2.儀式? 犬のお世話じゃなくて?
2-1
翌朝。丸い天窓から朝日が
がっちりと
「お
意味深なセリフを
「ご安心ください、レディ。私どもは、あなた様の純潔を疑ってなどいません。
「……サイラス。おまえ、本当に何も説明せずにここに連れてきたのか……」
広く
「昨晩、俺はおまえの夫になったのだ。
「……っ!」
「
「嚙みつ──わ、私は……、っっ!?」
申し開きをしようと掛け布団を外せば、王の
「ほう? 陽の光の下で見てみると、俺の妃はなかなかの
からかうようなギルハルトのまなざしが、彼の
こんな色気のある男性と同じベッドで一晩明かしてしまったと思うと、
「クリスティーナ」
王の声が妹の名を呼んで、
「は、はいっ」
「昨晩はろくに寝ていないのだろう? このままゆっくり休んでいてくれ。おまえの
「え? あ、ありがとうございます……」
温かな
『女なんてどれも同じ』だなんて言っていたのに──。
ここで、サイラスが口を開いた。
「おめでとうございます、陛下。そして、レディ・クリスティーナ。見事、婚約に至るための第一の儀式に成功なさいました。臣下一同、お
「あの……ここで行われた『儀式』というのは、なんだったんですか……?」
「あなた様が、生きて朝を
さらりと言われた内容が
「ですから、婚約者候補が死ななければ儀式は成功。全部で七つある婚約の儀式の中で、昨晩が最初にして、最大の難関だったというわけです。寝室の
サイラスはまるで茶飲み話でもするように、のんきな調子で説明する。
「歴代の王はともかく、我らが陛下は月の夜は、
顔面
『まさか、しょっぱなからこれをやるとは思っていなかった』と。
婚約か、死か。
昨晩の彼が発していた殺気を思い出せば、サイラスの言葉はおおげさではないのだと理解せざるを得ない。
その時、
「サイラス」
「なぜ、あらかじめ彼女に説明をしなかったのか、と問う気はない。おまえのことだ、
しかし、と王は続ける。
「俺は、俺の妃が
命じられたサイラスは、
「レディ。無礼を申し上げました。お詫びいたします。どうかお許しを」
足先に
「そ、そこまでなさらなくても!
「
やりとりを見届けるなり、
アイリが気まずさを感じる一方で、サイラスはすっくと立ち上がり無表情で言った。
「いやあ、すばらしい。まさしく
つい三分前にギルハルトからあれだけの怒気を
アイリの顔色に気づいたのか、サイラスは肩をすくめる。
「陛下は筋さえ通せば、
サイラスがパンパン、と高らかに手を打ち鳴らせば、昨晩世話になったエーファをはじめとして、
アイリの目の前に一室にひしめくほどの人数がずらりと居並ぶ。
「改めまして、ようこそお越しくださいました、我らが
全員が、アイリに対して最上の礼をとった。
ぽかんとしすぎて
「なんですか、これ……?」
・
・ブラッシング(愛情たっぷりに)
・イブニングティーと共に手料理をふるまう(手ずから食べさせましょう)
・お散歩(仲良く手を
・お
「
「はい……」
「第一の儀式の成功者には、ここに記された五つの儀式をすべてこなしていただきます。そして真の婚約者として、七つ目の儀式である婚約式に
ブラッシングにお散歩。手料理を手ずから食べさせるって……
──『儀式』っていうか、これ、犬のお世話の
無礼
「この
せいぜい疑いのまなざしを送ることしかできないアイリの疑念を、サイラスは
「ルプス国の正史に、これらは間違いなく
と、巻紙を指して、サイラスは言葉を続ける。
「まがりなりにも王家の正史です。『人外暴君に困っていたが、月の聖女のおかげでどうにかなりました』だなんて、すでに
そこで彼らは人狼の血をなだめる能力を持つとされる『月の聖女』の資質を持つ女性を正しく選び出すための
『儀式』をすべてこなし、初めて正式な婚約に至ると説明を受けてはいるが。
「もし、私が残りの儀式に失敗したら、どうなるのですか?」
「残念ながら婚約には至りません。あなた様の次に、月の聖女の血が濃いと思しきベルンシュタインの
「え?」
「ブラッシングにお散歩、
「ええと、それは──」
「失敗などさせませんよ」
サイラスは言いきった。
「私どもが決してさせませんとも。臣下一同、いっさいの助力を
無表情なのに、圧が強い。
ですが、と気弱に反論しそうになったアイリはしかし、サイラスの顔を見上げて言葉を飲み込んだ。彼のメガネの奥の瞳が、怖いくらい
このサイラスという男、どうにも
昨晩、アイリはギルハルトの
王の婚約者を殺してしまうかもしれない、いちかばちかの
罰を下される、というのならばアイリとて同じだ。この身を
「わかりました。失敗は、しません」
妹が見つかるまでの間だけは、なんとしてでも。
アイリが決意のまなざしを返せば、サイラスの瞳が満足そうな色を宿して細められたのがわかった。
「ええ。月の聖女の血が、王家にとっていかに重要なものであるかを周囲に知らしめるためにも、どうかお願いいたします」
──月の聖女の血。
生まれてこの方、この身に流れているなんて意識したことはなかった。
昨晩、ギルハルトの
──本当に、私の中に流れるベルンシュタインの血が、陛下のお心を
もしも、それが真実であるなら、命の危機にさらされはしたけれど
この場にいることを少しだけ許されたような気がして、身代わりの罪悪感がわずかにやわらぐ。というか、初めから妹が来ていれば何一つ問題なかったはずで──。
──お願いだから、早く見つかって、クリスティーナ!
長引けば長引くほど、アイリひとりが裁かれてどうこうという問題ではなくなるのだ。取り返しがつかなくなる前に、どうか……。
願いをこめて、丸い天窓の向こうの青空をあおいでいると、サイラスが言った。
「さて、レディ。そろそろお着替えをしていただきたく。よろしいですか」
「あ、はい」
王城に
──デジャブかしら……?
そのまま王宮内へとアイリが運ばれた先は、びっくりするほど
「婚約の儀式には舞踏会場でダンスする、という項目があります。
サイラスはうやうやしく
エーファはにっこりほほえんで言った。
「あらあら、月の聖女様、浮かないお顔ですわね? 舞踏会ですのよ、さあさ、はりきってまいりましょう! ドレスを新たにあつらえますわよ!」
口を
──ええっ!? この人たち、どこに
「ご安心ください、月の聖女様。
いささか興奮気味のエーファの号令に、今か今かとじりじりしていたメジャーや物差しを構えたファッショナブル集団が、わさあっ、っとアイリめがけて
「きゃああああああああああ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます