4.身代わりだって言ってるじゃないですか!?
4-1
身代わりの
アイリは身動き一つできない。真っ白になった頭は、何も考えることができず、グレル
「私の従者のひとりが
あたかも
役目をまっとうできなかった。自分に
──私のせいで、私が、うまくできなかったせいで……!
「ときに、グレル
「はい。なんなりとおたずねください。なんでしたら、うちの
「『アイラ・ベルンシュタイン』とは、何者だ」
「は……それは、ベルンシュタイン姉妹の姉であると申し上げたはずですが」
「クリスティーナの姉は、『アイリ』だが?」
しん、と
何を言われたのかわからない、と言いたげなグレル侯爵がおずおずと口を開いた。
「おそれながら……それが、何か?」
「わからんのか。
「……? いえ、ですから、陛下が
ギルハルトは目に見えて
「アイリだと言っているだろう。名すら正確に調べもせずに、余の前に得意げな顔をしてよくもそのようなでまかせを言えたものだな」
「いや、陛下っ、娘の名など二の次でありましょう!? でまかせを言っているのは、ベルンシュタイン伯で、
「くだらぬ告げ口をしてきたかと思えば、あまつさえ自分の利を得ようという貴殿のほうがよほど侮辱しているのではあるまいか」
「……っ、
「余のため? みくびられたものだ。このギルハルト・ヴェーアヴォルフを、
「先王よりお仕えしているわたくしをそのようにおっしゃるとは、タダで済むとお思いか!?」
ふん、と
「クリスティーナ・ベルンシュタインを婚約者にと署名したのは先王だ。余ではない」
侯爵が悲鳴のように
「な、なんとっ! 先王陛下の決定を、
「なるほど。先王に仕えた貴殿は、今まさに玉座につく余を蔑ろにすると申すか」
「…………!」
「さがれ。
王は冷たく言い捨てた。取り付く島もないその態度に、何かを言い返そうと
「レディ、レディ? お気は確かですか」
真っ青になって放心していたアイリは、サイラスの声かけにハッと我に返った。
壁の向こうでは、グレル侯爵の去っていくのを見送ったギルハルトがやれやれ、とばかりに玉座のひじかけに
「待っていろ、と言ったはずだが」
視線だけを壁越しに
「私がレディを
小さくため息をこぼし、ギルハルトは命じる。
「こっちにこい」
サイラスに
「……陛下。あの、私、申し訳、ありません」
頰杖をついた格好のまま、アイリに視線を向ける王は何も答えない。彼は先ほど、どういうわけか伯爵家をかばうようなふるまいを見せた。
しかし、グレル侯爵の糾弾は正しいのだ。ベルンシュタイン伯爵家は、この若き王をたばかった。王の
アイリは意を決し、首を
「おそれながら、陛下。私が、妹の身代わりで──クリスティーナの姉であると……ご存じ、だったんですね?」
「いや。たった今知った」
がたがた震えながらした質問は、
アイリは「へ?」と目を丸くする。
「話に聞いていた『クリスティーナ』とは違うだろうとは、まあ思っていたがな。あまりにグレル侯の物言いに腹が立ったから、適当にハッタリをかましてやったんだ」
「はったり……」
どちらにしろ、露見は時間の問題であったことに変わりない。
「おまえはアイリ・ベルンシュタインで
「は、はい。のっぴきならない事情で妹の都合がつかず、私が代理として──この
「そんなことはどうでもいい」
アイリの
「もっとこっちへこい、アイリ」
とても逆らえる
「もっとだ」
手を
彼は何も言わない。そのまなざしと
「あ、の、陛下は、私がニセモノの婚約者だと疑っていらしたのに、どうして問いただすこともなさらず、
次の
そのまま反転させられたかと思うと、あろうことか玉座に座らされる格好になる。王だけが着くことの許された座である。真っ青になりながら下りようともがくアイリだが、背もたれに手をついたギルハルトの両腕はびくともしてくれない。
「は、放してっ、くださ、い」
「放さない」
「こ、ここは、陛下だけに許された座で──」
「ああ、王である俺が許す。何か問題あるか」
おおありです! と反論したいアイリに、しかし、
「なあ、アイリよ。もしも、『おまえはニセモノだな?』と俺が糾弾していれば? おまえはどうしていた? 逃げていただろう、この俺から」
今まさにギルハルトから
「満月の晩の俺から逃げなかった女を、つまらん理由で逃がすつもりはないんだよ」
「つ、つ、つまらない理由、だなんて……!」
「他人から決められたことなぞ、おおむねつまらんことだ。そうは思わんか?」
王の指がアイリのおとがいに触れて、
「しかし、おまえを
ギルハルトは、なぜだか得意げな調子で言っているが。
「???????」
アイリは、異世界の言葉で語りかけられている
妹の
ところが、ギルハルトは『つまらなくはない』と言っている。物心ついてからというもの、そんなことをアイリに対して言った者は、ただのひとりとしていなかった。
──どういうこと? 陛下は、何か勘違いをなさっているのかしら……?
アイリの顎に触れていたギルハルトの指はやがて
この苦境を
──ここは一度冷静になって、陛下の立場になって考えてみよう。
こんなにも
──当てこすりってこと……!?
これまで、伯爵家の存続にばかり意識を向けていた。なんということだろう! ベルンシュタインは、この若く美しい国王陛下に
となれば、
「陛下……」
「ん?」
腕の中に
「どうした、どうして泣くのだ!?」
「大きなお気持ちで、グレル侯の糾弾から伯爵家をかばってくださったこと、深く感謝いたします。その広いお心で、どうか、どうか、クリスティーナをお許しください」
「は……?」
「妹は確かに、少しばかり
目を点にするギルハルトは口を
「
「……おい」
「クリスティーナには、私からもよくよく言って聞かせます。ですから」
「おい、と言っているんだ」
「妹を見捨てないでやってください」
「アイリ!」
大声で自分の名を呼ばれた彼女は、ようやく我に返った。
「なあ、アイリ。おまえ、グレル侯と俺のやりとりを聞いていたんだよな? 俺はおまえを妃にすると言ったはずだが」
「陛下はご慈悲で、私をかばってくださったんですよね」
そして、
──ええ、わかります。わかりますとも……!
瞳に涙を
「クリスティーナは、陛下を誤解しているのです。あなた様の慈悲深さとすばらしさを知ったら、必ず気持ちが変わります」
力説するも、ギルハルトの表情はどんどん不機嫌になるばかりだった。
「要するに……アイリは、この俺が気に入らん、ということなのか」
「きにいらん?」
遠い異国の言葉でも聞いたように、オウム返しすれば、ギルハルトはため息をついて言い
「俺が、おまえの夫に足る男ではないと、そう考えているのか? と
「ま、まさか! 恐れ多いことです。私、そういうことを申し上げてるのではなくて」
アイリはぽっと頰を
「陛下と過ごす時間は、楽しかったです。毎日、お会いできるだけでも夢のようなのに、あんなにも親切にしてくださって」
身代わりだとバレた今、もう自分は家に帰されるだけだとわかっているからこそ口に出せる本心だった。
「たとえ
晴れやかな
「思い出、だと……?」
ショックのあまり腰が
「はい! ご
すでに過去の出来事にされてしまったギルハルトは、両腕の間に捕えていたアイリに逃げられたことに気づかないほど放心している。
その笑い声に、ようやく我に返ったギルハルトは
「ふん? そんなふうにかたくなに逃げまわられると、追い回して
まるで
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます