ぼっちが好きな俺は可愛くて明るい後輩に好かれてるんだけど、恋人になりたくない
久野真一
ぼっちが好きな俺は可愛くて明るい後輩に好かれてるんだけど、色々不安な件
恋愛物語の定番に、主人公を一方的に好いてくれる女の子というのがある。
漫画でも小説でもアニメでもよく見かける、典型的な物語。
時に陳腐だと言われつつも途絶えないのは男の夢だからなんだろう。
でも、そんな夢に素直に俺は共感することが出来ない。
だって、恋人になったとしてうまく行くとは限らないだろうから。
価値観の問題でぎくしゃくする事があるだろうから。
だから、時折俺は独りが好きな俺自身を恨めしく思う。
ぼっちが好きでなくなればいいのに、って。
◇◇◇◇
「んー。幸せです。生きてて良かったー」
対面の席に座ってにぱーっとパフェを頬張る女の子。
短く切りそろえた髪にくりくりとした大きな瞳。
すっと通った鼻筋。
ほどほどに胸があって、でも、大きすぎない。
礼儀正しくて、でも、おとなしいわけでもない。
明るくて太陽のような存在。
きっと、こんな女の子に好かれている俺は幸せ者なんだろう。
そう思うべきだとわかっているのに、少し複雑だ。
「灯里の顔見てるとこっちまで幸せになってくるな」
もちろん本心だ。
ただ、「少し疲れる」という本音は言えたことがない。
「じゃあ、先輩もどうぞ」
パフェをスプーンで掬って、俺のパフェに置いてくる。
「うん。美味しいな。さすが特製パフェ」
今居るのは季節の特製パフェを売りにした喫茶店。
「パフェ行きましょーよ。パフェ」と引っ張られて来たのだ。
幸い、夏なのでパフェは悪くない。
こんな時にでも、家でだらだらしたいと思うのが悲しいけど。
「ですよね!いやー、やっぱり私の目に狂いはなかった!」
「何自画自賛してんだ。レビューサイト見ただけの癖に」
「そういうの言うのは野暮ですよ。
「他の女子には言わないって。お前だからだよ」
「なんですか?それ。愛情表現?」
何やらニタニタしている灯里。
「お前の解釈に任せる」
「そこは、肯定してほしいんですけどねー」
少し不満そうに眉を寄せる彼女。
そんな様も愛嬌がある。
だけど……こんな風に合わせている自分が少し嫌になる。
もちろん、好きでも無い相手とこうするなんてことはない。
間違いなく灯里のことを好きで。
ほぼ確実に灯里も俺の事を好きだろう。
「ま、大事にしてるってことは確かだよ」
ただ、恋人になるのは怖くて。
こうして誤魔化すのがいつもの自分だ。
「もう。先輩は照れ屋さんなんですからー」
「はいはい」
こうして一見ぐいぐい押してくる灯里だけど。
きっと、ある一線より先には踏み込んでこないだろう。
人情の機微を察するのが灯里はとても上手だから。
「あ、これからカラオケ行きません?」
いいことを思いついたというように。
「よし!じゃあ行くか」
そして、俺も灯里を傷つけたくなくて。
こうして応じてしまう。
一瞬、なんだかとてもとても寂しそうな。
憤りと悲しみがないまぜになった表情を見た気がした。
でも、数秒後には笑顔に戻っていて。
「はい!」
そんな表情はまるでなかったようだった。
◇◇◇◇
「~~~~♪」
二人きりの部屋に灯里の歌声が響き渡る。
綺麗なソプラノボイスで、音程を外すことも滅多に無い。
聞いていると心が洗われるようで、そんな様子を見るのも好きだった。
「相変わらず灯里は上手いな。本当に癒やされたよ」
「もう。そんなことないですってば。次、先輩、どうぞ?」
ああ、また憂鬱になる。
灯里が気を遣ってくれているのは痛いほどよくわかる。
そして、俺もそんな気遣いを嬉しく思うけど。
本当はただ、灯里の歌声をぼーっと聞いていたかったのに。
「おっけ。じゃあ、デュエットしようぜ」
言ってて自分が嫌になる。
傷つけたくないからといって、本性を押し殺す自分が。
「じゃあ、曲は何にします?」
「そうだな……」
一見、とても仲が良さげな二人の男女。
傍から見ればそうだろうし、俺もそう思う。
ただ、薄い薄い壁を見破れる人はそうは居ないだろう。
◇◇◇◇
「あー。すっきりしました。ありがとうございます」
ちょこんと頭を下げてのお辞儀。
二学期が始まって数日。少し日が陰るのが早くなって。
夕日に照らされて繁華街がオレンジ色に染まっている。
いい雰囲気……に見えるんだろうな。
「これくらいお安い御用だっての」
本当に、本当に灯里はいい娘だと思う。
ここまでまっすぐオレに好意を向けてくれる女性がいるかどうか。
しかも、それでいて、相手の都合を考えられるし、思いやりもある。
カラオケの最中だってそうだ。
俺が歌い疲れてると見るやすかさず自分が歌い始めたり。
まったくもって押し付けがましくない。
ただ、その気遣いに気付けるのも俺が昔からの付き合い故だろう。
表面的にはただ明るくて、アクティブで美人な女子高生。
そんな彼女に惚れてる男子は数多い。
彼女のクラスだってそうだし、うちのクラスだってちょくちょくいる。
俺とデキてるという噂があるので表面的には言ってこないけど。
「あの。ところで、ちょっと付き合ってほしいんですけど」
居住まいを正したかと思うと真剣な声色でのお願い。
「別にそれくらい大丈夫だぞ。まだ夕食まで時間あるし」
腕時計を見ると18時。19時に帰れるなら大丈夫だろう。
「それじゃあ……鴨川行きません?」
その言葉に胸が締め付けられるような気がした。
カップルのメッカである鴨川。そこに誘うということは……。
「じゃあ、行くか」
その先に何が待っているか。
どうか当たって居ませんように。
普通の男子とおそらく間逆な願いを捧げる俺は本当にどうしようもない。
カラオケ屋がある河原町方面から鴨川までは徒歩数分。
晴れた夕方のせいか、既にカップルがあちこちに居る。
「よいしょっと」
「それ、なんかオジサン臭いですよ」
「ほっとけ」
いつもの軽口を交わして、川沿いに腰を下ろす。
身体一つ分もない距離に、いよいよ嫌な予感がしてくる。
「鴨川、いいですよね」
「ああ、そうだな」
ぼーっと夕日に照らされた川をみながら同意する。
本当、このままの距離を保っていられるなら。
「それで。相談したいことなんですけど。いいですか?」
「ああ。友達関係の悩みか?」
薄々予測はついているのにはぐらかす。
「友達……なんでしょうか。たぶん、それよりずっと大きくて」
「つまり。恋の悩み、か?」
もし、他の男子を好きになったという相談なら。
少しショックだけど、受け入れられるんだろうな。
「その人は、昔からすっごく面倒見がいい人でした」
「昔から」その言葉にもう確信してしまう。
「そいつ、別に面倒見がいいなんてことはないって」
もちろん、放っておけなかったけど。
「いいえ。だって、根暗だった私の相談を、いつも黙って聞いてくれましたから」
そう。今でこそ明るくて可愛いという評価がクラスで定着しているらしいけど。
小学校の頃の灯里はどこか暗い面影だった。
「一年歳上で、少しは上級生として何かしてやりたかったんだよ」
半分嘘で半分本当だ。
クラスの輪に入れないという灯里の悩みを聞いてて苦しかったから。
だから、俺だけでも味方になれればと。そう思っただけ。
「ほんと。先輩は素直じゃないですね」
昔からの付き合いというのは本当にややこしい。
そんなところまで見抜かれてしまうんだから。
「素直じゃないのは昔からだから」
素直に言ってしまうと今のこの関係が崩れてしまいそうだから。
「じゃあ、そういうことにして。その人は本当の意味で優しい人で」
過大評価だ。そう言いたくなったけどこらえる。
「いつの間にか、私の心の中心にはその人が居ました」
見ると、顔を赤くしている。
可愛いと思うけど、やっぱり心が重い。
「そのくらいの価値があるといいんだけど」
単なる自虐じゃない。
ぼっちが好きな自分を認められなくて、覆い隠していただけなんだ。
「価値はあります。少なくとも、私にとっては」
深呼吸を一つしたかと思えば。
「大好きです。
こちらをはっきりと見てそう告げて来たのだった。
「ありがとう、灯里。ただ、そうだな。大変情けないんだけど、聞いてくれるか?」
友達としか思っていなかった。
女性に見られない。
そう言って突き放すのは簡単だけど、彼女に不誠実な答えは返したくなかった。
「まずさ。俺も灯里のことが好きだ。それは間違いない」
気を持たせるだけの言葉だ、と自嘲する。
「はい。私も、
本当に鋭い。
「これは今まで誰にも言えなかったことだけど。灯里にだから言うな」
「はい」
告白を受け入れるか断るか。
それ以前の問題として、たぶん言っておかなければいけないと思った。
「根本的にさ。俺は独りが好きなんだよ。誰かと居るのがしんどい」
ああ、言ってしまった。
「なんとなく。そんな気はしてました。無理させてるかなって」
「いや、俺は俺で灯里と遊ぶのが楽しいのも本音なんだ」
だから、ここのところは苦しかった。
寄せてくれる好意を素直に受け取れない自分に嫌気がさしてたから。
「でも、そういえば。時々、考え事に耽ってることがありますよね」
「さすがにバレバレか」
「そういう先輩もカッコいいなーなんて思ってましたけど」
え?
