15.パーティーで出会った人たち

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今はただ、彼の情熱に浸っていたい。

クロエはダレルに身を任せて……。


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 クロエはダレルの目をじっと見つめ返した。

 この三カ月間、ずっとダレルに想い焦がれていた。彼が去ったあとの島の生活は、あまりにも寂しかった。どうして? いつもどおりの毎日が戻ってきただけなのに……。ダレルに会いたくて会いたくて、胸が痛いほどだった。一日一日を、とても長く感じた。

 ようやく秋になり、ダレルから連絡があると、クロエはすぐにニューヨークへ行くことに同意した。ここに来れば、何かが変わってしまうことはわかっていた。そう、こんなふうに彼に抱かれる日が来るかもしれないと想像していた。それが正しいことなのかどうかはわからない。でも、ダレルに対する気持ちは抑えようがなかった。わたしは彼が好き。天使像のこととはまったく関係なく。彼になら、身を任せてもきっと後悔しない。ニューヨーク行きを決意したときから、わたしはこうなることを望んでいたんだわ。

 クロエはしっかりとうなずいた、ダレルが熱いまなざしを返して、また激しくキスをした。いつもの冷静な彼とは別人のようだ。そのことに、クロエはぞくぞくするような興奮とみだらな悦びを覚えた。ほかのことは何ひとつ考えられない。今はただ、彼の情熱に浸っていたい。

 ダレルがクロエの顔から胸までを見下ろし、崇めるような口調で言った。「きみはなんて美しいんだ」まだ着けたままだったダイヤモンドのネックレスをそっとなぞってから、ゆっくりそれを外し、ナイトスタンドの上に置く。それから首もとに唇をそっとはわせ、鎖骨のくぼみを舌で舐めた。あまりの心地よさに、クロエは小さくあえいだ。

 次にダレルは水色のハーフカップのブラジャーの上からゆっくり胸をさすり、すばやく背中に手を回してホックを外した。ブラジャーが取り除かれると、クロエは急に恥ずかしくなって、両手で乳房を隠そうとした。

「だめだよ」ダレルが低い声で言って、優しくクロエの手を胸から外した。「こんなに美しいものをぼくの目から隠さないでくれ」

 そして両手でゆっくりふたつのふくらみを撫で、指先で乳首をまさぐった。悦びが体を駆け抜け、クロエは目を閉じて背を反らした。するとダレルが頭を下げて、乳房にキスを浴びせ始めた。先端を唇でふさがれ、ぐっと吸われると、クロエは思わず小さく叫んだ。

 ダレルは一方の乳房に舌をはわせながら、もう一方の乳房を手のひらで優しく愛撫した。クロエはめくるめく興奮に我を忘れ、彼の背中のシャツを引き上げて、素肌を両手でまさぐった。ダレルがもどかしそうにいったん顔を上げ、自分のシャツを脱ぎ捨てた。クロエに覆い被さり、ぐっと抱き締める。胸の素肌と素肌が触れ合い、あまりの心地よさに死んでしまうのではないかと思った。

「わたし……」

「すてきだよ、クロエ」ダレルが優しく言って、太腿をゆっくり撫で上げた。

「わたし……初めてなの」クロエは顔を覆ったまま、震える声で言った。

 ダレルは一瞬黙ってから、ささやくようにこう言った。「だいじょうぶ。ぼくに任せて」それからいったんベッドから降りてその場を離れた。すぐに戻ってきてズボンを脱ぎ捨て、またクロエに覆い被さる。

 ダレルが唇に優しく濃密なキスをして、パンティーの上から秘密の部分をそっとなぞった。クロエは身をよじってあえいだ。すぐにパンティーがはぎ取られ、直接指で触れられると、全身にわななきが走った。

「ああ……きれいだよ、クロエ」ダレルがささやきながら、ゆっくり優しく撫でさすり、体じゅうにキスを浴びせた。それから自分も下着を脱ぎ捨て、硬く熱い部分をクロエの柔らかな部分にそっとこすりつけた。

