14.ニューヨークでの熱い夜

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秋になり、クロエはニューヨークにやってきた。

三カ月ぶりに会うダレルは、やっぱりすてきで……。


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 クロエは、リッツカールトンホテルのデラックス・ゲストルームにいた。落ち着いたインテリアの広々とした部屋には大きなダブルベッドが置かれ、オリーブ色のカーテンがかかった窓からはセントラルパークの美しい紅葉が見渡せた。

 こんなところに泊まれるなんて、夢みたい。

 淡い朝日に映える赤や黄色のこんもりした木々を眺めながら考えた。

 きのうの夕方、ダレルとともに、天使像を携えてアテネからニューヨークまでやってきた。天使像はダレルのアタッシェケースにしっかり収められ、今はフロントの金庫に預けてある。

 こんな高級なホテルに泊まるわけにはいかない、と訴えてはみたものの、ダレルは譲らなかった。あいかわらず強引な人だ。

 とはいえ三カ月ぶりに会うダレルは、夏に会ったときと同じくらい、いやそれ以上にすてきだった。あわただしくアテネで待ち合わせて飛行機に乗ってしまったので、ふたりきりで過ごす時間はほとんどなかったのだが、移動中もずっと、クロエの胸はどきどきと早鐘を打っていた。

 きょうはこれから、ダレルの会社のショールームを見にいく予定だった。朝食を終えてひと息ついたクロエは、部屋でゆっくりダレルが迎えにくるのを待っていた。

 こんこん、という静かなノックの音がした。

 急いで扉をあけると、そこにダレルが立っていた。仕立てのよいダークグレーのスーツと濃紺のストライプのネクタイを身に着け、見ちがえるほどりりしかった。

 そう、きょうは平日だから、仕事モードの服装をしているのだ。

「おはよう、クロエ」

「おはよう、ダレル」高鳴る胸をどうにか抑えようとしながら答える。

 ダレルは一瞬、手を伸ばして触れようとしたが、思い直したようだった。「準備はできているかい?」

「ええ、すぐに出発してもだいじょうぶよ」

「それじゃ、行こう」

 ふたりはダレルのシルバーのBMWで移動した。五分ほどで、オフィス兼ショールームのあるウエストヴィレッジにやってきた。煉瓦造りの建物と洗練された高級店が立ち並ぶ落ち着いた雰囲気の街だ。

「さあ着いたよ」

 重厚なオフィスビルの私道に、ダレルが車を停めた。ビルの一階は前面がガラス張りで、美しい家具がずらりと展示されていた。

「うわあ、すてきね」クロエが感嘆の声をあげると、ドアマンが車の扉をあけた。

 ダレルはドアマンに車の鍵を預け、クロエをショールームのなかへ導いた。

 柔らかな照明に包まれた広々としたフロアに、ありとあらゆるアンティーク家具が並んでいた。豪華な飾り棚や箪笥、テーブルと椅子、シャンデリア、時計、陶器……。

 ふとソファーのコーナーに目をやると、すらりとした五十代くらいのおしゃれな女性が、スタッフの説明を熱心に聞いていた。

「お客さまは、個人のかたが多いのかしら?」クロエは尋ねた。

「個人もいるけど、おもな顧客はショップの経営者だね。あちらの女性は、高級エステティックサロンのチェーン店を展開している。ブルックリンに新店舗を開くので、インテリアの相談に来ているんだ」ダレルが答えた。

 ダレルはショールームのなかをゆっくり案内して回り、すばらしいアンティーク家具についてあれこれ説明してくれた。「これは、一八七〇年代のヴィクトリア朝のブックケースだ。中央のボタンを押すと、ビューローにもなる。これほど状態のいいものはめずらしい。ぼく自身が、ケントのオークションハウスで見つけたんだ」誇らしげな口調で語られる数々の逸話に、うっとりと聞き入る。

 ひととおり見終わると、ダレルは階上の社長室にクロエを連れていった。

 ビルの最上階にある部屋は広々として、落ち着いたインテリアで統一されていた。どっしりしたマホガニーの机は、アンティーク家具輸入会社の社長にふさわしい立派なものだった。大きな窓からは、マンハッタンの高層ビル群が見渡せた。

