱が下がり元気になった。その子の両親も涙を流しながら私に感謝した。自分の魔法で人を助けたのは、その時が初めてだった。嬉しかった……もっと早く使っていればと思った。それが間違いだと知らずにな……」
魔女の表情はわからない。
でもなぜか、僕はとても悲しそうに感じた。
「次の日、教会から異端審問官がやって来た。あの子の両親が教会に報告したのだ。私は魔法隠匿の罪で魔女として捕らえられ、死ぬような拷問を受けた。その時、私の中で人間に対する何かが変わった。他人に対して魔法を使うことに躊躇いが無くなった……それから私は魔女として生きることを決めた」
「そ、そんな……」
「この仮面は……その異端審問官が被っていたものだ」
「え……⁉」
「話過ぎたようだ……さあ、もう雨も上がる。全て忘れてしまいなさい――――
カッと閃光が迸った。
「な⁉ こ、これは『
静かだ……何も聞こえない。
そうか、僕は記憶を消されて……ん、待てよ?
記憶を消されたのなら、何で消された事を覚えてるんだ?
そっと目を開けると、さっきと何も変わらない光景が広がっていた。
焚き火も消えて無いし……あ、でも雨は上がってるな。
――そうだ! 魔女は⁉
慌てて周りを見ると、奥に黒いものが横たわっていた。
「ひっ⁉」
あ、あれは魔女?
なぜ魔女が……⁉
その時、僕はリックが掛けた魔法のことを思い出した。
そうだ、あの時、リックはパーティー全員に魔法反射を掛けたんだ。
もしかして、その中に僕も入っていた?
いや、でも僕は荷物持ちで……。
だが、リックが掛けた魔法の効果が残っていたとしか考えられない。
何でだろう? もしかして、少しは心配してくれてたのかな……。
僕は恐る恐る魔女の側に行き、そっと身体をつついてみた。
ぷにっとした感触が指先に伝わる。
「や、柔らかい⁉ って当たり前か」
禍々しい仮面を見る。
なるほど、この蛇のような髪も含めて仮面になっているのか……。
「ん?」
隙間から銀色の髪が見えている。
これが本当の髪?
さらに仮面の隙間からは、白く透き通った首筋があらわになっていた。
僕はゆっくりと仮面に手を伸ばした。
誰も見たことのない、魔女の素顔がそこにある。
指先が触れようとした、その時――。
「ん……」
僕は咄嗟に後ずさった。
「んー! 何なのもう……ん~よいしょっと」
魔女はゆっくりと上半身を起こすと、自ら仮面を脱ぎ捨てた。
「ふぃー、息苦しかったぁー」
そこに現れたのは、銀髪のとんでもない美少女だった――。
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