 クロエは悦びと不安の両方を感じて、目をあけた。ダレルがクロエの体を囲むように両わきにひじをついて、額と額を合わせた。「力を抜いて。なるべく痛くないようにするから」

 優しい声に少し安心して、リラックスしようと努める。それでも激しい胸の高鳴りは止めようがなかった。ダレルが鼻先にそっと唇を押し当ててから、濡れた入口に自分の先端を少しずつ進めた。

 一瞬の痛みを感じてから、体の奥が彼で満たされていくのがわかった。

「だいじょうぶ?」ダレルがきいた。

「ええ……感じるわ……あなたを」クロエは目を閉じて、ダレルの背中に両腕を回した。

 ダレルがゆっくり動き始め、クロエは新たな快感に身をゆだねた。あえぎ声をあげると、さらに動きが激しくなり、よくわからない高みへとどんどん押し上げられていくような気がした。

 少し怖くなって、彼の名を呼ぶ。「ダレル……」

 ダレルがかすれた声で答えた。「ここにいるよ、クロエ」

 そのあとのことは、あまりよく憶えていない。クロエは夢中になり、いつの間にか彼の動きに合わせて自分も腰を動かしていた。ダレルが息を弾ませて、クロエの名を何度も呼んだ。

「ああっ……」クロエが背を弓なりにして叫ぶと同時に、ダレルも大きなうめき声を上げ、クロエの胸の上に顔を突っ伏した。


 はっと気づくと、クロエはダレルの胸にもたれかかり、そっと背中を撫でられていた。呼吸が落ち着いてきて、ふわふわと浮いているかのように心地よかった。

 クロエは顔を上げて、ダレルの目をのぞき込んだ。彼が微笑みかけ、そっと唇を額に押し当てた。

「クロエ」

「なあに?」

「結婚してくれ」

「えっ」クロエは目を丸くした。

「このままニューヨークにいてほしいんだ。離れたくない」ダレルが真剣な表情で言った。

「そんな……無理よ」

「リッツァのことかい? こっちに呼び寄せればいい。成績のいいリッツァなら、アメリカの大学でもやっていける。きみもそう言ってたじゃないか。学部の選択肢も幅広いし、向こうにいるよりきっと能力を生かせるよ」

「急にそんなことを言われても……」クロエは戸惑った。もちろん、ダレルとは離れたくない。でも、いきなり島の生活を捨ててニューヨークに来てくれなんて……。

「もちろん、いったん帰らなくてはならないだろうね」ダレルがにっこり笑った。「でもぼくはそういう気持ちだ。考えておいてくれ。返事は……きみがイエスと言うまで、いつまでも待つよ」


 ダレルはクロエの手を取り、リッツカールトンのボールルームへと足を踏み入れた。クロエが入口で立ち止まり、部屋のなかを見回した。

 シャンデリアの明かりがきらめく室内には、白いテーブルクロスのかかった丸テーブルがいくつも並び、すでに三、四十人の客が飲み物を片手に談笑していた。部屋の奥では、小さな弦楽合奏団がゆったりとした音楽を演奏している。

「こんなに豪華なパーティーだなんて……」クロエが声を震わせてささやいた。

「だいじょうぶ。きみはここにいる誰よりも美しいよ。堂々としていればいい」

 その言葉に嘘はなかった。マリンブルーのドレスに身を包み、輝く宝石を身に着けたクロエは、目を奪われるほど美しかった。ほんとうは、パーティーなどそっちのけで、夜が明けるまで抱き締めていたい。