「デート中なのに、自分の世界に入って……とか思わなかったのか?」
今まで、よそ見しないように。灯里をがっかりさせないように。
そう振る舞っていたつもりだったけど。
「先輩は、優しいから。ずっと私を見てくれようとしたのはわかってます」
「まあ、そんな立派なものじゃないけど」
「でも、私はずっと見てきましたから。独りが好きな先輩もやっぱり好きです」
その告白を聞いて、じんわりと涙が滲んでくるのを感じる。
「そっか。なら、無理することなかったのかもな」
「そうですよ。昔からの付き合いの私にくらいは打ち明けてくれても良かったのに」
「いや、本当にそうだな」
なら、それならこう言ってもいいんだろうか。
「もし、灯里と付き合ったとして。灯里が不満に思うようになったらと思ってた」
「ああ、それで。私への態度がはっきりしなかったんですね」
納得した、と言いたげだ。
「だって、普通に考えたら、デート中に彼女の話に生返事な彼氏とかやだろ?」
「普通はそうかもしれませんけど。別に、私は全然無言で大丈夫ですよ?」
声色は全然強がっている様子はなくて。
ただ、それでも大丈夫と本気で思っているようだった。
「その。なんでそこまで……」
「それだけのものを先輩からもらってますから」
「なんていうか、俺には本当に勿体ないな」
「別にそこまでじゃないですけど。先輩あっての私ですから」
「よし。なら付き合おうか」
ここまで言ってくれてるのに、恐れだけで断るのはさすがに出来ない。
それに、やっぱり灯里の事が好きだから。
「ようやく、言ってくれましたね。ずっと、不安でした……」
ポロポロと涙を溢す灯里に対して申し訳なさと愛しさが湧いて来て。
ぎゅっと抱きしめたのだった。
手を繋いで家に帰る途中。
「なんか、凄い嬉しそうだな?」
気がつけば、俺はすっかり心が落ち着いていた。
それも、灯里を失望させないか。不安が取り除かれたからだろうか。
「それは、もう。五年越しの恋ですから」
「俺が自信なかったせいで。ずいぶん待たせた」
「ほんとですよ。もう」
そう言いながらも、口調は楽しそうだった。
「俺もさ。なんかすっごい嬉しい」
「一緒にいるのが気が重いって言ってたのに?」
「たぶん、気を遣いすぎてたのかもな。安心したっていうかな」
心っていうのは不思議だ。
あれだけ独りが好きだと思っていたのに。
今は一緒にいることがとても嬉しい。
「じゃあ、これからも私の前ではもっと気を抜いてくださいね?」
「なんか、灯里が歳上に見えてきたんだけど」
「だとしたら、きっと先輩のおかげですよ」
楽しく語り合っていると気がつけばマンションの前。
同じマンション住まいとはいえ、少し名残惜しいな。
そう思ったら、自然と灯里を抱きしめていた。
「え、えと?これは……」
あたふたとし出している灯里。
「なんかキスしたくなったんだけど」
自分の心というのは本当にわからない。
「その。さっきまでと色々変わりすぎじゃないです?」
腕の中で少し可笑しそうに言う灯里。
「灯里がいい女過ぎるのが悪い」
「先輩もいい男だと思いますけど。じゃあ……」
こうして、初めてのキスを交わした俺たちだった。
「じゃあ、明日から改めてよろしくお願いしますね」
「俺の方こそ。時々、灯里の事考えられなくなってるかもだけど」
「だから。それは大丈夫ですから」
「そうだな。今更だった。ありがとう」
こうして恋人になった俺と灯里。
独りが好きと言っても結局それは絶対じゃなくて。
なら、折り合いをつけていけばいいんだろう。
そう前向きに考えられるようになっていた。
☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆
独りが好きな主人公と、もどかしく思いながら一途だったヒロインのお話でした。
楽しんでいただけたら、応援コメントやレビューいただけると嬉しいです。
ではでは。
☆☆☆☆☆☆☆☆
ぼっちが好きな俺は可愛くて明るい後輩に好かれてるんだけど、恋人になりたくない 久野真一 @kuno1234
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