 ダレルは柔らかな革のソファーにクロエを座らせてから、自分も向かいの席に座った。

「いつもこんなすてきな部屋で仕事をしてるのね」クロエは社長室を見回して言った。

「じつは、社長らしくどっかり席に腰かけてることはほとんどないんだ」ダレルが笑った。「さっきも話したように、自分で外国へ買付に行くし、得意先にも顔を出すしね。経営に関わっている会社があと三社ほどあるから、そっちもおろそかにはできない」

「忙しいのね」

「自分で動き回るのが好きなんだな。悪い癖だよ。どうやら遺伝らしい。父も同じなんだ。この会社の経営はぼくに任せてくれたんだが、のんびりしようとはせずに、衣料品の輸入のほうに熱を入れ始めてね。今も東欧に出張中で、あす戻ってくる」

 ノックの音がして、扉があき、秘書がコーヒーを運んできた。ダレルがコーヒーをひと口飲んでから続けた。

「それで、あすのことなんだが、きみの泊まっているリッツカールトンでわが社のパーティーが開かれるんだよ。顧客の宝石店の開店祝いという名目でね。そこに父も出席する予定なんだ。実家を訪ねる前に、きみを紹介しておきたい。きみも出席してくれるね?」

 クロエはびっくりして、コーヒーカップを持ち上げようとした手を止めた。「パーティー?」

「だいじょうぶ、社員とお得意さまだけのこぢんまりした気軽な集まりだよ」

「でも、何を着ていけば……」

「任せてくれ」クロエの体にさっと視線を走らせる。「サイズは四だね。足は?」

「えっ?」

「靴のサイズだよ」

「二十三センチだけど……」

「六か。わかった」

「何が……?」

 そのとき、大きな机の上に置かれた電話が鳴った。ダレルが急いで立ち上がった。「ちょっと失礼」

 机のところまで行き、受話器を取る。「電話はつながないようにと言ったはずだが」不機嫌そうに言って、しばらく相手の話を聞いてから、ため息をついて応じた。「しかたがない。つないでくれ」

 ダレルは丁重な口調で、電話の相手と話し始めた。なにか問題が起こったのか、眉をひそめながら先方の話に耳を傾けている。

「わかりました。今からうかがいます」五分ほど話したあと、ダレルはそう言って電話を切った。それからクロエのほうを見て、すまなそうな表情で言った。「申し訳ない。急に得意先に出向かなくてはならなくなった。来月開業される予定の、アンティーク家具を置く小さなホテルなんだが、デンマークから直接届くはずのチェストが届いていないらしい。開業に間に合わないとたいへんなことになる。経営者は古くからの知人で、ぼくが直接買付に関わっているものだから……」

「大切なお得意さまなんでしょう。わたしのことはかまわないで。ホテルに戻ってゆっくりするわ。まだ時差ぼけでぼんやりしているし」

 ダレルがうなずいて言った。「運転手にホテルまで送らせるよ。夕方には戻るから、ふたりで食事しよう。七時に迎えにいく」

「ええ、わかったわ」

 ダレルが秘書に車を手配させ、クロエはリッツカールトンの部屋に戻った。


 クロエは少し昼寝をしてからセントラルパークを散策し、シャワーを浴びてさっぱりした。部屋でくつろいでいると、ノックの音がした。

 もうダレルが迎えにきたのかしら。

 扉をあけると、ホテルのスタッフが大きな箱を抱えて立っていた。「お届けものです、ミズ・デュカキス」

「ありがとう」クロエは受け取って、部屋のなかへ戻った。ベッドの上に箱を置き、あけてみてびっくりした。「まあ!」思わず声をあげる。

 入っていたのは、美しいマリンブルーのドレスだった。銀色の小ぶりのバッグと、そろいのハイヒールも。

 これを着て、あしたのパーティーに出ろということ?

 クロエはそっとドレスを持ち上げてみた。なめらかな絹の感触。V字型のネックラインとほっそりしたシルエットの洗練されたデザインだ。

 こんな高級なドレスをぽんと送ってくるなんて、ダレルはどういうつもりなのだろう。どうしよう。受け取っていいものだろうか。でも、パーティーに出るならきちんとした服が必要だし……。わたしの持ってきたワンピースでは、とてもじゃないけど……。

クロエはじっとドレスを眺めた。サイズは合うだろうか。

 着てみたいという誘惑には勝てなかった。ニットのアンサンブルとスカートを脱ぎ、ドレスをまとって背中のファスナーを上げる。銀色の靴をはき、バッグを持って鏡の前に立った。

 ドレスはぴったりだった。まるであつらえたかのよう。クロエはうれしくなって、鏡の前でくるりと回った。

 そのとき、こんこん、と扉をノックする音がした。

 クロエははっとして、そのままの姿で扉をあけた。ダレルだった。昼間よりもカジュアルなジャケットとズボンに着替えている。仕事モードの彼もすてきだが、やはりくつろいだ姿にはほっとさせられた。

 ダレルは戸口に立って、しばらくぼんやりこちらを見つめていた。それから我に返って、部屋に足を踏み入れた。

「ドレス、着てみたんだね。とてもよく似合うよ」深く濃い緑色の目を向けられ、頬がかっと熱くなった。

「ありがとう。でも、こんな高級なドレス……」

「そうだ。そのドレスに合いそうなアクセサリーを持ってきた」ダレルが上着の内ポケットから細長いビロードのケースを出した。「あけてごらん」

「これは……」クロエがケースを受け取ってあけると、なかにはダイヤモンドのネックレスが入っていた。中央の大きな宝石の両側に少し小ぶりな宝石が五粒ずつ並んで、ゆるやかなV字を描いている。上品だがとても豪華なネックレスだ。

「受け取れないわ。こんな高価なもの……」

「だいじょうぶ。あしたのパーティーの主役は宝石店だよ。ぼくの連れが身に着けると言ったら、格安で提供してくれたんだ」

「でも……」

「さあ、着けてあげよう」ダレルがさっとネックレスを持ち上げ、クロエの後ろに回って優しく言った。「髪を押さえて」

 クロエが言われたとおりにすると、首にそっとネックレスをかけて後ろで留めてから、正面に戻ってこちらをじっと見つめた。

「ほんとうに美しい。まるで……エーゲ海の天使のようだ」ダレルが言って、そっと手を伸ばし、クロエの顎先に指をすべらせた。

 顔を上向け、じっと見つめ返す。

「クロエ、ぼくは……」ダレルが不意に両腕をクロエの背中に回し、ぐっと引き寄せた。「この三カ月、きみに会いたくてたまらなかった」

 胸の奥がぎゅっと締めつけられたような気持ちになり、クロエも彼の背中に腕を回した。「わたしもよ」

 ダレルが額と額を合わせて、じっと目をのぞき込んだ。クロエはうっとりとまつげを伏せた。

 ダレルがすぐさま唇を重ねた。クロエの背中に熱いわななきが走った。ずっと、ずっとこれが欲しかった。夢中で彼の唇の動きに応える。温かい両手が背中の素肌を撫で、さらに強く引き寄せた。クロエが唇を開くと、熱い舌がもぐり込んできて、自分の舌とからみ合った。

 薄いドレスの生地の上から胸のふくらみに触れられると、クロエは小さくあえぎ声を上げて、さらに体を押しつけた。ダレルが唇で頬をたどって、耳たぶをそっとついばみながら、乳房を優しく、それから少し強く愛撫した。先端がみるみる硬くうずいてきて、かすれ声でささやく。「ダレル……」

 いきなり体を抱き上げられ、そのままベッドまで運ばれた。銀色の靴が両足から落ちた。ベッドに倒れ込むと、ダレルがもう一度激しく唇を奪い、たくましい体をぐっと押しつけた。

「だめよ……ドレスが……」息を切らしながら言う。「ドレスがしわくちゃになってしまうわ」

 ダレルが顔を上げ、燃えるようなまなざしを注いだ。「それなら今すぐ、脱がせてしまおう」すばやくクロエの背中に手を回し、ファスナーを引き下ろす。するりと肩からドレスを脱がせ、ベッドの横に置かれた椅子の上に放り、ついでに自分のジャケットも脱いだ。

 クロエは、いきなりのことにどうしていいのかわからなくなった。しかし、もう一度体で体を覆われ、唇を奪われると、ただ夢中でキスを返していた。

「きみが欲しい。欲しくてたまらない」ダレルが顔を上げて荒い息をつき、クロエの目を見つめた。「ぼくを受け入れてくれ」

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