 ダレルはごほんと咳払いをして、首もとの蝶ネクタイを少しゆるめた。クロエの背中にそっと手を当て、ボールルームのなかへと導く。

 カウンターでシャンパンのグラスをふたつ取り、ひとつをクロエに渡した。

「特になんの趣向もない気楽な集まりだよ。いつ抜け出してもかまわないんだ。父はあと一時間くらいで来るらしいから、それまではぼくのそばにいればいい」

 クロエが少し緊張気味に微笑み、シャンパンをひと口飲んだ。

 すると、今夜の主役の宝石店店主とその娘が歩み寄ってきた。

「プレストン社長、今夜はすばらしいパーティーをありがとうございます」五十代の恰幅のいい店主が、にこやかに言った。

「二号店の開店、おめでとうございます、ミスター・バリモア」

「おかげさまで、とてもいい内装が実現できました。店長を務める娘も気に入っておりますよ」娘のほうに向かってうなずいてみせる。

「ええ、とても気に入ってるわ。毎日店に行くのが楽しみなの」娘のエミリーが愛想よく言った。金髪の美人だが、濃い化粧と真っ赤なドレスが少々派手に思える。

「それはよかった」ダレルは言って、クロエにふたりを紹介した。「クロエ、こちらは五番街にある宝石店〈バリモア・ジュエリーズ〉の店主、ミスター・ゴードン・バリモアと、今度ウエストヴィレッジの二号店の店長になったミズ・エミリー・バリモアだ。バリモアさん、こちらはギリシャのサフォロス島からいらしたミズ・クロエ・デュカキスです」ぼくの婚約者です、と言い添えたい気持ちをどうにかこらえる。

「よろしく、ミズ・デュカキス」エミリーがクロエに探るような視線をさっと走らせた。

「おお、うちの店のダイヤモンドをつけてくださっているんですな。よくお似合いだ」

「ありがとうございます」クロエが頬を赤らめて、にっこりした。

 ダレルはその笑みに心を奪われ、思わず見とれてしまった。はっと我に返り、宝石店の親子に告げる。「パーティーを楽しんでください。では、またのちほど」

 クロエを連れて、料理が並ぶテーブルのほうへ進んだ。食べたり飲んだりしながら、社員や気軽な仲間と話をするうちに、クロエもようやくくつろいできたようだった。

 ふと入口に目を向けると、父がゆっくりこちらへ歩いてくるのが見えた。グレーのストライプのダブルスーツと臙脂えんじ色のネクタイを身に着けた父は、五十代後半とはいえさっそうとしていた。

 ダレルは片手を上げて、父を迎えた。

「遅くなって悪かったな、ダレル」

「いいんですよ。東欧はどうでした?」

「ビジネスは順調だが、寒かったね。ニューヨークより寒いよ」父が答えてから、クロエのほうに目を向けた。

「父さん、こちらはミズ・クロエ・デュカキス。クロエ、父のアーサーだよ」

「おお、これはこれは、ようこそニューヨークへ」父がクロエに手を差し出した。

「初めまして、ミスター・プレストン」クロエが父の手を握って言った。

「それでは、あなたが〝永遠の時をいだく天使〟の持ち主なんですな。わざわざニューヨークにお持ちいただくとは、ありがたい。ダレル、お支払いのほうはどうなっている?」

 クロエが明らかに戸惑った顔をして、こちらにさっと振り返った。ダレルは急いで言った。「父さん、クロエは天使像を売るとは言っていない。そのことははっきり伝えただろう。ここには〝卵〟を見にきただけだよ」

 父が眉をひそめて、クロエに向かって言った。「しかし、天使像はお持ちいただいたのだろう?」

 クロエが小さな声で答えた。「え、ええ、持ってきましたけど……」

 そのとき、ダレルの秘書が小走りで近づいてきた。「社長、お話し中失礼します」静かな声で言って、クロエたちから数歩離れたところへダレルを導き、こう耳打ちした。「〈オルコット・ホテル〉の社長から、緊急のお電話です」

 ダレルは眉をひそめた。きのうトラブルのあった得意先だ。デンマーク製のチェストは港に届いていることがわかり、すでに配送されたはずだが……。しかし社長とは旧知の仲だ。直接電話してきたとなれば、出ないわけにはいかないだろう。

 ダレルはクロエのほうを向いて言った。「すまない。緊急の電話だ。すぐに戻ってくる」それから父に向かって警告するような口調で告げた。「天使像については、あとできちんと話しましょう。クロエには何も強要しないでくださいよ」

 そしてボールルームの出口のほうへ歩き出した。

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